第21話 尾行者は朝を待つ
その日の夜の事故物件アパート。
北条は撮影した画像を分析していた。
「今日、九条邸から出た車は3台……全部同じ車だ……対して九条邸を訪れた車は12台か」
「九条邸を訪れた奴らはほとんどが政財界の奴らだった……」
北条は後部座席にふんぞり返っている連中の写真を見ながら、一枚ずつチェックしていく。
「こいつらがあの娘と繋がっている可能性は低いな……」
「となると……」
北条は九条の屋敷から出る黒塗りの高級車をモニターに映す。
残念ながら後部のドアガラスにはスモークフィルムが貼られていて、車内の様子を伺う事は出来なかった。
「この朝早く移動したのは九条の孫娘だろう……」
写真の時刻が午前七時半を示している。
「そして次がこれか……時刻は十時……」
こちらの写真はドアのガラスが少しだけ下げられていて、車内に妙齢の女性がいるのが分かる。
「……これが京極の所から嫁いできた綾香だろうな……」
そして最後。
「夜の七時に出て行く……これが大蔵だろうな……」
実際、この車が帰ってきたのは午前零時を回った頃だった。
「ってことは、娘はまだ屋敷の中か……籠られるとどうにもならねえ……」
北条はそう呟いて、立ち上がる。
冷蔵庫からノンアルコール・ビールを持ってきてプルタブを開ける。
冷たい炭酸を感じながら、一口口に含み、一気に飲み込む。
「まずは娘の尾行からか……ついでに学園の様子も確認出来ればいいか」
北条はウェストバッグをドラムバッグの中から引っ張り出す。
そしてウェストバッグの中に、モバイルバッテリーやメモ帳、小さな双眼鏡を詰め込み、最後に特殊警棒を隠しポケットの中に仕舞う。
「明日の朝は早いな……」
そう言って北条は敷いたままにしておいた寝袋の上に横になる。
「……早く会いたいぜ……娘ちゃんよ」
そして北条は静かに目を瞑るのだった。
◆
北条は七時前に目を覚ます。
顔を洗い、歯を磨き、身支度を整える。
自営業の通勤支度に見える格好だ。
しっかりした布地のズボンにポロシャツ。そしてバイク用のジャケット。
ウェストバッグを装着すれば、朝の通勤風景に見事にマッチする。
北条は少し早めに部屋を出ると、駐輪場に置いておいた125㏄のバイクにまたがる。
ヘルメットを被り、エンジンに火を入れる。
ぽぽぽぽぽ
ノーマルマフラーから静かな乾いた音が響く。
北条は九条邸の正門に繋がる大通りに出る。
袖を捲り時間を確認する。
七時二十五分……。
「そろそろだな……」
北条は神経を九条邸の正門に向けた。
そして数分後、黒塗りの高級車が正門を出発したのだった。
◆
九条家の車の車内では、リリが何となくそわそわしていた。
無表情なので分かり辛いが、鞄を抱える指先がリズムを取るように小さく動いていた。
麗華は相変わらず腕を組んで、目を瞑っている。
早乙女はルームミラー越しに二人の少女の様子を確認し、再び前方に視線を移す。
いつもと変わらない通学風景。
唯一違うのは、早乙女の運転する車の少し後を、一台の小型バイクが追ってきている事だった。
◆
「この道は鳳城学園に向かう道だ……間違いなく孫娘が乗っているな」
北条は尾行を気づかれないように、一台車を挟んで追走していた。
信号を守り、横断歩道に横断する歩行者がいればきちんと停止する。
こんな所で警察に目を付けられる訳にはいかない。
北条はヘルメットの中で険しい視線を早乙女の運転する車に向けるのだった。
早乙女の運転する車は北条の予想通り鳳城学園に向かっている。
前方に鳳城学園の時計塔が見えてきた。
車がウィンカーを点滅させて学園の正門に向かう。
北条は少し後方にバイクを停車させる。
そして道を確認する振りをしてスマートフォンを取り出す。
運転席から男が降りてきて後部ドアを開ける。
車内から長い足が見えて、如何にもお嬢様然とした少女が降りてくる。
「(アレが九条の孫娘か……)」
北条が見つめていると、孫娘が降りたのに運転手がドアを閉めない。
「んっ?」
すると、車内から孫娘に負けないほど長い足が現れ、そしてもう一人の少女が車外に降り立った。
「(っ!!!)」
北条は叫び声を上げなかった自分を褒めた。
「(しょっぱなから当たりかよっ!!)」
北条は思わずスマートフォンを取り落としそうになる。
そしてヘルメットの中で北条は無言で嗤うのだった。
◆
鳳城学園、陸の教室。
今日も陸は早くから登校し、昨日と同じように机に突っ伏していた。
生活はいつも通りに戻りつつあったが、何か物足りなさを感じているのも事実だった。
そして昨日と同じように詩織が陸に近づく。
「佐伯君、おはよう」
「うすっ」
陸は少しだけ頭を上げて、短く挨拶を返す。
「あらあらあら、駄目ですよ。朝一にこんな美少女が挨拶しているのに、その反応は」
「美少女は自分で自分のこと美少女って言わない」
つい憎まれ口を吐いてしまう陸だった。
「そんなにいじけてないで……今日はきっと良いことがありますよぉ?」
詩織がそんなことを言ってくる。
「良い事ってなんだよ?」
「さあ……でも良い事ですよ」
詩織はそう言ってくすっと笑う。
悔しいがこの子も美少女なんだと陸は思ってしまった。
そんな時、教室の後ろのドアが開き、麗華とリリが姿を現した。
空気をあえて読まない詩織が手を振って麗華に挨拶をする。
「麗華ちゃん、おはよー」
「おはよう、詩織。でも少しばかり騒ぎすぎですわよ」
「あらあらあら……リリさんもおはようございます」
「ん、おはよ」
リリがちょこんと頭を下げる。
「あらあらあら……」
リリが挨拶を返してきたので詩織が驚いている。
そしてリリは陸の方を見る。
陸は相変わらず机に突っ伏して寝たふりをしている。
そして予鈴が鳴り、生徒達は自席に座るのだった。
◆
『北条君……ぶつけてもいい車って……ちょっと注文が難しくないかい?』
電話の向こう側で班目が文句を言う。
「いや、あの娘を見つけたんですがね……九条の孫娘と一緒なんですよ」
『九条の孫娘と?』
「ええ。しかも凄い高級車の送迎付きで……しかし、その送迎中しかチャンスが無さそうです」
『……確かにな……でっかい四駆でいいか?……ボロだけど』
「その方が良いです」
『で、いつやる?』
「……今日の放課後……早い方が良い」
『じゃあ、昼過ぎに倉庫に来てよ。そこで……』
「承知しました」
北条はスマートフォンの通話完了をタップする。
「アドレナリンの味がするぜ……」
北条の目が怪しく輝いた。




