第11話 留学生の自己紹介が物騒すぎる
教室に入るとクラスメイト達からの視線が集まる。
陸が教室へ入っても、誰も話しかけてこない。
それは今さら気にすることでもなかった。
入学初日の、自己紹介失敗からのディベート騒ぎ以来、このクラスで積極的に話しかけてくる人間はほとんど居ない。
唯一の例外は麗華と、その親友の花房詩織だけだった。
詩織はさっそくおもちゃを見つけた猫のように陸に近づいてきた。
「おはよう、佐伯君。今日は麗華と一緒じゃないのね」
「おはよう。花房さん。麗華は職員室に行ってる。転校生……いや、短期留学生の世話を焼いてる」
「あらあらあら、短期留学生ですか……面白そうなお話ですねー。詳しく聞かせて欲しいわぁ」
詩織の目が輝いている。
ついでに周囲のクラスメイトも耳を大きくして二人の会話を聞き逃すまいとしている。
「まあ、色々あったんだよ。それより、俺なんかと話してると、あいつらが何か言いたそうにしてるぜ」
陸が親指で指さす方向には、入学初日に陸に絡んできた男子生徒のグループの姿があった。
「うふふ。あたしはそんなの気にしないし。できれば佐伯君とずっとお話していたいわ」
「止めろよ。そう言うのは良くないぞ? 純情な男子高校生をからかうのは」
「あらあらあら……やっぱり、佐伯君って面白いね」
陸は軽く詩織を睨む。
しかし詩織は全く気にしていない。
廊下から女子生徒たちのざわめきが聞こえてきた。
そこへ麗華が一人で教室に入ってきた。
陸が首を傾げていると、麗華が声を出さずに口だけ動かす。
「(あ・と・か・ら・く・る・わ)」
「……さいですか……って、声に出せよ、その位」
その様子を見て詩織が肩を震わせている。
「(やっぱり、麗華ちゃんと佐伯君の組み合わせは最高に面白いですね)」
そしてホームルーム開始のチャイムが鳴ったのだ。
◆
担任の水島裕子先生が入ってきた。
既に教室の中が騒がしい。
「はい。静かに。今日は突然ですが、新しくクラスメイトが一人増えます」
水島先生が凛とした声で生徒たちに伝える。
「短期留学生として、一か月ほどの期間ではありますが皆さんと勉学や運動にと一緒に過ごしてもらいます」
しかし、先生の言葉より、生徒の視線は既に教室のドアに注がれていた。
「さあ、いらっしゃい」
水島先生が外の生徒に声を掛ける。
教室の扉が開く。
その瞬間……クラス中の視線が一斉に扉へ集中した。
現れたのは、一人の少女。
黒髪のボブカット。
褐色の肌。
そして人形のように整った顔立ち。
男子生徒たちが思わず息を呑む。
「えっ……」
「めちゃくちゃ可愛くないか?」
「モデル?」
小さなざわめきが広がる。
だが少女は周囲の反応など気にも留めていない。
静かに教室へ足を踏み入れる。
身体の動きは自然だった。
それなのに……どこか違う。
視線だけが異様な速度で教室の中を走っていた。
窓。
出入口。
監視カメラ。
消火器。
机の配置。
無意識のうちに危険箇所と退避経路を確認している。
それは長年の習慣だった。
戦場では、それを怠った人間から死んでいく。
一気に情報が頭の中を駆け巡る。
その間に、担任の水島先生はホワイトボードにリリの名前をカタカナで書く。
『リリ・バートレッドさん』
リリが教卓の場所まで移動してきた。
既に障害になりそうな人物の洗い出しまで済んでいる。
騒ぎになったときの対処パターンも3つまでシミュレートした。
リリと水島先生の視線が交差する。
「バートレッドさん。自己紹介をお願いね」
「いんとるでゅーすまいせるふ?」
「何で片言なの……そうよ。自己紹介よ。みな、貴女の事を知りたがっているわ」
「おっけー、マム」
ザッ。
リリは肩幅に足を開き、両腕を後ろに組み、休めの姿勢を取る。
「リリ・バートレッド」
「……」
「以上」
リリは自分の名前を告げると、後は微動だにしない。
「えーと、自己紹介なので、もう少し貴女の事を聞かせて欲しいわね」
「……」
教室内が少しざわつく。
「じゃ、じゃあ、先生から質問。バートレッドさんの趣味は何かしら」
「かくれんぼ(隠密行動の隠語)」
「では、好きな事と苦手な事は?」
「好きな事は特にない。苦手なのは地雷撤去」
「えっ?」
クラスの誰かが小声で呟く。
「今、地雷って言ったよな……」
リリが言葉を続ける。
「失敗すると手足が吹き飛ぶ……だから嫌い」
軽くクラスの中がざわつく。
「そ、そこまでですわっ!!」
麗華が立ち上がる。
「リリさんは、まだ日本に慣れていらっしゃらないんですわ!!そんなに質問攻めにしてはいけませんわっ!!」
「そ、そうですね……九条さんの言う通りです……ね」
水島先生も大きく頷いている。
「では、バートレッドさん。後ろの開いている机を使用してください」
「ん」
リリは短く頷く。
教室の後方へ向かう。
その途中、何人もの生徒が彼女を目で追っていた。
男子はもちろん、女子まで気になって仕方がない。
だがリリは全く気にしていない。
むしろ……。
「(窓まで四歩……廊下側まで三歩……机は遮蔽物としては弱い)」
そんな事を考えていた。
無事に席へ到着する。
椅子を引き、座る。
そこでようやく周囲の視線に気付いた。
「……?」
なぜ見られているのか分からない。
首を小さく傾げる。
その仕草に数名の男子生徒が沈黙した。
「(可愛い)」
クラスの意見が、その瞬間だけ一致した。
そして麗華が陸を睨む。
「(えっ、俺関係ないじゃん)」
陸はなぜ睨まれているのか分からなかった。
更に詩織。
まさに猫が獲物を狙うような眼で陸たちを見ていた。
■動画の中の少女
ホームルームが終わり、そのまま一時限目の授業が始まる。
リリは教室内の生徒達を観察する。
真面目に授業を聞いている者、隠れてスマートフォンを弄っている者、眠っている者……
「(ブリーフィングと同じ……不真面目な奴からいなくなる)」
リリは感情のこもっていない目でホワイトボードを見る。
英単語やひらがなぐらいだったら何とか理解できるが、漢字が混ざったりすると理解が追いつかない。
「(……後でレイカかリクにきく)」
リリは貰った教科書とホワイトボードを見比べる。
そんな様子を麗華はじっと観察する。
「(真面目に授業を受けているようですわね)」
麗華は一安心する。
「(半ば無理やり留学生に仕立て上げられたのに……)」
麗華は少し申し訳ない気持になる。
しかし、母親の言う事も一理ある。
リリを野放しには出来ない。
それには確かに同意できる。
そして麗華は反対側を見る。
そこでは陸が前方を向いて授業を聞いている姿がある。
「(この男……人の気も知らないで……授業に集中してますわ)」
麗華は何故だか分からない気持ちになる。
そんな様子を詩織が手ぐすねを引いて見つめていた。
「(いろいろと面白そうですね)」
三者三様、いや四者四様だった。
◆
新宿南口から少し離れた雑居ビル。
リリが少女を助け出した、その現場となった部屋があるビル。
そこに今、複数の男達が部屋の中に居た。
そのうちの4人は、リリに叩きのめされた男達で、身体の至る所に包帯を巻いている。
そしてダークな色調のスーツ姿の男達が3人。
その中のリーダー格の男が口を開く。
「汚いな。少しは掃除くらいしろ。臭くてかなわん」
「すいません」
包帯を巻いた男が頭を下げる。
「しかし、女一人にのされてしまうとはな……よっぽど相手が強かったか?」
「……はい。良く分からないうちに、やられてました」
「そうか……」
スーツ姿の男は部屋の中を観察する。
至る所に乱闘の痕跡が残っている……血痕だったり、割れたビール瓶の破片だったり……。
「お前たちの『しのぎ』の足しにでもなればと紹介した仕事だったんだが……残念だよ」
「申し訳ありません」
「まあ、いい。『素材』はまだあるしな」
そう言ってスーツ姿の男は、表情を緩める。
「……すいません」
男は怯えた様に再び頭を深く下げる。
その男の肩を叩きながら、耳元に囁く。
「お前たちも早く体を直して、汚名返上しろ」
「……あ、ありがとうございます」
思ってもいなかった言葉に男の声が、つい涙ぐむ。
「次は頼んだぞ」
「はい。……はい」
奥に居た連中も一緒になって頭を下げる。
スーツ姿の男は片手を上げて、部屋の外へ出ていく。
二人のスーツ姿の男達がそれに続く。
部屋を出て、扉が閉まる。
リーダー格の男の足が止まる。
そして背後の二人に振り返る。
「あいつら……沈めておけ」
二人の男は無言で頷く。
二人は命令に驚いた様子もなかった。
まるで「ゴミを片付けろ」と言われた程度の反応だった。
それだけ言うと、リーダー格の男は階段を下りていく。
残された二人はそれを見送ると、再び部屋に戻るのだった。
◆
リーダー格の男が路地から出てくると、目の前に黒いSUVが停車する。
男は後部ドアを開け、そのまま中に入る。
ドアを閉めるとSUVは静かに発進した。
車内には二人の男が、運転席と助手席に乗っていた。
「お疲れ様です。兵頭さん」
助手席の男が振り返り挨拶をする。
「掃除屋を呼んでおけ。荷物は4つ。いつものでいい」
「はい」
助手席の男はすぐにスマートフォンを取り出し、文字を打ち込み始める。
「何か分かった事は?」
「はい。SNSに動画が上がってます」
「動画?」
「はい……少々お待ちを」
助手席の男は、入力を終えると、登録してあった動画サイトのリンクを叩く。
スマートフォンの画面に動画が表示される。
「これです」
そう言って助手席の男がスマートフォンを兵頭に渡す。
兵頭はそれを受け取り、画面を見る。
そこには『素材』と、その素材の手を引いて大通りに向かって走るリリの姿が映っていた。
「目立つ女だったようで、複数の動画がアップされてました」
兵頭は動画をリピートモードにして、何度もリリの姿を見る。
「この女の素性は?」
「それが全く……タクシーに乗って逃げたのは分かっているんですが……タクシー会社が口が固くて、それ以上の情報が取れません」
「珍しいな……いつもなら余計なことまでペラペラと喋るくせに……どこからか圧力でもあったか?」
「……それに関しては何とも」
「調査を継続しろ。些細な事でも報告するんだ」
「はい。承知しました」
その答えを聞くと、兵頭はリアシートの背もたれに深く体を預ける。
兵頭は目を瞑って考えるが、あの4人を叩きのめしたという事実と、画面の中の少女の印象がどうしても一致しなかった。




