第九話 元最強パーティー、堕ちる
帝国の上位パーティーとして栄華を極めていたディラン、ミリア、ボルドの三人、そして彼らを直轄していた元運営長のガイウスは、今や見る影もないほどに落ちぶれていた。
アルスという絶対的な『常時支援結界』の使い手を失ってからの彼らは、まさにブレーキの壊れた馬車のように、奈落の底へと転がり落ちる転落人生を突き進んでいた。
かつては傷一つ負わずに鼻歌交じりでクリアできていた初級ダンジョンでさえ、今の彼らにとっては、一歩間違えれば全滅しかねない命がけの死闘場と化していたのだ。
「はぁ……はぁ……クソ、なんで、なんで俺たちが……こんな下級の、ドブネズミ退治なんか……ッ!」
帝国の最果てにある、悪臭が立ち込める薄暗い地下水道。
ディランは膝まで泥水につかりながら、手にした大剣を杖代わりにし、激しく肩を上下させていた。
かつて最上級の特注魔鉄鎧に身を包み、街を歩けば羨望の眼差しを向けられていた彼の装備は、度重なる依頼失敗の違約金と、高額な治療費の未払いによってギルドに没収されていた。今や、そこらの小遣い稼ぎの新米冒険者が使うような、あちこちがひび割れた粗悪な革鎧に変わっている。
「もう嫌……魔力が、全然足りないわよ……! あんなに弱かったジャイアントラット相手に、どうして私の最高位魔法が効かないのよ……!」
魔術師のミリアは、泥と涙でドロドロになった顔を覆いながら、ひび割れた杖を握りしめていた。
彼女の自慢だった、絹のように美しいと言われていた金髪は見る影もなくパサつき、過酷な現実への恐怖からか、その身体は常に小刻みに震えている。
普段なら、どれだけ大技の魔法を連発しても、後ろからアルスが潤沢な魔力供給のバフを回してくれていたため、魔力枯渇など経験したこともなかった。しかし今は、中級魔法を2、3発撃っただけで頭を金槌で殴られたような激しい頭痛に襲われ、まともに立つことすらできない。
「ディラン……もう限界だ。盾を持つ腕の筋肉が、完全に断裂しかけてる。これ以上、魔獣の攻撃を生身で受け続けたら、俺は二度と武器を持てなくなるぞ……」
大柄な盾職人だったボルドも、今や完全に生気を失い、ただの疲れ果てた男に成り下がっていた。
彼らは、自分たちが『天才』ではなかったという冷酷な現実を、毎日これでもかというほど肉体に刻みつけられていた。
すべては、彼らが「後ろでぶつぶつ言っているだけの無能」と蔑み、ゴミのように扱っていたアルスの魔法のおかげだったのだ。
どれだけ罵り、冷遇しても、アルスは黙って彼らの安全を完璧に保障し続けてくれていた。その絶対的な庇護を失った彼らは、ただの実力不相応な凡人――いや、肉体を甘やかし続けていた分、そこらのCランク冒険者よりも脆い存在でしかなかった。
そんな三人が、今日の飯代にも満たないわずかな報酬を手に、命からがら町へと戻ると、待っていたのはさらに悲惨な状態の男だった。
「お、お前たち……! 戻ったか……! アルスは、アルスの行方はどうなった!?」
酒場の片隅の、ネズミが走り回るような木賃宿の一室。
カビ臭いベッドの端に丸まっていたのは、高級な仕立ての服を引きちぎられ、髭面で顔を腫らした元運営長のガイウスだった。
彼はアルスを追放した大罪によって、ギルド全体の信頼を失墜させた元凶として運営長の座を即座に更怠されていた。それだけでなく、国宝級の結界術士を損失させたことによる巨額の賠償金を請求され、全財産を没収されていたのだ。今や、日雇いの労働をしながら借金取りから逃げ回るだけの、哀れな浮浪者同然の身の上である。
「ガイウス……あんた、その顔はどうしたのよ。また借金取りに殴られたの?」
ミリアが露骨な嫌悪感を顔に出しながら声をかけると、ガイウスは血走った目でディランたちの胸ぐらを掴んだ。
「うるさい! 顔などどうでもいい! おい、アルスの居場所だァ! あいつさえ、あいつさえ連れ戻せば、私はまた運営長に戻れるんだよォ! ギルドの上層部だって、あいつを連れて帰ればすべてを不問に処すと言っている! お前たちだって、またエリートパーティーに返り咲いて贅沢三昧ができるんだぞ!」
「分かってるよ! 俺たちだって死に物狂いで探したんだ!」
ディランは苛立ちを爆発させ、ガイウスの手を荒々しく振り払った。
「……見つかった。帝国の闇情報屋に、なけなしの武器を質に入れてようやく聞き出した。あいつは……国境のさらに向こう、エルフィア聖王国の王都にいる」
「聖王国だと!?」
「ああ。しかも、何かの間違いか、あの国の『聖女』に気に入られて、専属護衛だか何だかになってるらしい。おまけに、こないだ王都を襲ったスタンピードをたった一人で止めて、王国の英雄扱いされて祭り上げられてるって話だ」
その言葉を聞いた瞬間、狭い室内の空気は、激しい嫉妬と歪んだ希望によって一一気に加熱した。
「聖女の専属護衛……? 英雄……? 冗談じゃないわよ!」
ミリアがヒステリックに叫び、ベッドの枕を壁に投げつけた。
「あいつは私たちの道具だったのよ! 私たちが戦ってあげていたから、後ろで安全にしていられたんじゃない! 聖女だか何だか知らないけど、あんな無能を英雄だなんて、その聖女も見る目がなさすぎるわ!」
「そうだ……あいつは元々、我が帝国の、いや私のギルドが育てた資産だ。聖王国などという軟弱な国に奪われていいはずがない」
ガイウスは狂ったように笑いながら、ボロボロのバックパックに荷物を詰め込み始めた。
「あいつは根が優しい、いや、ただの言いなりになる腑抜けだ。これまでだって、どんな無理難題を言っても『はい』としか言わなかっただろう? 俺たちが直々に聖王国まで行ってやって、『戻ってきてほしいんだろ? 戻ってきてやってもいいぞ』と上から言ってやれば、泣いて喜び、ありがたがって帝国に戻ってくるに決まっている」
「ああ……間違いないな。あいつ、自分の実力に本気で気づいてない馬鹿だからな。聖女の横で調子に乗っていられるのも今のうちだ」
ディランは大剣の柄を握りしめ、邪悪な笑みを浮かべた。
「今すぐ聖王国へ行くぞ。そして、また俺たちの後ろで四六時中、死ぬ気で結界を張らせてやるんだ。あの極上のバフさえ戻れば、俺たちはまた最強になれる」
自分たちがすでに、後戻りの計画すら立たない奈落の底へと両足を踏み入れていることも知らず。
彼らは都合の良い妄想と現実逃避を胸に、アルスが待つ聖王国の王都へと、破滅への旅路を急ぐのだった。




