第17話 MV少女の正体
陸が呼び出された直後。
リリは授業を聞きながら、別な事を考えていた。
それは主に日本の事。
ユーリから聞かされていた日本の話と、実際にリリが経験している日本の現実が、随分とかけ離れている事に驚かされていた。
当初は陸のアパートに間借りする予定だったのに、今は高級ホテル並みの部屋に住まわせてもらっている。
食事にしても、『陸の手料理かコンビニ飯だよ』と聞かされていたのに、こっちも高級レストランかと思うような食生活だ。
そして、治安……。
ユーリから聞かされていた『日本は安全だよ』が完全に崩れている。
「(日本にも麻薬カルテルみたいな組織がある)」
これは結構、衝撃的だった。
「(しかも厄介なのは、連中が『普通の社会』に溶け込んでいること)」
リリが今まで相手にしてきた武装組織は、もっと分かりやすかった。
武器を持ち、縄張りを主張し、暴力を隠そうともしない。
だが日本のそれは違う。
スーツを着て、会社を名乗り、街に溶け込んでいる。
しかも、初日からそんな組織に接触してしまうなんて……。
「(……面倒)」
後は、スマートフォンの普及。
今までは監視カメラを気にしていれば済んだのに、今後は一般人のスマートフォンにも気を付けなければならない。
「(全然、聞いていた日本と違う)」
リリは窓の外に視線を向ける。
外では体育の授業なのか、多数の生徒がグランドを走っている。
表面だけ見れば、平和そのものだ。
「(……まずは麻薬カルテル……きっと接触してくる)」
リリは確信する。
そんな事を考えていたら、疲れ切った顔をした陸が戻ってきたのだった。
◆
北条の乗った125ccバイクが斑目の倉庫までやってきた。
近くに区営の野球場が何面もある場所で、昼間や休日は賑やかだが、それ以外の時間帯や曜日は比較的静かで人通りも少ない。
そんな一角に斑目の倉庫がある。
北条は倉庫の前にバイクを止めると、ヘルメットを被ったまま倉庫の入り口に近づく。
渡されている合鍵でドアを開け、中へ入る。
中に入ると、ケミカル系の刺激臭が鼻をつく。
北条は入り口の近くにある照明のスイッチを入れる。
蛍光灯が音を立てて点灯する。
倉庫の中はガランとしていて、コンクリートの床に北条の足音が響く。
倉庫の壁際には、業務用のポリタンクや大型のブルーシートが無造作に積まれていた。
金属棚には洗剤や薬品名のラベルが貼られているが、北条は中身を知らない。
知ろうとも思わない。
そして倉庫の一番奥に大きな金属製の事務机が置いてある。
北条はそこに近づくと、ヘルメットを脱いで机の上に置く。
ポケットから携帯を取り出すと、斑目に通話する。
「……あ、斑目さん。北条です。……はい、倉庫にいます……あと、30分くらいですか……はい、大丈夫です。待ってます」
そう言って、通話が終わる。
机のそばのパイプ椅子に座り、背中を深く預ける。
天井の蛍光灯を見つめながら、今日の偵察内容をもう一度考える。
「一週間くらい、九条の行動パターンを監視しなきゃわからん……そもそも、まだあの娘があの屋敷にいるのか?」
秘かに別な場所に匿われている可能性を考える。
「それは無いな……玄武会とトラブルを起こした人間を九条が匿う理由が無い……ましてや外国人だ……」
「しかし、何であの娘は『九条邸へ』と言った?」
鮫島から聞き出した数少ない情報。
北条は意識が思考の海に沈んでいく。
そして其処へ、斑目のぼろワンボックスが到着したのだった。
ドアが開き、作業服姿の斑目が現れた。
「いやあ、待った?」
「いえ、考え事をしていたんで……」
「で、なに? 直接話したい事って」
「……九条の件です……少し時間が必要ですね」
それを聞いて斑目が大きくため息を吐く。
「やっぱりか……。だよな」
「ただ、気になる事が一つ……何故、あの娘は最初から『九条邸へ』と言ったのか」
斑目の目が険しくなる。
「……その情報は何処から?」
「タクシーの運転手が、最初に『九条邸へ』と言われたみたいです」
「どう見ても観光客だろ……何で九条と繋がる?」
「その為にも、暫く九条邸を張る必要があります。これは勘ですが、あの娘は九条邸に居ますよ」
「……」
斑目は目を瞑って考え込む。
「一週間だな……それ以上遅らせると兵頭が騒ぎ出しそうだ」
「きついっすね」
「アイツ、『結果が出ない』を一番嫌うからな」
北条が顔を顰める。
「下請けは辛いのよ……必要なものがあれば用意する」
「大丈夫ですよ。ただ暫くは尾行三昧になりそうですが」
「頼むよ。もう割増料金貰っちまったんだ。ははは」
「……斑目さん。ふふっ」
二人の男は薄暗い空間で、乾いた笑い声をあげるのだった。
◆
授業が終わり、休み時間になる。
好奇心に負けた男子生徒達がリリの席を取り巻く。
「すげえ、本物だ……」
「この動画、昨日だけで何十万回も増えてたぞ」
「絶対デビュー前だって!」
「ねえ、バートレッドさんが出てるMVっていつ発表されるの?」
「撮影の時、どんな感じだった?」
「もう一人の子もモデルさんなの?」
矢継ぎ早に質問がぶつけられる。
しかも敵意が無い。
下手をすると純粋な好意からくる行動に、リリは無表情ながら、この状況に驚いていた。
「佐伯君。顔がつかれてるわよ?」
詩織が陸に話しかけてきた。
「いや、SNSって怖いなって実感してるところ……それより、アレは放っておいても大丈夫かな?」
陸は取り囲まれているリリを親指で指さす。
「ははは。とっさに吐いた嘘だったんだけど……妙にリアルだったみたいで、却って興味を引いちゃったみたい。ごめんねぇ」
詩織はちっとも、すまなそうに感じられない仕草で謝る。
そこに麗華が話しかけてきた。
「陸.先生の話は何でしたの?」
「何で遅刻したのかって聞かれた……先生は事前に知ってたみたいだけどな」
そう言って陸は詩織を軽く睨む。
「ははは。だからごめんて」
そんな詩織を見て、陸が思いつく。
「じゃあさ。この貸しを返してもらおうかな……」
「えっ?」
「大丈夫。そんなに変な事は要求しないからさ」
陸は悪戯を思いついた悪ガキの顔をしていた。




