↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
まぁ、ここ人間界じゃないんだし。  作者: ろりヴァン先生


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
2/6

第2話 飼われる

 目が覚めたとき、灯りはついていた。


 男は身体を起こした。長椅子に座ったまま眠っていたので、首が痛かった。首を回すと音がした。


 しばらく座っていた。起きたところで、することがなかった。


 立ち上がって部屋の中を歩いてみた。


 壁は触ると硬く、少し冷たかった。腰より下だけ色が違っているのは、板が貼ってあるからだった。継ぎ目に指を入れてみたが、動かなかった。


 壁のひとつに四角い出っ張りがあった。


 白くて真ん中に細長い突起がついている。何なのかは、見た瞬間に分かった。


 押すと音がした。かちり、とはっきりした音だった。


 何も起きない。


 男はもう一度押した。同じ音がした。それだけだった。上にある大きな灯りは、ついたままだった。


 隣の壁に扉がふたつ並んでいた。


 右の扉を開けると中は狭かった。白い椅子のようなものがあって、座る部分に穴が開いている。


 男はそれが何なのかを知っていた。


 知っていることが、少しおかしかった。自分の名前は出てこないのに、こういうものの名前と使い方だけは、見た瞬間に出てくる。順番が逆な気がしたが、考えても仕方ないと思った。


 用を足した。


 隣の扉も開けてみた。


 こちらは板張りではなかった。床も壁も硬いもので覆われていて、四角い窪みが床に沈んでいる。壁から金属の管が出ていて、先が丸く広がっている。


 壁にある突起をひねった。上から水が落ちて、手を伸ばすと温かかった。


 やることがなくなり、長椅子に戻った。


 上を見ると壁は途中で終わっている。もっと高いところに天井があって、灯りがひとつ見える。


 なんとなく眺めていると灯りが暗くなった。


 あの赤黒い目玉がこちらを見ている。

 

 上から、何かが下りてきた。


 板だった。四角くて、平らで、その端を、指が二本つまんでいる。それが、ゆっくりゆっくりと下りてくる。まっすぐに。


 男は机の上に置かれた板を見た。上に皿が乗っている。


 白い皿だった。その上に何かが盛ってあった。たぶん、焼いたものと、煮たものと、緑のものがそれぞれ場所を分けて置かれている。湯気が出ていた。


 その横に椀があった。中に汁が入っている。皿の手前に箸が揃えて置かれていた。


 男はしばらく動かなかった。


 それから、長椅子を下りて、机の前に座った。箸を取った。持ち方は、考えなくても指が知っていた。


 温かかった。何なのかは分からない。分からないが味はついていた。塩の味と、それから何か甘いものの味がした。緑のものは苦かったが、食べられないほどではなかった。


 汁を飲んだ。


 全部食べ終えるまで、男は一度も箸を止めなかった。食べ終わって箸を置いてから、初めて上を見た。


 目玉がこちらを見ていた。


 ずっとそこにあったのだと分かった。食べているあいだ、ずっと。


 男は皿を見た。それから、また上を見た。


 しばらくして音が鳴った。短く、二回。


 指が下りてきて、板を持ち上げていった。皿も一緒に上がっていった。


 目玉の影がなくなると部屋は明るくなった。


 男は長椅子に戻った。腹はいっぱいだった。


 それから、しばらく同じことが続いた。


 食事のあとしばらくすると、壁の向こうの灯りが消えた。暗いあいだは眠った。それが何回続いたのかは、数えていないので分からない。


 食事は日に三回だった。中身は毎回違った。硬いものが続いたあとには柔らかいものが来たし、味の濃いものが続いたあとには薄いものが来た。汁の温度はいつも同じだった。


 男はそれを全部食べた。


 部屋の温度も、いつも同じだった。暑いと思ったことも、寒いと思ったこともなかった。眠るときには灯りが暗くなり、目が覚めるころには明るくなっていた。


 寝具が上から下りてきた。長椅子の横に置かれた。男はそれを使わなかった。理由は特になかった。長椅子で眠れているのに、わざわざ移動する必要を感じなかっただけだ。


 寝具はそのまま、床に置かれていた。片付けられなかった。


    


 あるとき、指が下りてきて男を持ち上げた。


 男は何もしなかった。


 運ばれた先に平らな台があった。乗せられた。台の表面は冷たく、つるつるしていた。


 指が離れると、男はそこに立っていた。


 目の前に目玉があった。


 近かった。これまでで一番近かった。赤黒い表面に、男の姿が小さく映っていた。中心のもっと濃い部分が、少しだけ動いた。


 男を見ている。


 その下に口がある。人間の口だ。


 指が伸びてきた。爪が鋭い。それが男の腕に触れた。押した。離した。もう一方の腕も同じようにした。


 肩に触れた。首に触れた。背中に手を当てて、しばらくそのままにした。


 男は動かなかった。


 痛くはなかった。指の力はいつも同じで、必要な分だけ押して、必要な分だけ離れた。


 何をされているのかは分からなかった。分からないが、悪いことをされている感じはしなかった。悪いことをされている感じがしないから何もしない、というのが正しい判断なのかどうかも、男には分からなかった。


 分からないので、立っていた。


 やがて、音が鳴った。三回。


 それから、指が上がった。


 男の頭のほうへ、来た。


 男は、避けた。


 自分でも驚いた。


 考えて避けたのではなかった。指が近づいてきて、気がついたら首を横に倒していた。


 指が止まった。


 男の頭から、少し離れたところで、止まっていた。爪の先が灯りを反射している。


 なぜ避けたのか、男には分からなかった。


 嫌だったのかもしれない。だが、腕を触られたときは嫌ではなかった。背中も嫌ではなかった。頭だけが嫌な理由は思いつかなかった。


 思いつかないまま、しばらく見ていた。


 指は、そのまま引いた。持ち上げられて、部屋に戻された。床に足がつくと、上から音が鳴った。長く、一回。


 男は長椅子に座った。


 さっきのことを少し考えた。


 考えたが答えは出なかった。答えが出ないものは仕方がないので、考えるのを諦めた。


 その日の、次の食事が下りてきた。


 いつもより、少しだけ量が多かった。


 男は全部食べた。


---


第17日。


個体A。


全身の触診を実施。骨格に異常なし。筋量の減少はおおむね回復。栄養状態は良好と判断する。


頭部への接触について。個体は明確な回避行動を示した。


四肢および体幹への接触時には反応なし。頭部のみ。


疼痛、外傷、いずれも該当箇所に認められず。


過去の経験によるものか、種としての反射か、判別できない。個体に確認する手段がない。


以後、頭部には触れない。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。