第2話 日本へ行く理由
陸たちを乗せた車は、何のトラブルも無く九条邸に辿り着いた。
「(あーあ、着いちゃったよ……どうすんだよ……)」
早乙女さんが慣れた手つきでスーツケースをトランクから取り出していた。
麗華は駆け寄ってきたメイド達にテキパキと指示を出す。
「客人を迎えます。本宅の二階の客間を用意して。用意ができるまでは応接間に居ます」
「「「はい」」」
「あと、陸の部屋は離れの方が良いでしょう。こっちは早乙女に頼むわ」
「かしこまりました」
「(んっ? なんか不穏な言葉が聞こえたような気がしたんだが……)」
陸が麗華の方へ振りむくが、麗華は目を合わせない。
麗華はリリに話し掛ける。
「少し遅いけど、夕食はまだでしょう?」
「うん」
「期待して下さって結構よ。うちのシェフはちょっとした自慢なんですの」
「ん」
返事は短いが、何となく喜んでいるのが伝わってくる。
「では参りましょう。改めまして、ようこそ、我が九条家へ」
麗華は貴族のようなしぐさで二人を屋敷に招き入れるのだった。
◆
屋敷の中を歩いている最中、リリが突然声を掛けてきた。
「まって。ユーリに連絡する」
「電話なら中にありますわよ」
「んー、空が無いと繋がらない」
リリはそう言って、小型の無骨な端末を取り出した。
アンテナ付き。
スマートフォンとは似ても似つかない機械。
「(……イリジウム端末!?)」
陸だけが息を呑む。
テレビで見たことがある。
山岳救助隊……軍……特殊部隊。
そんな連中が使う、衛星通信端末だった。
リリは慣れた手つきでアンテナを伸ばし、廊下の窓を開けるとイリジウム端末を空へ向ける。
その仕草に一切迷いがない。
ディスプレイを確認してから、連絡先を選択する。
暫く待っていると、リリが口を開く。
「……もしもし、ユーリ。着いた」
「うん。大丈夫。じゃあね」
短いやり取りだけで通信は終わった。
「べ、便利ですのね、それ」
「ん。山でもジャングルでも繋がる」
「へえ……そうなんですの」
麗華は感心したように頷いているが、陸だけは笑顔が引き攣っていた。
「(今、さりげなくジャングルって言ったよな……)」
此処で突っ込んではいけない……陸は心の中で思うのだった。
◆
リリが日本に来る少し前のお話。
耳をつんざくような爆発音。
地面が激しく揺さぶられ、最後に舞い上がった土砂が雨のように降ってくる。
こんな状況で地上にいるのは危険なので、地面に人が隠れる事が出来るくらいの穴を掘り、その中に身を隠す。
俗に塹壕とかタコつぼと言う奴だ。
爆発音と、着弾による地揺れが連続して襲い掛かる。
そんな塹壕の中に、三人の兵士が身を寄せ合って、迫撃砲の攻撃から身を守っていた。
土砂が塹壕の中へ流れ込み、三人の肩や頭に降り積もる。
腹の底を直接殴られるような重低音。
近い……無意識に歯を食いしばった。
「……修正射撃されてる」
「みたいね。さっきの建物に誰か居たのかも」
一人が顔をしかめながら答える。
再び着弾……今度はかなり近かった。
地面が跳ね、衝撃で耳がキィンと鳴る。
「っ……!」
「頭下げて」
また別な一人が短く言う。
その声には焦りが無い。
まるで雨宿りでもしているかのようだった。
「ねえ、リリ。なんで、アンタだけ汚れてないの?」
この少女はいつもそうだった。
泥濘地でも足を取られず、銃撃戦の最中でも呼吸を乱さず、砲撃の音にすら眉ひとつ動かさない。
「そうよ、あたしなんて、こんなにドロドロよっ!!シャワーもないのに」
「エルザは泥水に転んだからでしょ。自業自得」
リリと呼ばれた少女がドロドロの軍服女こと、エルザを一瞥する。
「リリ、そんな言い方しないの。仲間でしょ」
「ユーリは相変わらず口うるさい」
「むきっ、年下のくせに」
「違う。あたしの方がお姉さん。ユーリが妹」
「止めなさいよ。そんな事より迫撃砲が止んだわよ」
リリは無言でM4のセレクタを切り替える。
ユーリとエルザもそれに倣う。
それを見てユーリは思う。
初めて会った時、彼女を感情が薄い子なのだと思った。
だが今は違う……リリはただ、『慣れすぎている』だけなのだろうと。
「合図をしたら三方向に展開。状況クリアで再集合。いい」
エルザが二人に指示を出す。
「「イエス、マム」」
エルザの指揮に二人が答える。
「よし、行けっ」
三人が塹壕から飛び出していった。
◆
此処は南米の某国。
民間軍事会社『ブラッド・フィールド』の女性だけで構成される実行部隊。
医療支援団体の警護中に反政府ゲリラと交戦になったリリ達は、仲間たちと離れ離れになってしまい、塹壕の中に退避中だった。
それでもなんとか、銃撃痕で穴だらけの建屋の陰に再集合した三人。
「なんとか、再集合できたわね」
エルザが注意深くあたりの様子を伺う。
迫撃砲による絨毯爆撃が一段落し、今は静寂に包まれている。
コンクリート製の壁を背にして、銃を構える。
「ねえ、ユーリ」
リリがユーリに尋ねる。
「なに。さっきの話なら、あたしの方がお姉さんだからね」
「違う……ユーリの国はこんな事無いの?」
「こんな事って……銃撃戦とか内戦とかって話?」
「うん」
ユーリは少し考えてから答える。
「無いわね。基本的に平和で安全な国よ。政府が不満だーとか言って爆弾バンバン爆発させることはないかな」
「ふーん」
「夜でも女性一人で歩けるし、銃声で起こされる事もないわ」
「……本当に?」
「本当よ」
「子供が誘拐されない?」
「それは……ゼロじゃないけど」
「地雷は?」
「無い」
「武装検問は?」
「無いってば」
リリは少し黙り込む。
「……へえ」
その短い言葉だけだったが、どこか羨ましそうだった。
「どうしたの。急にそんなこと聞いて来て」
「この作戦が終わったら、福利厚生で半年の休暇を貰う。でも使い道が無い。だからユーリの国に行ってみようかと」
「ああ、なるほど……じゃあ、此処から無事に帰れたら、日本での宿泊先を紹介してあげる」
「……ふらぐ?」
「違うって」
そんな話をしている時、遠くから四枚の回転翼が放つ特徴的な音が聞こえてきた。
「どうやら間に合ったようだな」
エルザがほっと息を吐く。
「ヘリが医療チームを回収したら同時に乗り込むぞ」
「「イエス、マム」」
そして、ささやかな作戦が終了した。
◆
「ユーリ、約束」
「え、約束って?」
作戦が終了し、三人は宿営地のテントの中に居た。
既に皆シャワーを浴びて、今はトレーニングウェア姿だ……カーキ色だが。
「無事に帰ったら、日本での宿泊先を紹介するって言った」
リリが頬を膨らませながら文句を言う。
「……ああ、言ったわね」
「むう。早く紹介する」
「わ、わかったわよ。でも今はまだ、作戦行動中だから、本社に戻ったらね」
「約束」
「はいはい」
そんな二人を見てエルザは思う。
「(姉妹じゃなくて『双子』だな)」
テントの外では、誰かが笑っている。
遠くでヘリのエンジン音が響く。
戦場の日常。
いつ誰が死んでもおかしくない場所。
だからこそ、
「次の休暇で日本へ行く」
そんな他愛のない約束が、少しだけ特別なものに思えた。
これが、リリが日本に来る事になった、きっかけの話。




