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第1話 南米からのお客様


 ◆戦場帰りの少女、日本へ


 佐伯陸。


 相変わらず、高飛車なお嬢様のカバン持ちをしている……成り行きだけど。


 で、今日も学園の正門でお嬢様の到着を待っている。


 登校してくる生徒たちの間を、高級車が当たり前のように行き交う光景。


 今ではすっかり馴染んでいる陸だったが、最初にこの光景を見たときは結構驚いていた。


 警備ゲートの前では、警備員たちが鋭い目を光らせている。


 そのとき、スマートフォンが震えた。


「ん、なんだ?」


 陸はスマホを取り出し、画面を確認する。


 そこには懐かしい名前が表示されていた。


「(従妹のユーリじゃん……なんだよ、滅多に連絡なんかしてこないのに)」


 陸はメッセージを開く。


「ん? なになに……」


 メッセージを読み進めるにつれて、陸の目が大きく見開かれる。


「……おい、おい。何勝手に決めてんだよ。こっちの都合は無視かよっ!! 何で、俺の周りの女どもはこんな奴らばっかりなんだよっ!!」


 思わずスマホを地面に叩きつけようとするが、寸前のところで思いとどまる。


「(……まだ、支払いが残ってるんだ……我慢だ、我慢)」


 そこへ黒い高級車が静かに入ってきて、陸の横に停車する。


 運転席から早乙女さんが出てきて、素早く後部ドアに移動する。


 そして、恭しくドアを開ける。


 すると、さも当然といった表情で、お嬢様……九条麗華が降りてくる。


 麗華は俺を一瞥すると、いつものように顎先で自分の鞄を示す。


 早乙女さんが俺に鞄を渡す。


 最近のルーチンワークだ。


 鞄を渡し終えた早乙女さんはさっさと運転席に戻り、黒い高級車は静かに学園を後にする。


 陸が呆然と車の後ろ姿を眺めていると、お嬢様から声を掛けられる。


「陸、行くわよ」


「はい、はい」


「返事は一度でしょ」


「はい。お嬢様」


 周囲の生徒たちが、ちらちらとこちらを見ている。


「今日も九条様の……」


「カバン持ち……」


 そんな声が聞こえてきた。


「(……気にしない、気にしない)」


 陸は首を振って雑念を払う。


 対照的に、長い金髪を揺らしながら、麗華が校門をくぐる。


 周囲の生徒たちが自然と道を開けた。


 一か月ほど前に起きた、テロリストによる鳳城学園占拠事件。


 そのとき、麗華はテロリストたちに狙われた。


 それを救ったのが『陸』なのだが、それ以降、二人の関係が進んでいるようには見えなかった。


「あらあらあら、あの二人は何をしているのかしらぁ……まどろっこしいですねぇ」


 とは、麗華の親友、花房詩織の弁だが……。


 陸は麗華の後ろを歩きながら、突然思い出したように声を上げる。


「あ、そうだ。今日の放課後は付き合えない」


「……?」


 陸がそう言うと、麗華の眦(まなじり)がキュッと上がる。


 陸は慌てて言い訳を始める。


「悪い。従妹からの頼まれごとなんだよ」


「貴方に従妹なんていましたの?」


「まあね……ちょっと複雑なんだが……とにかく、その従妹の頼みで成田まで人を迎えに行かなきゃならなくなったんだ」


「成田……外国からですの?」


「うん。従妹の同僚らしい。今日の夕方に成田に到着するらしい。まったく、こっちの都合を全然考えてないよな、ユーリの奴」


「……ユーリさんというのね……従妹の方は」


 何だろう……麗華の目が厳しい気がする。


「と、とにかく、それで迎えに行かなきゃならないんで、午後は早退して行ってくる。だから、ごめんな」


 すると麗華が、さりげなくとんでもない提案をしてくる。


「なら、わたくしが送って差し上げますわ」


「えっ? でも授業があるだろ?」


「学校への連絡はこちらで通しておきますわ。ご心配なく」


「(うわっ、権力の乱用だろ)」


 そんな陸の懸念をよそに、麗華は腰に手をやり、当然のように胸を張る。


「従者の困りごとくらい、わたくしが解決して差し上げますわ」


「……はあ……」


 陸が乗り気でない返事をすると、ずいっと麗華が顔を近づけてくる。


「何か不満でも?」


「い、いえ。……よろしく……お願いいたします」


 押しに弱い陸であった。


 そのときの陸はまだ知らない。


 迎えに行く相手が、南米の戦場を生き抜いてきた少女だということを。


 ◆無表情の来訪者


 成田空港。


 日本を代表する国際空港。


 様々な言語のアナウンスが響き、キャリーケースの車輪音が絶えず床を滑っていく。


 南ウィングのミーティングポイント。


 ここが今回の待ち合わせ場所だ。


「こんな場所があったんですのね」


 お嬢様は興味深そうに周囲を観察している。


 そして、陸に尋ねる。


「でも、何でラウンジを使わないのです? あそこなら間違いありませんのに」


「……下々の者は気軽にVIPラウンジは使えません」


「別にVIPでなくても使えますわよ?」


「……ええ、特別なカードを持っていたり、そのカードで数百万の決済をしたりする人たちなら使えますね」


「貴方は使えませんの?」


 びきっ!


 このとき、珍しく『殺意』というものを理解した陸だった。


 ◆


 到着ロビーから、たくさんの人が姿を現す。


 やはり出迎えに来ている人たちもたくさんいて、再会を喜んだり、握手をしたりしている。


「で、待ち合わせの方はどんな方ですの?」


「俺も今日初めて会うんで……よく分からないんだ」


「写真とかありませんの?」


「写真の公開は会社の守秘義務に抵触するんだって……どんな会社だよな?」


 そう言って、もう一度スマートフォンでメッセージを確認する。


「ただ、南米出身の若い……じょ……せ……い」


 言葉の途中で動かなくなった陸を、麗華が怪訝そうに見つめる。


「陸?」


 麗華は陸がある一点を見つめていることに気付き、その視線の先を見る。


 挿絵(By みてみん)


 そこには褐色の肌を持ち、黒髪をボブに切りそろえた絶世の美少女が立っていた。


 南米で、何世代にもわたって異なる血脈が交わり、生まれた芸術品のような顔立ち。


 すらりとした体つきには、鮮やかな黄色のワンピースがよく似合っていた。


 麗華はその少女を見て、ほんのわずかに眉を寄せた。


 自分でも理由は分からない。


 だが、陸があんな顔で他の女性を見るのが、妙に面白くなかった。


 少女に鼻の下を伸ばしている陸に、麗華が肘鉄を鳩尾に打ち込む。


 ドスッ。


「うぐっ」


 陸の身体が九の字に折れ、苦しそうな声を上げる。


 しかし、麗華はそんな陸を無視して叱りつける。


「何を鼻の下を伸ばして見とれているんですのっ!!」


「い、いや……だからって……息が……」


 そんなことをしていると、少女の視線が陸に注がれる。


 そして、コツコツと綺麗なリズムを刻んで陸に近づいてきた。


「あなたがリク、サエキ?」


 綺麗な声だった。


「え、あ、はい。自分が佐伯陸です」


「リリ。リリ・バートレッド。よろしく」


 リリはそう言って、一瞬迷ってから右手を差し出した。


 陸は差し出された手を握る。


「(……っ?)」


 一瞬の違和感。


 細い指だった。


 だが、手のひらには不自然に硬い感触があった。


 しかし、すぐにその違和感を忘れ、握手を交わす。


「ユーリから連絡を受けています。お迎えに来ました」


「ん」


 リリは絶世の美少女でありながら、唯一の残念ポイントがあった。


 恐ろしいほど無表情という……残念ポイントが。


 ◆


 三人は、いつもの黒い高級車に乗っていた。


 リアシートに三人が座っても、まだ余裕がある。


 そんなリアシートの真ん中に陸が座っている。


「(どうしてこうなった……)」


 時間を少し巻き戻す。


 空港のロビー。


「陸、わたくしにも紹介してくださらない?」


「え、ああ。こちらは九条麗華さん。俺のクラスメイト」


「……クラスメイト……(確かに今はクラスメイトですけど)」


 麗華が小さく呟く。


「九条麗華ですわ」


「リリ・バートレッド」


 名前だけ名乗って、感情の分からない目でじっと麗華を見つめる。


 麗華も少しだけ首を傾げてリリを見つめる。


「(なんか怖いんですけど……)」


 しばらく二人は無言で見つめ合っていたが、不意に麗華が陸の方へ振り向く。


「で、この後はどうなさるの? よろしければ、ホテルまで送って差し上げますわ」


「ああ、それなら俺の家に連れていくから大丈夫だよ」


「えっ?」


 麗華が固まったように動かない。


 しかし、麗華の脳内では色々な妄想がフル回転していた。


「(年頃の男女が同じ家など)……駄目ですわっ!! 駄目に決まっているでしょうっ!!」


 突然、麗華が大声を上げる。


「駄目って言われても、今からホテルも取れないし、元々、日本滞在中は俺の家に住むことになっているんだし」


「駄目ですわっ!!!!!」


 麗華はそう叫ぶと、リリの手を握る。


「リリさん。わたくしの家に来なさい。部屋なら腐るほどありますわ」


「腐る?」


「比喩ですわ」


「……」


 リリは突然のことに思考が追いつかない。


 自分の身に危険が及ぶのなら話は別だが、このように好意から生まれた混乱は苦手なのだった。


 今度はリリが固まっている。


 すると麗華がリリの腕に自分の腕を絡ませる。


「さあ、行きますわよ。陸はリリさんの荷物を持ってきなさいっ!!」


 ナチュラルに仕切る麗華。


「……は、はい」


 ただ返事をするだけの陸だった。


 ◆


 ということがあって、今は車内。


 車はもちろん九条邸に向かっている。


 リリはずっと窓の外を見ている。


 麗華は目をつむって腕を組んでいる。


「(会話が……ない)」


 早乙女さんに助けを求め、バックミラー越しに視線を合わせると、運転席と後部座席の間が自動的に仕切られた。


「(早乙女さんまで……)」


 陸は目をつむって歯を食いしばる。


「(恨むぞ……ユーリ)」


 そんな陸の苦悩をよそに、車は順調に九条邸へと走り続けるのだった。



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