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第16話 静かなる包囲網


「どこか静かで人が来ない所が良いんだけど……」


「なら、生徒会室は如何ですか?」


「ああ、あそこなら人が来ないな」



 陸が頷く。



「授業をさぼっちゃうけど、仕方ない」



 三人は生徒会室に向かう。



「しかし、早かったな……みんなに知れ渡るの」


「……ひょっとして、陸は知ってましたの?」



「昨日、詩織さんから見せられてた……黙っててごめん」


「陸?」



 麗華の眉が上がる。



「いや、だからごめんて。ちゃんと相談しようと思ってたんだよ。こんなに早く知れ渡るとは思わなかったんだよ」



 そんなやり取りをしているうちに生徒会室に辿り着く。


 素早く辺りを見回してから中に入る。



「で、リリさんの動画が出回ったとして、何が拙いんですの?」


「動画が出回ること自体は仕方ない事なんだ……こんな御時世だからね」


「では何ですの?」



 陸は此処でリリの顔を見つめる。



「リリは新宿であの女の子を助けたって言ってたよね」


「ん」



「その時、女の子が乱暴されそうになっていた……乱暴する様子を撮影しようとしていた……違う?」


「そう」



 陸の話に麗華が顔を顰める。


「つまり、あの女の子を乱暴しようとしていたのは、その筋の人達という事」


「その筋の人達?」



 陸は困ったような表情で麗華を見つめる。



「……反社……つまり、堅気ではない人達からあの女の子を救出したって可能性が高い」


「つまり……その人たちがリリさんを探している……その動画を手掛かりに……という事ですの?」



 陸は無言で頷く。



「さっき確認したら、既に100万回以上再生されていた……彼らの目に留まった可能性は高い」



 麗華は陸の答えに思案する。


 陸は麗華を安心させるように言う。



「でも、リリと九条家を繋ぐ線はタクシーしかないから、すぐにどうこうという事は無いと思う……まあ、時間の問題だと思うけど」


「何でそんな重要な事を隠していたんですの?」



 静かに怒っている麗華の圧力に、陸は思わず後ずさる。



「と、とにかく、今日家に帰ったら綾香さんに相談しようよ」



 陸が宥めるように言うが、麗華の険しい表情は晴れない。



「まずは綾香さんに第一報を入れてもらえるかな……」



 陸が下から麗華を見上げるように頼み込む。



「仕方ないですわね……連絡してみるだけしてみますわ」


「ありがとう」



 リリは相変わらずの無表情で二人のやり取りをじっと見つめていた。


 ◆


 斑目の携帯が震えた。


 斑目はぼろいワンボックスを運転中だったので、すぐ先のコンビニの駐車場に車を止めた。


 そして胸ポケットから携帯を取り出して通話ボタンを押す。



「はい、下落合クリーニングサービス」


『あ、斑目さん。北条です』



「おう、北条君。何かわかった?」


『実は……少し厄介なとこに繋がりました』



 斑目は車外に出ると、コンビニの脇にある喫煙コーナーに移動する。


 幸い斑目以外の人間はいなかった。



「厄介なところって……鬼龍院とか?」


『……もっと面倒くさいです……』



「もったいぶるなよ……」


『九条家……政治家も頭を下げる……その本家の屋敷です』



 斑目は煙草を取り出そうとしていた動きが止まる。



「確かに……厄介で面倒くさいな……」


『どうします?……一介の下請けには荷が重いんですが……』



 斑目は紙たばこを唇だけで器用に一本だけ咥える。



「玄武会の奴……知ってて俺達に振ったな……あの狐野郎」


『……』



「まあ、とりあえず調査を進めておいて。相手が九条であろうとも、依頼は依頼だからね」


『あんまり気乗りしないですけど……斑目さんがそう言うなら』


「うん。じゃあ、よろしく」



 斑目は通話を終える。


 そしてポケットから、プラスチックケースのライターを取り出す。


 昔のドラマの真似で、ライターから炎を勢いよく上がらせる。


 そこに咥えた煙草を近づけて、先端を赤くする。


 紫煙が斑目の口腔から吐き出される。



「……」



 斑目は無言でビルとビルの隙間から覗く青空を見つめた。


 ◆


「綾香さんは何て?」



 麗華がスマートフォンで綾香との通話を終えたタイミングで陸が尋ねた。



「『今日はそのまま授業を受けてきなさい』と言われましたわ」


「ああ、やっぱり」


「学園の中にいる方が安全だろうって……帰宅時には早乙女が来ますしね」



 三人は相変わらず生徒会室に居た。



「リク、リリの居場所が相手にわかると、そんなに拙い?」



 リリが陸に尋ねる。



「そりゃあね。相手は反社会的組織だし……捕まったら何されるか分からないよ。現に怪しげな撮影をしようとしてたんでしょ」


「麻薬カルテルよりも怖い?」



 陸はびっくりしたような表情でリリを見る。



「い、いや……まあ、やっている事は同じような事だけど……どっちが怖いかって聞かれたら、そりゃあ麻薬カルテルの方が怖いかな……ニュースとかで見る限り」


「ふーん」



 リリは一人で頷いていた。



「仕方ありませんわ。此処にいてもわたくし達に出来る事など限られていますし」


「そうだね。先生に事情を話して授業に戻りますか」


「ん」



 三人は教室に戻る事を決めた。


 ◆


 教室は既に授業中だった。


 陸たちは、あえて教室の前の扉を開けて中に入る。


 驚きとか好奇心とかが入り混じったクラスメイトの視線が三人に集まる。



「すいません。遅れました」



 陸が勢いよく頭を下げる。



「……今は授業中だ。すぐに席に着きなさい」



 教師は色々言いたい事を堪えて、三人に着席するように指示する。


 陸はもう一度頭を下げて、自席に向かう。


 三人が席に着くと、詩織がニコニコと笑みを浮かべていた。



「(ああ……これは説明しろって事ね……)」



 わずかな付き合いであるにもかかわらず、詩織の表情だけで何を要求しているか分かるようになってしまった陸だった。



「(あ・と・で)」



 陸が無音で口を開くと、詩織は満足そうに頷いて前を向く。


 そしてそのやり取りをこっそりと見ていた麗華は、理由もわからずに不愉快な気分になるのだった。


 ◆


 北条は125ccのバイクに乗って九条邸の近くに来ていた。


 エンジンをかけたまま、じっと九条邸を見つめる。


 石垣の上に屋根付きの漆喰の塗られた塀が、延々と敷地を取り囲んでいる。


 正面の玄関には、電動式の大きな扉が設えてあり、日本庭園とその奥に重厚な日本建築の屋敷が見える。



「(随分と厳重だな……よく見ると、警察も警備してやがる……)」


「(こっちは駄目っぽいな……後は通用口か……)」



 北条はバイクのギアを一速に放り込むと、ゆっくりクラッチを繋ぐ。


 ポポポッと可愛い音を立ててバイクが発進していく。


 北条は九条邸をぐるっと一回りする事にする。



「(至る所に監視カメラがあるな……要塞かよ)」



 そんな事を呟きながら、さらに九条邸を回っていく。


 屋敷の北側に通用門があり、車が通れる門と警備員が常駐している小さな小屋が確認できた。


 北条は九条邸を一周すると、怪しまれないようにそのまま倉庫に向かう事にした。



「(思った以上に大仕掛けになりそうだ……)」



 北条は制限時速を守りながら、今後の展開に頭を巡らせるのだった。


 ◆


 休み時間。


 何故か陸だけが教師に呼び出される。



「何で俺だけ……」



 陸が呟くが、その声は誰にも聞こえない。



「すまん。次の授業も遅刻する……多分」



 頼れそうなのは詩織だけだったので、詩織に声を掛ける。



「ご愁傷様。先生も佐伯君になら話しやすいと思ったんだよー」


「嬉しくないけどな」



 陸が教室を出るとき、詩織だけが手を振ってくれた。



 教務員室に辿り着く。


 軽くノックして、担任の教師の下へ。



「佐伯、出頭しました」


「……冗談を言うくらいの余裕はあるみたいね」



 担任教師は座ったまま椅子を回転させ、陸の方を向く。



「説明を聞かせてくれる」


「……リリ・バートレッドさんを撮影したと思われる動画がSNS上にアップされています。それをクラスの男子生徒達が見つけ、騒ぎになりそうだったので、ほとぼりを冷ますために遅刻しました」



 陸は事実を話す……全てではないが。



「……うん。花房さんから聞いていた事と概ね一致するわね」


「(なんだよ。裏取り済じゃねえかよ……食えない先生だ……)」



 陸は心の中で思う。



「(何で俺の周りの女性陣は、こうも優秀な奴が多いんだよ……凡人で悲しくなる)」



「詳しくは聞いていないけれど、バートレッドさんの後見人は九条さんで良いのかしら?」


「……自分も良く分かりません」



「そうよね。昨日の今日ですものね」


「「はあ」」



 何故か二人で大きくため息を吐く。



「わかったわ。行っていいわ」


「はい。失礼しました」



 陸が担任に背中を向ける。


 と、そこに声が掛けられる。



「佐伯君。……貴方は普通の生徒なんだから……その事を忘れないで」



 陸は言われた言葉の意味を理解する前に返事をする。



「……失礼します」



 教務員室を出て、廊下へ。


 そして陸はもう一度大きなため息を吐く。



「(そんなこと言われなくても、俺が一番よく理解してるって……)」



 陸は重い足取りのまま教室に向かうのだった。



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