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第12話 日本の女子学生は一人でトイレに行かない


 休み時間。


 好奇心旺盛なクラスメイト達がリリの元へ殺到しようとした時だった。



「リリさん。わたくしに付き合って頂けませんこと?」



 気勢を制すように麗華の声が響いた。


 クラスメイト達の動きが止まる。



「なに?」



 リリが首を傾げる。



「はうー」


「美しい……首を傾げるだけで、これほどの破壊力とは……」


「ぜひとも、お友達になりたい」



 などと言う声が上がる中、麗華はリリの手を取るとさっさと教室を出てしまう。


 その後ろ姿を見送る陸。



「なんだ……あれ?」



 そこに詩織がすっと現れる。



「あの留学生……佐伯君がらみらしいじゃないですか?」


「えっ……なんのこと?」



「うふふ。胡麻化さなくても大丈夫ですよ。色々と情報ソースを持ってるんですよ?」


「(やっぱりこの人、猫みたいな人だ。狩りが得意な家猫)」



 陸は心の中で思う。



「何か失礼な事を考えていませんか?」


「えっ、そんなことないよ」



 詩織は更に顔を近づけてくる。



「あの子……何者なんですか?」



 その言葉に心臓が跳ねた。


 詩織はスマートフォンを取り出すと、ある動画を再生して陸に見せる。



「これ、あの子ですよね?」



 そこにはボロボロの服を身に纏った褐色の少女の手を引く、リリの姿が映っていた。


 音声は消してあるが、その臨場感が伝わる映像だった。



 陸の表情が固まる。



「いま結構バズってるんですよ、この動画」



 陸の背中には、じわりと嫌な汗が浮かんでいた。



「あたし以外の人間がこれに気付くのも時間の問題だと思いますよー」


「……」


「まあ、麗華が……九条家が保護しているんなら安心でしょうけど……」



 詩織はそう言って笑う。



「詳しくお話を聞かせて欲しいな……佐伯君」



 今回のターゲットは陸の様だった。


 ◆


 廊下に出た麗華とリリ。


 特に用事があった訳では無かったのだが、あのまま教室に居たら好奇心に駆られたクラスメイト達にとり囲まれてしまうのは火を見るより明らかだった。



「……レイカ。用事ってなに?」



 リリが立ち止まって麗華に尋ねる。



「え、ええと……お手洗いを御一緒しようかと」


「……リリはまだ行きたくない」



「に、日本の女子学生は、一人でお手洗いには行きませんのよっ!!」



 麗華が苦し紛れにそんな事を口走る。


 リリは数秒ほど真顔で考え込む。



「まじ?」



 ユーリがよく使うのですぐに覚えた日本語で尋ねる。



「ほ、本当ですわ。ですから、リリさんはわたくしと御一緒するのですわ」


「……わかった」



 二人は再び歩き始める。


 金色のウェーブのかかった髪を持つ麗華と、黒髪をボブカットにしたリリの姿は好対照で、周囲の人目を引くには十分だった。



「(却って目立つことをしてしまった気がしますわ)」



 麗華が内心そんな事を考えているとき。リリは別な事を考えていた。



「(日本には謎ルールが多い。ユーリの奴、嘘ばっかり)」



 リリの脳内ユーリが全力で『そんなルールないよっ!!』と言っていた。


 ◆


「へえ、佐伯君の従妹の同僚さんなんですね……」


「何の仕事かは知らないけどね」



 結局、陸は詩織に口を割らされていた。



「では、佐伯君もリリさんの事は何も知らないと……」


「そうだよ。先日空港で会ったのが最初。だから実はどんな性格とか、何が好きとか全然知らない」


「ふうん……」



 そう言って詩織は陸の目を見つめる。


 よく見ると詩織も整った顔をしていて、十分美少女と言える。



 普段麗華の傍にいるからあまり目立たないだけなのだと気づく。


 そんな詩織の顔が、手を伸ばせば触れられる距離にあったのだ。


 陸の顔が赤くなる。



 そんな陸の反応を無視して詩織が言う。



「嘘はついてないみたいですね」


「そ、そんな事が分かるのかよ?」



「はい。大体の事は、目を見ればわかりますよー」



 そう言って詩織はくすくすと笑う。



「じゃあ、ちゃんと答えてくれたご褒美に……」



 詩織の顔がさらに近づいてくる。


 そして陸の耳元に顔を寄せる。



「何かあったら教えてくださいね……お役に立てるかもしれませんよー」



 詩織はそう小声で言ってから、急に陸から離れる。


 と、教室の後ろの扉が開かれ、麗華とリリが戻ってきた。


 そして真っ赤になった陸と、傍でニコニコ笑う詩織を見て、麗華の眉が上がる。



「何かありましたの?」


「ううん。何にもないよ。麗華ちゃんが心配するようなことは」


「うっ」



 今度は麗華の頬が赤くなる。



「レイカ、顔赤い」


「な、何でもないですわっ!!」



 そう言って麗華は自分の席に戻ってしまう。



「あらあらあら、うふふふ」



 そんな様子をリリは不思議そうに見ていた。


 ◆


 渋谷の駅から少し離れた高級住宅街。


 その一角に、異様な佇まいのビルがあった。


 ビルの外観は濃いグレーで塗られていて、窓という窓に鉄格子が嵌められている。


 よく見るとビルの至る所に監視カメラが取り付けられている。



 そして一番特徴的なのは、ビルの出入り口であるドアが重厚な金属でできていて、さながら要塞のような佇まいをしている。


 そしてビルの横の駐車場には黒いSUVが停められていた。


 そのビルの中……事務所と呼ばれる大きな部屋の中に兵頭の姿があった。



 兵頭は事務所の奥の、一際大きな机でノートPCを開いていた。


 画面の中では複数の動画が再生されている。


 その動画は全てある人物が映っていた。



「やはり、こいつの動きは素人っぽくないな……格闘技でもやっているのか……逃げ方に迷いが無い……一般人なら、まず振り返る」



 そんな事を呟いた時だった。



「兵頭さん。下落合クリーニングサービスの斑目さんがいらっしゃいました」



 部屋住みの若い男が兵頭に話し掛けた。


 兵頭は机の上のモニターに視線を移す。


 そこには監視カメラの映像が複数表示されており、正面の入り口の前に、清掃用の作業服に身を包んだ温厚そうな壮年の男性が映っていた。



「入れてやれ。小部屋に案内しとけ」


「はい」



 若い男が玄関に向かう。


 兵頭はノートPCを閉じると、小部屋に向かうのだった。


 ◆


 小部屋には既に斑目が待っていた。



「いつもお世話になっております。下落合クリーニングサービスの斑目です」



 斑目はニコニコ笑いながら挨拶をする。



「その薄気味悪い笑い顔を止めろ。何の用だ、お前が直接此処に来るなんて」



 そう言われた斑目の顔から表情が抜ける。



「ふん。相変わらずノリの悪い男だな」


「そんなものは必要ない」



 二人とも椅子には座らず、立ったまま話を進める。



「で、何かあったか?」


「いや、まずは料金交渉。いっぺんに4つは大変だ。少しは割増料金を頂かないと」



 兵頭は少し考えてから指を立てて金額を示す。



「……まいど。さすが兵頭さん。話が早い」



 斑目はそう言ってから、軽い調子で兵頭に尋ねる。



「何がそんなに兵頭さんを怒らせたんです?」



 兵頭は答える前に思案する。



「そうだな。お前の所は『探し物サービス』もやってるんだったな」


「まあ、便利屋みたいなもんなんで。なんでもやりますよ。……それが?」


「『チャカ』が持っていかれた。探し出して来たら、これだけ上乗せしてやる」



 兵頭は再び指を立てる。



「……お受けしましょう。で、心当たりはあるんで?」



 兵頭は口を少しだけ歪ませて、幾つかの検索キーワードを伝える。



「これで検索かけてみろ。面白い動画が見られる……それが『心当たり』だ」



 その言葉を聞き、斑目も嗤うのだった。



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