第18話 すれ違う居場所
倉庫内での話が終わり、斑目と北条が共に倉庫から出てきた。
「九条の屋敷を監視できる部屋ねぇ……あの辺りは家賃が高いし、第一賃貸なんかほとんどないよ」
斑目が頭を撫でながら北条に言う。
「一週間は出入りを監視しないと……俺一人じゃ回らないですよ」
「そうだよな……んっ、待てよ……」
斑目はそう言って何かを思い出そうとしている。
北条は自分のバイクにまたがり、鍵を刺しこむ。
「思い出した……北条君、良い場所があるよ」
「本当ですか……」
北条は疑わしそうに斑目の顔を見る。
「この前、特殊清掃入った部屋なんだけどさ……管理会社が困っててな……多分、当分借り手がつかない筈」
「何ですか、それ」
斑目がニヤッと笑う。
「ほら最近流行ってんだろ……『事故物件』……最近、事故物件になったんだ」
北条は両手を上げる。
「理由は聞かないです。その部屋を紹介してください」
「おう、任せとけ……」
「じゃあ、段取りが出来たらよろしく」
そう言って北条はヘルメットを被り、発進しようとする。
「北条君、ちょっと」
北条はブレーキをかけて、バイクを止める。
「何ですか?」
「出たら感想を聞かせて……」
「斑目さん、そんな趣味があったんですか?」
「いんや。でも出るなら見てみたいじゃん」
北条は、斑目の目の中に良くないモノを見てしまった気がした。
「出たら報告しますよ。じゃあ」
そう言って今度こそ、北条は倉庫を後にしたのだった。
◆
「陸。最近詩織と随分仲がよろしいのね?」
「え?」
お嬢様は何故か不機嫌そうだった。
「何を計画しているのか知りませんが……リリさんを保護しているのはわたくしですわよ」
「えっ?」
麗華も言葉にしてしまってから、拙いと思ったのか、すっと視線を逸らす。
ただ、陸はそんな麗華の心の内側など知らないので、つい言い返してしまう。
「別に頼んだわけじゃないだろ。お嬢様が無理やりウチに来いって言ったんじゃないか」
陸に言い返されて、思わず顔がカッと赤くなる。
「やはり不埒な事を考えていたんですわねっ!!やはり、二人だけにしなくてよかったですわっ!!」
「不埒な事なんて考えてねえよっ!!大体、ウチはメゾネットタイプだから、二階をリリに明け渡すつもりだったんだよ」
急に口喧嘩を始めてしまった二人を、クラスの連中が興味深そうに見つめている。
「……くっ」
思いの外強く陸に言い返されてしまい、麗華が言葉に詰まる。
何故だか分からないが、胸が痛くて目が潤んでしまう。
「(こんなこと言うつもりは無かったのに……)」
麗華はキュッと唇を噛む。
パンッパンッパンッ
急に誰かが手を叩く音が響いた。
皆の視線が集まる。
そこにはリリが手を重ねたまま、こちらを見ていた。
「リク。暫く麗華の所に厄介になる。リクは自宅に帰っていい」
「えっ?」
「ユーリには連絡しておく」
「何だよそれっ!!」
陸がリリに食って掛かるが、リリは『言いたい事は言った』という感じで席に座ってしまう。
唖然とした表情でリリを見つめる麗華。
「勝手にしろっ!!」
陸も引くに引けなくなって、捨て台詞を吐く。
そんな三人をクラスメイト達は心配そうに眺めていたが、一人だけ興味深そうに見つめている人物がいた。
「あらあらあら……おもしろくなりましたわ」
詩織だけがマイペースだった。
◆
放課後の校門付近。
生徒を迎えに来た車の列が、校門を先頭に長く続いている。
その中には早乙女の運転する車も含まれていた。
早乙女が校門の前に車を移動させると、麗華お嬢様と、リリの二人の姿しか見えない。
少しだけ違和感があったが、早乙女は車を降りていつものように後部ドアを開ける。
「ありがと」
リリがそう言って先に車に乗る。
麗華は後ろを振り返るが、すぐに鞄を早乙女に手渡す。
そして無言で車に乗り込む。
早乙女は受け取ったカバンを持ったまま運転席に戻る。
ドアを閉め、鞄を助手席に置き、シートベルトを締める。
ルームミラーで後部座席に二人を観察するが、すぐに視線を逸らせる。
そして車が静かに発進するのだった。
◆
陸の自宅。
数日ぶりに自宅に戻った陸は、真っ先に冷蔵庫に向かう。
ドアを開け、まずは中の匂いを確認する。
「……腐ったりはしてないな……後は消費期限だよな……」
陸は突っ込んでおいた総菜や、牛乳の日付を確認する。
「うわあ……みんな期限を過ぎてるぜ……」
日付を過ぎたらすぐに悪くなるとは思っていないが、それでも気分的に不安が付きまとう。
「仕方ない。この時間なら、丁度スーパーの特売に間に合いそうだな」
陸は壁に掛けてある時計を見る。
「ここんところ、贅沢三昧だったからな……庶民の食生活が恋しい……のか?」
陸の脳裏に悔しそうに唇を噛む麗華の姿が思い浮かぶ。
少し言い過ぎたかなとは思ったが、それでもあんないい方しなくても良いじゃないか、とも思う。
「こっちだって、リリを心配して色々考えていたのに……」
陸は財布の中身を確認する。
「リリもリリだよな。やっぱり贅沢な生活の方が良かったのかな」
制服の上着とネクタイを脱ぎ捨てると、陸は再び玄関に向かう。
「特売の弁当が残っていると良いな」
陸はそう呟いて部屋の鍵を掛けるのだった。
◆
北条は預かった鍵で、問題のアパートの一室のドアを開ける。
事故物件と聞いているせいか、何となく空気が重い感じがする。
北条は頭を振ると、すぐに玄関に入る。
そして奥の部屋に向かって行く。
部屋はいわゆるワンルーム型で、玄関の周りにキッチンとユニットバスが設置されている。
奥の部屋はロフト付きの六畳間だ。
北条はすぐに窓と雨戸を開ける。
そして周囲の光景を確認する。
「なるほど……斑目さんの言う通り、九条の屋敷が見えるな……」
屋敷の中は見えないが、正面玄関が斜めに見える位置にこのアパートは建っていた。
北条は持ってきたドラムバッグの中から、カメラ用の三脚を取り出す。
そしてその三脚に、大きなレンズのついたデジカメを装着する。
「コンデジのくせに3000ミリ相当の望遠って……絶対にヤバいだろう」
北条はカメラのモニターを開き、九条の正面玄関を覗き込む。
「……これなら人物の判別も可能だな……」
そう呟いて、ドラムバッグから総菜パンを取り出す。
袋を破り、パンに齧りつく。
「長い戦いになりそうだ……」
再びドラムバッグの中からペットボトルに入ったコーヒーを取り出し、一口飲み干すのだった。




