第二話 ノルテ王と冷気の泉④
ウルネス山から流れ出す霊水がこの冷気の泉に流れ込んでいる。その霊水が泉の水と融合して水温の高い状態でも氷点現象を醸し出す。これが冷気の泉の由来である。
御伽話の冷気の泉、マナ獣が住む(住んでいた)泉はここではなかったのだ。
ここの冷気の泉は霊水の一部が流れ込ん泉を形成している、いわば、霊水の一部。本当の源泉がウルネス山のどこかにある。そこが伝説の冷気(霊気)の泉であると言うのだ。
その泉の奥深くには霊水が溜まって結晶化して出来る、霊薬があると言う。
伝説は嘘ではなかった事になる。ただ、見つけた泉が違っていただけだった。
水亀サカアエは僕の方を見た。
「ナギト様、お願いがあります。私と契約をしてもらえませんか?主従の契約です。そして、私を霊気の泉へ連れて行ってほしい。お願いできますか?」
「主従の契約?」
「私がやり方を教えます。その指示に従ってもらえれば主従の契約は出来ます。」
「ま、待って、サカアエさん。話に入ってごめんなさい。主従の契約を結ばなくても、私達はあなたの霊気の泉まで連れて行きますよ。」
サカアエはストナの方を見た。何を思ったのか分からないけど、一度頭を甲羅の中へ引っ込めて再び顔を出した。
「ストナ様、あなたはウリエル様に似ております。優しい心をもっている。それをうまく出せない性格。非常に面白いです。これはこれは。面白い。」
「何が面白いんですか?」
水亀は体の中から水のマナの様な塊を取り出した。
「これは私のマナです。このマナ昔はこの100倍近くありました。このマナが消滅すると私達マナを形成する獣魔は消滅します。その為に私の体を運べる器がいるのです。私にはもう昔の様な力もありません。主従の契約を結んでも何かすることは出来ません。それに……ナギト様なら大丈夫でしょう。」
「大丈夫?」僕とストナは同時に言い返していた。
「主従の契約を結ぶ為には同じ種類のマナを持っていないと出来ません。もしくは特別な資質やスキルと言われる魔獣士や召喚士と呼ばれる力がないとできません。もし異なるマナをもっている者同士で主従の関係を結ぶとマナが反発しあい、どちらかが消えるまで続きます。」
「最終的にどうなるの?」
「従魔が負ければ消滅します。人が負ければ死にます。水のマナを持つ従魔の場合は身体中に水が入り込み窒息死します。」
「怖!」そう言ってストナは僕の方を見た。本当に契約を結ぶの?って顔をしていた。
「安心してください。ナギト様の様なマナの一族の反発はありません。それに仮に反発したところで今のマナの力では私が消滅します。たた、あなたはエイディ様とマナの質が違います。」
「質が違う?」
「エイディ様のマナは…………。なんと言って良いのか分かりませんが、マナの中に力が溢れていた。ナギト様のマナにはそれがありません。」
ストナがそれを聞いて吹き出した。「空か。」
「人のマナを言いたい放題言って、いいだろ。エイディは英雄なんだから、僕とは違うんだよ。一緒にするなよ。」
サカアエはもう一度顔を甲羅の中へ入れた。
「すみません。ナギト様。ナギト様のマナを批判しているのではありません。エイディ様のマナはマナ獣の栄養となるものでした。その為、4従魔を従える事が出来ました。しかし、ナギト様のマナは私達の栄養とは違う為、私達を従えるとこが出来ないと言う事です。弱い、強いと言うことではありません。私の言い方に配慮がなくすみません。その為、私に餌が欲しいのです。」
「えさ?」
翌日、僕達はサカアエと主従関係の契約をしてから霊気の泉へ向かって出発をした。
サカアエと主従の契約をした時、サカアエの記憶が少しだけ覗く事が出来た。サカアエ達4従魔は魔王大戦でエイディがマナの剣を突き刺した時に主従関係を解かれていた。残念ながら、エイディと主従関係の時代の記憶は見る事が出来なかった。
エイディの背中を眺めながら魔王のマナの風に吹き飛びされるところから記憶は始まる。
その後、テイルエンドから故郷のノルテへと戻っていく。(目視の映像しか映らないので、推測と不思議な感覚でどこの情景かは知ることが出来た。)
ノルテのウルネス山の霊気の泉への洞窟に戻ろうとすると、洞窟は土グモの巣と化していて、霊気の泉までの道をふさぎ入れない様になっていた。土グモと戦おうとしたが、マナが足りずそのままこの冷気の泉の中で冬眠を様に身を潜めて暮らしていた。
要するに土グモを倒せと言うのがこのミッションだった。
結局、特殊部隊のフロイエンとアクスラにこの話をしたが、あまりにも信憑性が無いと言う事で特殊部隊の派遣は見送られた。その為、七本槍の道化衆だけでウルネス山の洞窟へと行く事になった。
バシャーン。
「やっぱり私も行かなといけないですか?」
バキアが洞窟に向かいながらも、自分はキャンプ地にいたいアピールを繰り返していた。
土グモと聞いた時点で顔が青ざめていたから、蜘蛛嫌いなのだろう。蜘蛛好きって言う分類がいるのかは謎だけど……。
バシャーン。
「そうね。確かにここまで来る事は元々契約外だから、ボーナスを考える様にオーウィズに申告しておくわ。うまくいけば、炎英離都でのアパートを借りられる様に手続きもしておくから。」
「……分かりました。……。」
ストナは彼女の心を掴んでうまく交渉しながら冒険へと連れ出して来ていた。
バシャーン。
少し前方を歩いていたオーウィズが手振りで僕を呼んだ。僕は少し早足でオーウィズのところまで進む。小高い丘を登ると前方に小さな洞窟の様なものが見えた。
「あれがそうか?」
ぼくが右肩の方を向くと、亀がゆっくりと現れた。
バシャーン。
「あれは違います。でも、もう少しです。あの洞窟を右手に進むと少しだけ道が下りになります。その下りを終えると見えて来ます。」
バシャーン。
「冷たい!ストナ姉、もう少しやり方を考えて水をかけてくれよ。こっちにまで水が掛かる。」
「仕方ないでしょ。こんな事した事無いし。それならオーウィズ、あなたがやりなさいよ。」
「まあまあ。」僕が2人の間に入って仲裁をすると予想通りストナの口撃はこっちに向きを変えた。
「そもそもナギトのマナが空っぽだから問題なんでしょ。もっと栄養のあるもの食べなさいよ。リザードマンの肉とか。」
「いや、あれはライガさんくらいしか食べないよ。それに空っぽじゃないって言っていただろ!マナの質が違うだけだ。」
「違わないわよ。愛するエイディ様のご子孫だから、空っぽで何も無いって言えないのよ。だから、私がこうやって水掛けてるの!分かる!」
………………。
これ以上言っても無駄なので黙っておこう。
サカアエはマナが無いと消えて行く。その為、冷気の泉で本当の霊気のマナをゆっくりと取り込みここまで生き延びてきた。僕にマナがないから、霊気の泉までマナを補充する必要がある。その手段としてストナの亜空間に冷気の泉の水をため込んで数分置きに僕に掛けているのだ。単純な作業が大嫌いなストナ取ってとてもストレスらしく。時より嫌がらせの様に僕に向けて駆けてくる。
別にいいんだけどね。そのくらいで済めば……。
今サカアエと主従契約をしている為か冷気の水をどんな状態でかけられても服も濡れずに体内に吸収される。無駄に狙いを外れた水だけが周りに掛かるだけである。
とにかく進むしかないので僕達は洞窟に向けて歩き始めた。
歩く事3時間。ようやく見つけた洞窟の入口はクモの巣で覆われていた。先程見たサカアエの記憶の欠片とも一致する。
洞窟の状況を見てストナがサカアエに質問する。
「サカアエさん。あなたが戻って来たのはいつですか?」
「私は年齢を記憶するのが苦手で、エイディ様と分かれてすぐです。」
「……100年前……。ねえ、ナギト、オーウィズ。土グモってどのくらい繁殖するの?」
「一回の繁殖で数百?」
「それは普通の蜘蛛でしょ。土グモよ。土グモ。」
「なんで?」
「決まっているでしょ。この中に何匹いるのよ。私は嫌よ、蜘蛛苦手なんだから。ナギト先に行きなさいよ。」
後ろからのため息が漏れる。マトゥキが全員の前に立って言った。
「ストナ嬢。モンスターに差をつける様では一流には程遠いぞ。」
「ナギト殿、マナ寄せをして土グモのマナを探れ。あいつらは魔狼の様に気配を立つ事などはしない。その目で数を把握すれば、恐れるモンスターではない。」
マトゥキは剣を構えて『聖閃光』を使って目の前の蜘蛛の巣を取り払った。聖閃光は剣の一閃に対して数個の閃撃が横方向に走る聖騎士資質特有の攻撃スキルである。あのマーロンが使っていた記憶がある。あの時、威力だけはすごいスキルだと思っていたけど、今の一撃は強威力と言うより精密な閃撃だと感じた。この人剣技は無駄がない。精密で洗練と言う印象を受ける。
僕達はマトゥキの後に付いて洞窟の中へ入って言った。入った瞬間に悪寒が走る。壁の全面に土グモが蠢いていた。
「ストナとバキアは少し待ってて。」
僕が声を上げると土グモは僕達を敵と見なして一斉に襲って来た。
「ひぃっ。」
思わず小さな悲鳴が僕の口から漏れた。
「聖流剣・舞」
マトゥキはその声を上げると、僕の視界から消えた。次の瞬間、洞窟一面にいた土グモが砕かれる様に消えていったのだった。
しばらくすると、目の前に同じ姿でマトゥキが立っていた。
「ある程度始末した。外の連中を呼べ。」
「は、はい。」僕のそれ以上の言葉が出なかった。
奥義演舞。一部技を極めた者だけが使う事の出来る技。ストナが使う聖流剣を更に細かくした様な動き。目では捉えられないけど、マナの動きを感覚で追うとそうとしか言いようがない。
はっきり言って異次元の存在だった。
僕達は洞窟の中をゆっくりと歩いて行く。先頭は既にマトゥキが進む。時より現れる土グモはマトゥキの一閃で粉々に砕かれて行く。
「で、どうだった?」ストナが僕に小声で話しかける。
「何が?」
「マトゥキさんの聖流剣。外にまでマナの波動のような物が流れ出ていたから、気になったのよ。」
「どうして聖流剣って、分かったの?」
「んー、なんとなく。同じ聖流剣使いだからかな。」
「そうか、たぶん演舞に近いと思う。むしろ、演舞と言っても過言ではないかな。」
「やっぱり。」
「やっぱり?」
「さっきマナを感じた時、畏敬と感動を同時に覚えたの。そんな事初めてだった。なんて言うのかな……。ここまで登って来いと言うか、ここまで登りつめらるぞと言った極みの極致に触れた感じだった。ちなみに見えた?」
僕は首を横に何度も振った。
「でしょうね。私も無理だと思う。でも、私の目指すところかもしれない。さ、行こう。」
「あ、でもまだ蜘蛛が残っているから……。」
「良いわよ。あんなの見せられて尻すごみしている場合では無いわ。行くわよ。」
そう言うとストナが先へと進んで行った。行くわよってあなたはいいけど、完全に尻すごみしているバキアはどうするだ?誰が面倒見るんだ?サカアエの水は?ちょっと……。
その洞窟は神秘に満ちていた。
水の魔吸が洞窟全面に散りばめられており、魔吸石が青く光を放ち、通行者の道案内をするように進むべき道を照らしていた。ただ残念な事は至るところに蜘蛛の巣が張っていると左右に大小の穴が空いている事だった。
水のマナの洞窟に土グモが巣食うのか。マナにも相性がある。土と水は相性が良く互換性の様なものがあり、土グモが水のマナを食べて生きる事が出来る。逆を言うと土や水系モンスターの中には極端なほどに火や風のマナを嫌う者もいる。
「この香り、霊気の泉はもう少しです。」
水亀が僕の肩に現れて首をありったけ伸ばしながら声を上げた。嬉しいそうだけど、何処となく悲しそうな表情をしていた。
「マナの水も必要ありません。この洞窟の中なら水のマナが溢れています。ただ、気を付けて下さい。土グモが想像以上に少ないです。」
「少ない?」
「たぶん捕食者がどこかにいます。カエルかヘビかトカゲでしょうか。」
その言葉にストナの足がまた止まった。
「ナギト先に行って。」
「はいはい。」
僕は何も言わずに彼女の前に出た。ただ、先頭はマトゥキが歩いている(蜘蛛はほとんど彼が退治してくれているので、こちらは歩くだけだけど。)から、僕が先頭を行くわけではない。
先頭を歩んでいたマトゥキが足を止めた。
「ストナ嬢。あいつはそなた達に任せる。聖流剣のスキルを使わずに倒してみなさい。ちょうど2匹いる。ナギト殿はいつものカウンター一撃で倒しなさい。テストですやってみなさい。」
霊気の泉を巣食っていたのは土トカゲだった。
要注意なのは土トカゲの上位種は石化の力を秘めていると言う事だ。この土トカゲにはその力は無さそうなので通常の大型トカゲとあまり変わらない様だった。
土トカゲの最上位は魔獣化。そういった輩は知識もあり、マナ攻撃やスキルも使ってくる厄介な存在だか、目の前にいる土トカゲはそこまで手をやく程の相手ではない。ただ、今回はスキル使用禁止のストナと一撃で倒せ命令の僕達2人にとってはそれなりの強敵となるだろう。
泉の周りは広い円周状の空間になっている。霊気の泉は不思議にも冷気の泉と見た目がほとんど一緒だった。違いは本当に泉の中央に島があると言う事だった。
土トカゲは壁面に止まってゆっくりとこっちを眺めている。僕達を敵か味方かを見比べる様に。いや餌かそれ以外かかもしれない。
ここだけの話。トカゲ類は何でも食べる。基本的には肉食である。しかし、肉のついている物は何に気にせず飲み込む習性がある。冒険者が襲われると装備毎食べられる。汚い話、食べられた装備はどうなるのか?と言う事だが、土トカゲは土に帰る。土カエルや土ヘビも同様だけど、最近はこの糞に注目が集まっているらしい。その脚光を浴びないように注意しないといけない。
片方の土トカゲは僕に向って舌を伸ばしてきた。これに巻きつけて食べる気だろう。この舌を切って良いのだが、マトゥキからの一撃で倒す試練合格にならないからギリギリで避けた。
2、3回舌攻撃を避けると、舌では捉えられないと考えてがゆっくりと間を詰めて来た。
僕が後ろを向くと一気に詰め寄る。目を合わすと一瞬動きを止める。相手の習性はなんとなく理解した。そして、このモンスターの核は通常のトカゲと一緒で心臓だ。普通に心臓を一突きすれば良いと思う。
しかし、背中は土の甲良で覆われているから、お腹から刺すのが一般的だろう。
魔法使いなら下からの攻撃魔法でたぶん一撃。聖流剣を一撃と言って良いのか分からないけど、下からの攻撃して身体を浮かした状態から一撃で倒せるだろう。
僕は攻撃スキルが使えない。しかもこの敵に一撃でと言うのは無理がある。
工程的には2つの必要要素がある。裏返す。切る。何がいい方法はないのか?プレスみたいな攻撃を仕掛けてくれればありがたいがそんな攻撃はしないだろう。
カウンターより、こっちから何かを狙った方が得策だ。
僕は壁際に寄った。トカゲは壁づたいに僕を追い詰め始めた。後数メートル程近寄った時に左前足を突如壁面から離して腹ばいになって倒れ込んだ。
僕はこのチャンスを逃さず心臓に剣を差し込んだ。
土トカゲの断末魔が洞窟内にこだました。
パチパチパチ。
拍手が響いた。
「お見事。ストナ嬢は苦戦している様ですが、彼女も後少しで倒せるでしょう。」
マトゥキの後にオーウィズがやってきた。
「ナギト何をしたんだ?勝手にトカゲが倒れた様に見えたけど……。」
どうやら、マトゥキはこのからくりに気づいている様だった。
「貴殿下。あの岩の下を見てください。」
その岩に何か赤く光る物が付いていた。炎帝御輪だ。
僕は炎帝御輪を岩陰にねじ込んでそれに触れる事でトカゲがよろめく事を想定した。まさかあそこまでぶっ倒れるとは思っても見なかったけど。そして、なんとか倒す事が出来た。
「ナギト!お前は……。」
オーウィズの呆れた様な様子を観ながら炎帝御輪を回収しているとストナも戦いを終えて帰って来た。
「ナギト早!」
オーウィズがストナに事の次第を説明すると、ストナもなぜが同じような目で僕を見ていた。
いいだろ。僕の腕輪をどう使おうと。
その後、サカアエを霊気の泉へと解き放った。主従関係が解除されると、サカアエは気持ちよさそうに泉の中へ潜っていった。
数分後、再び泉から顔を出した。
「ありがとうございます。これが約束のものです。」
そう言うと一粒の水滴が上からゆっくりと僕の方へ向かって来た。それを手で握りしめると、水の結晶が現れた。
「それがこの泉に伝わる霊薬です。どんな傷をも癒す力があります。しかし、これだけは先に伝えておきます。痩腐病の身体の傷は癒えても病そのものを治す力は無いと言う事をけは忘れない様にお願いします。万能薬ではありません。」
「ありがとう。」
「いえいえ、お礼を言われる程の事は何もしておりません。ただ、これからの旅。気を付けて下さい。特にエイディ様の残りの従魔とは関わり合わない事をお勧めします。」
「どういう事?」
「エイディ様の4従魔は私を含めて全員生きていきます。そして残り2獣は既に主人を変えて、別従魔として生きております。お気を付けて、彼らはなりふり構わずあなたを攻撃するでしょう。石の爪をはやした蜥蜴サット、風の羽を持つ夢見鳥テフテフ。彼らとは戦わない事が賢明と存じます。土トカゲと土の魔獣蜥蜴ではレベルが違います。お気を付けて。それではごきげんよう。」
そう言ってサカアエは泉の奥へと消えて行った。
僕達は霊薬を手に入れ、王都ベッケンと戻ることにした。




