第15話 拡散される少女
次の日の早朝。
北条の姿は練馬にあるタクシー会社にあった。
24時間の勤務を終え、多数のタクシーが戻る時間帯。
北条は運転手たちの待合所に声を掛ける。
「すいません。ちょっとよろしいですか?」
「なに、お客さん?予約か何か」
「いえいえ、実は先日此処の運転手さんにすごく世話になっちゃって」
そういって北条は持参した菓子折りを見せる。
「ただ、運転手さんの名前が分からなくて……〇〇〇号のタクシーっているのだけは分かるんですけど」
北条はそう言って頭を掻く。
「ああ、行燈の番号か……〇〇〇号は鮫島か……たしかもう戻って洗車してる筈だ」
「そうなんですか。じゃあ、ちょっとだけ邪魔してもいいですか……あ、これ、皆さんで召し上がってください」
北条はそう言って菓子折りを手渡す。
「大丈夫ですよ。変なものは入ってませんから」
「ははは、そんなこと心配してないよ」
北条は丁寧に礼を言ってから、洗車場に移動する。
そこでは複数の運転手が車の洗車をしていた。
北条は運転手たちに声を掛ける。
「鮫島さん、鮫島さんいますかっ?」
するとその中の一人が顔を上げ、北条の顔を見て怪訝そうな表情をする。
北条は素早くタクシーの番号を確認する。
北条は営業スマイルを浮かべながらその運転手に近づく。
「鮫島さん? 先日はどうもお世話になりました」
「え?」
鮫島は良く分からないという表情で北条を見る。
「ほら、先日小銭が無い時、建て替えてくれたじゃないですか。あれ、凄く助かりました。おかげで取引先にも怒られずに済みました」
そう言って北条は鮫島の手を握る。
「え、人違いじゃ……」
鮫島の声が途中で止まる。
お腹の部分に何かが押し付けられる感触を感じたからだ。
見ると、北条のもう片方の手が上着のポケットにあり、そのポケットが妙な形で膨らんでいる。
「此処だとご迷惑みたいなんで、ちょっとそこで」
北条は洗車場に置いてあるベンチに鮫島を誘う。
ベンチの前で北条と鮫島が向かい合う。
「……先日、新宿で女の子二人載せたでしょ……そのことについて教えて欲しくて」
北条は笑みを絶やさず鮫島に尋ねる。
「口止めされているのは想像つきますよ……でも、教えて欲しいな」
腹に押し付けられた何かの圧力が増す。
「(一週間に二回も拳銃で脅されるなんて……)」
鮫島は心の中で思う。
「(命あっての物種だ……)」
鮫島の心が折れるのは早かった。
「言うよ……言うからその物騒なものを離してくれないか」
「聞かせてもらえればすぐに」
鮫島が諦めたように呟く。
「……九条……九条の屋敷だよ」
その言葉を聞いた北条の顔から笑みが消える。
「その先は知らん。女の子たちが『九条邸へ』って言ってそのまま届けた。あとはそのまま九条の屋敷に入ったんだ……嘘じゃない」
「……九条か……」
北条は再び嘘くさい笑みを浮かべる。
「いやあ、本当に世話になりました。これはお礼です」
そう言ってポケットから手を出す。
その手には紙幣が握られていた。
北条はそれを他の運転手に見せるように大きく手を動かし、鮫島の胸ポケットに仕舞う。
「では、これで。鮫島さん」
◆
今日の朝食は、フレンチトーストと生野菜のサラダ。
複数のジュースとシリアル。
麗華の表情が少しだけ嬉しそうなので、今日のメニューは麗華のリクエストなのだろう。
リリがフレンチトーストを一口頬張り、動きが止まる。
それを見て、何故か麗華が胸を張る。
「如何です? うちの料理人のフレンチトーストは絶品ですのよ」
その言葉を聞いてリリが動きを再開する。
「うん。おいしい」
無表情でありながらも嬉しそうだ。
「リリさんは普段、何を食べていらっしゃるの?」
「ん? レーション(携行食)?」
「何故疑問形ですの? といか、なんですのレーションって?」
「どこでも食べれる……便利……外れが多い」
「外れって……他には何を?」
「最近はユーリに作ってもらってる。オヤコドン? あれ美味しい」
「リリは和食OKだもんな。でもユーリが料理なんて出来るんだ」
陸が感心したように頷く。
「料理は新入りの仕事。……双子の時は酷かった」
リリは何かを思い出したのか、げんなりとする。
そんなリリの様子を見て陸が思う。
「(何となくだけど、リリの表情が見えるようになった気がする)」
そんな二人の様子を見て、麗華は何故かもやもやする。
何故そんな気持ちになるのか分からなかったが、陸が面白そうに笑っているのが腹立たしい。
だからつい、言いたくもない事を言ってしまう。
「陸、いつまでお喋りしているんです。早く食べないと、学校に遅れますわよ」
「あ、悪い」
陸は素直に謝り、ジュースで口の中の物を飲み込む。
そんな陸を見て、麗華は更にもやもやするのだった。
◆
いつものように早乙女さんに送ってもらい、学園に着く。
三人分の鞄を持って教室に。
リリが教室に入った時だった。
「あ、バートレッドさんっ!!」
一人の男子生徒がスマートフォンを持ってリリに駆け寄る。
瞬間的にリリが戦闘態勢の姿勢になる。
陸にもわかる位の殺気が放たれる。
思わず男子生徒の足が止まる。
「何ですの? 朝から騒がしいですわよ」
麗華がそんな雰囲気を振り払うように男子生徒に声を掛ける。
「九条さん……い、いや。俺はちょっとバートレッドさんに見てもらいたいものがあって」
「見てもらいたいもの?」
「うん……ちょっと待って」
そう言って男子生徒がスマートフォンを操作する。
「これ、此処に映っているのって、バートレッドさんだよね?」
スマートフォンの中にはリリとボロボロの格好の少女が繁華街を駆け抜けているシーンが映っていた。
リリと麗華の視線がその動画にくぎ付けになる。
「これ、バートレッドさんだよね。こんな美少女、他に居ないし」
その声にほかの男子生徒たちまで集まってきてしまう。
「……このアングルには監視カメラは無かった……」
リリが呟く。
「スマートフォンだよ。今は誰でも撮影できるし、ネットにアップも出来るからね」
陸がリリに囁く。
「……」
そんな混乱がピークになりかけた時だった。
「あーあ、だから言ったのに。見つかっちゃったでしょ?」
詩織だった。
「で、このMVって、いつ公開になるんですかぁ?」
「「「MV?」」」
「そうですよ。リリさんが今度デビューするアイドルのMVに出るんですって」
「そ、そうなの?」
「何でもほとんどゲリラ撮影みたいで……臨場感を求めた映像になるらしいですよぉ」
話題の輪がいつの間にか、詩織が中心になっている。
「ほら、ウチの仕事柄、色々と情報がはいってくるんですよぉ」
「なるほど……そう言う事だったんだ」
「確かに凄い迫力だよな」
「こっちの女の子も、演技力すげえな」
皆で動画を覗き込みながらワイワイと話を盛り上げている。
そしてふっと詩織が陸を見る。
視線が交差する。
「(は・や・く)」
無音で口が動く。
陸は小さく頷くと、人の輪からリリと麗華を連れ出す。
「少し拙い事になった……作戦会議だ」
「え、ええ」
「……」
二人の美少女が小さく頷くのだった。




