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第10話 戦場帰り、学園へ


 食堂では陸が料理を前にして待っていた。


 長いテーブルの上には朝食が並べられている。



 焼き魚。


 出汁の香る味噌汁。


 炊き立ての白米。


 小鉢に入った漬物。


 ホテルの朝食とは違う、どこか落ち着く和食だった。



「(しかし、俺まで九条邸に厄介になっていていいのかな……)」



 昨日から何度目か分からない疑問だった。


 使用人に案内され……高級な客室を使わせてもらい……朝食まで用意されている。


 完全に場違いである。



「(あー、冷蔵庫の中の食材……消費期限近かった気がする……)」



 自宅の冷蔵庫が気になって仕方ない。


 そんな庶民的な心配をしていると、食堂の扉が開いた。



「失礼しますわ」



 麗華の声。


 その後ろからリリが姿を現す。



「うわっ!!」



 陸は思わず立ち上がった。


 自分でも何故声が出たのか分からない。



 ただ、目の前の光景に驚いた。


 鳳城学園の制服。


 黒髪。


 褐色の肌。


 整った顔立ち。



 空港でも綺麗だとは思った。


 だが制服を着ると印象がまるで違う。


 映画の登場人物がそのまま出てきたようだった。



「(空港の時も思ったけど……リリって物凄い美少女なんだ……)」



 しばらく見とれてしまう。


 その様子を見た麗華が、なぜか少しだけ不機嫌になる。



「陸」


「ん?」



「行儀が悪いですわよ」


「あ、悪い」



 慌てて椅子へ座り直す。


 何が悪かったのか分からないが怒られた。


 麗華自身も何故イライラしたのかよく分かっていなかった。


 リリは二人の様子を見比べた後、陸の向かいへ腰を下ろす。



「おはよう、リリ」


「ん」



 小さく頭を下げる。


 それだけだった。


 だが昨日までより少し自然だった。


 ◆


 食事が始まる。


 リリは静かだった。


 箸を持つ。


 茶碗を持つ。


 汁物を飲む。


 どれも無駄が無い。



 陸は思わず見てしまう。


 所作が綺麗だった。


 不自然なくらい綺麗だった。



「(もっとこう……適当に食べる人かと思ってた)」



 昨日までの印象が強すぎる。


 誘拐犯を制圧する少女と食事作法が結び付かない。



 その視線にリリが気付いた。



「なに?」


「いや」



 陸は少し慌てる。



「食事の仕方が綺麗だなって思って」



 リリは少し考える。


 それから答えた。



「アレクシアとステラが煩い」


「え?」



「残すと怒る」


「……」



「肘をつくと怒る」


「……」



「音を立てると怒る」


「厳しいな」



「すごく」



 リリは真顔で頷いた。


 その様子に陸は思わず笑う。



「(また知らない人の名前が出た……)」



 アレクシア。


 ステラ。


 誰なのか分からない。


 が、何となく想像はできた。



 リリを育てた人物。


 あるいは面倒を見てきた人物。



 きっと怖い人達なのだろう。



「なるほどな」


「?」



「だから綺麗なんだ」



 リリは少しだけ首を傾げた。


 褒められているのか、違うのか、よく分からない。


 結局そのまま味噌汁を飲む。



 一方で陸は思った。



「(普通に女子高生みたいだな……)」



 昨日までの印象が少しずつ変わっていく。


 危険人物。


 そんなイメージの奥に。


 年相応の少女が見え始めていた。



 リリはそんな陸を一瞬だけ見た。


 何か考えている顔だった。


 しかし理由は分からない。


 分からないので気にしない。


 目の前の焼き魚へ意識を戻す。



 今日の任務は学園。


 まずは朝食を完食する事が先だった。


 ◆


 朝食を終え、リリ達は玄関へ移動する。


 綾香が見送りに来ていて、リリに話し掛ける。



「リリさん。学園のほうにはもう手配してありますさかい、安心して学生生活を楽しんできとくれやす」


「ん」



 リリは何度目か分からないくらいスカートの裾を引っ張った。



「リリさん」


「ん」



「伸びませんわよ」


「短い」



「だから伸びません」


「布が足りない」



「麗華、陸さん。リリさんのこと、しっかり頼みますえ」


「はい、お母さま」


「……出来るだけの事はします……」



 何処までも馬鹿正直な陸だった。



「そうそう、あの保護した女の子のことも、心配せんでええよ。パスポートのことも含めて、大使館にはもう連絡してありますえ。あとは、うちらに任せとくれやす」



 その言葉にリリが反応する。



「強制送還?」


「いいえ。そないなことにはなりまへんさかい」



「ん」



 リリは少しだけ安心したように頷いた。



「さあ、行きますわよ。陸、ドアを」


「うっ、はい、はい」



「返事は一回ですわ」


「はい」



 陸が黒塗りの車の後部ドアを開ける。


 リリが最初に乗り込み、次に麗華。最後に陸が乗る。



 そして車は静かに学園へと向かうのだった。


 その車を見送りながら、綾香が嬉しそうに笑った。



「うふふ。さて……何が起こるか、楽しみどすなぁ」


 ◆


 車内。


 今日は陸が窓側なので、少しだけ気が楽だった。


 相変わらずリリは窓の外をじっと見つめているし、麗華は腕を組んで目を瞑っている。


 会話は無い。



 陸は内心で大きくため息を吐く。



「(なんでこうなった……本当なら、リリを空港で回収して、そのまま自宅へ。そして後は部屋の鍵を渡して自由にしてもらう筈だったのに……)」



「(ちょっと目を離している半日の間に、ボロボロの少女を連れてくるわ、警察と揉めるわ、挙句の果てに学園に短期留学ってなんだよっ)」



 陸は冷蔵庫の消費期限の事はすっかり忘れていた。


 ……それは幸せなのかもしれない。



 車は驚くほど順調に学園に着いた……いや、着いてしまった。


 早乙女さんがブレーキを掛けたのが分からないほど、静かに車が停車する。



 陸がドアを開け、最初に車外に出る。



「「「ええっ……何でアイツが」」」



 一斉に好奇の視線が飛んでくる。



「(くそっ……しかし、これは想定通り)」



 陸は助手席のドアを開け、3つの鞄を取り出す。


 その間に麗華が車外に出る。



「ええっ、アイツ、麗華お嬢様と一緒に登校だとっ!?」


「なんで、あんなボッチ野郎が……」


「鞄持ちの癖に……」



 周囲がざわめく。


 麗華はそんな雑音には耳も貸さず、車内のもう一人の人物が出てくるのを待つ。



 そして車外に長い足が現れる。


 好奇心に駆られた生徒達がじっと見つめる中、その少女が姿を現す。



「誰だあれ!?」


「転校生!?」


「モデルじゃないの!?」


「九条様の知り合い!?」



 悲鳴のような歓声が上がる。


 リリはその声に反応し、とっさに腰に手を回すが、そこには何もなく、あるのはヒラヒラしたスカートの感触だけだった。



「(はうっ、武装解除してた)」



 そんなリリに麗華が声を掛ける。



「最初に職員室へ参りましょう。案内いたしますわ」


「ん」



「陸、鞄を教室に届けておきなさい」


「はい、お嬢様」



 陸は流れるような仕草で、3つの鞄を抱えながら頭を下げる。


 既に習慣となってしまったようだ。



 そしていつの間にか早乙女さんの車がいなくなり、校門には鞄を抱えた陸だけが取り残されていた。



「……教室に行くか……」



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