第7話 九条家のお客人
タクシーは無事に九条邸に到着する。
しかし、ここからが厄介ごとの始まりだった。
電動式の門扉は固く閉ざされていて、タクシーはその前に止まるしかなかった。
そうすれば、自動的に周辺警護をしている警察官が近づいてくる。
リリは拳銃を腰の後ろに隠す。
警官がタクシーの運転手側のガラスをノックする。
運転手はガラスを下げて応対する。
「失礼します。このお屋敷は特別警護対象なので、御用が無ければ移動をお願いします」
警官は丁寧だった。
「あ、いえ、こちらのお客さんが、こちらのお屋敷に用があるらしくて……」
運転手は恐る恐る後ろへ振り返る。
つられて、警官の視線も自然と後部座席に注がれる。
「っ!!」
警官は驚く。
後部座席には、いかにも『乱暴されました』という格好の少女が、涙で顔を腫らしている。
隣にいる女性は、何故だか分からないが無表情で警官を見つめ返す。
警官は後ろのドアのガラスを叩く。
リリはガラスを下げる。
「すいません。少しよろしいですか?」
「嫌」
「えっ?」
「嫌……と言った」
リリは説明する気ゼロだった。
仲間の警官がわらわらと集まってきて、タクシーを取り囲む。
「『嫌』……と言われましても……隣の女性の姿は……」
「関係ない」
リリはそう答えながら、警官の配置を計算する。
国家権力を敵に回すと厄介な事は理解しているが、説明するのが面倒だった。
「とにかく、一度降りて戴けますか」
警官はあくまで丁寧に話しかけてくる。
「しつこい。嫌と言っている」
「しかし……」
次第に雰囲気が剣呑なものになっていく。
リリの隣の少女も雰囲気にのまれ、怯えた様子で震えている。
そこに、今朝リリの相手をした警官がやってきた。
「どうも。朝お会いしましたね」
「ん」
警官は困った表情を浮かべ、リリに話し掛ける。
「その、隣の女性の姿がどう見ても何か犯罪に巻き込まれたようにしか見えないので……お話を聞かせて戴きたいのですが」
「嫌と言っている。日本語が間違っている?」
「いえ、間違っておりません。しかし、どう見ても誰かに乱暴されたようにしか見えません。犯罪であれば警察が介入しない訳にはいきません」
「……それは強制?」
その言葉に警官が一瞬言い淀む。
「……いえ、任意です。ですからこうしてお願いしている訳で」
「なら、拒否」
再び沈黙が流れる。
外では令状をとるとらないの話が始まっていた。
リリは心の中で悪態を吐く。
「(やっぱり面倒事になった……何が日本は安全……だ。ユーリのばか)」
◆
陸と麗華が学園から帰ってくると、九条邸の前が騒然となっていた。
十数人の警察官がタクシーを取り囲んで、何やら大騒ぎになっている。
回転する赤色灯が辺りを赤く照らしだしている。
「何事ですの?」
「さあ……わからないけど……いやな予感がする」
「偶然ですわね。わたくしもですわ」
早乙女さんが運転する高級車が、門の近くまで移動する。
しかし、門の前にはタクシーが、そして十数人の警察官がいて、門を開ける事も出来ない。
と、タクシーの中にリリが乗っているのがちらっと見えた。
「ああ……やっぱり……」
陸は頭を抱える。
隣では麗華が何か思案していた。
暫くして、麗華が早乙女に指示する。
「降りるわ。わたくしが話をしてきます」
早乙女さんの目が見開かれる。
「九条家の客人ですもの。九条の人間が行かなければ……ですわ」
麗華はドアを開ける。
そして優雅に車から降りる。
その様子を眺めていると、不意に麗華が振り向く。
「何をしてらっしゃるの。貴方も降りなさい」
「えっ、今、九条の人間が……とか言ってたよね」
「う、煩いですわ。いいから、貴方も降りなさいっ!!」
「……納得いかない…‥」
ブツブツ言いながら陸も車から降りるのだった。
◆
「皆さん、九条の屋敷の前で何事ですか」
麗華がよく通る声で一喝する。
警官達の視線が麗華に集まる。
年輩の警察官が麗華に近づいてきた。
「これは、九条家のお嬢様でいらっしゃいますね。お騒がせして申し訳ありません」
麗華はタクシーの中のリリを確認する。
「そのタクシーの乗客は当家の客人です。何か問題でも?」
「いえ、そちらの方は……問題はもう一人の方でして……」
「もう一人?」
麗華はタクシーに近づき、中を覗き込む。
「っ!!」
そこにはボロボロの少女が怯えた表情でこっちを見ている。
「(リリさん。何をしでかしましたのっ!?)」
麗華が必死に驚愕を押さえているのに、リリは相変わらず無表情だった。
「そ、そちらの方も当家の客人ですわ……なぜそのような姿なのかは存じませんが」
「しかし、このまま『はい、そうですか』という訳にもいきません。格好が格好なので、何か犯罪に巻き込まれた可能性が高い……我々はそう考えています」
「具体的な届けはあったんですの?」
「……いえ。ですからお話を伺わせて欲しいとお願いしております」
警察も引く気は無いようだ。
「困りましたわね……」
「困りました」
麗華と警官がリリの方を見る。
そんな時だった。
新たな人物が現れた。
「人様のお屋敷の前で、皆さん何をしてはるんどす?」
凛として、それでいて妙に耳に残る声だった。
「お屋敷の警護いうんは、こないに騒ぎを起こすことやったんですやろか?」
そこには、上品な和服を纏う妙齢の女性が立っていた。




