第八話 最強魔術師、英雄になる
地平線を埋め尽くしていた数万の魔獣が、俺の張った『広域遮断結界』の反射ダメージによって完全に消滅した。
最後の魔獣が光の塵となって消え去ると同時に、俺は掲げていた右手を下ろし、魔法を解除する。
途端に、王都の周囲には元の穏やかな平原が広がった。
つい先ほどまで世界を滅ぼさんばかりの災厄が迫っていたとは到底信じられないほど、静かで、平和な景色だった。
「……終わった、のか?」
城壁の上で、一人の兵士がポツリと呟いた。
それを合図にしたかのように、周囲から地鳴りのような歓声が沸き起こる。
「おおぉぉぉっ! 助かった! 助かったんだ!」
「聖女様の護衛騎士万歳! 王国の英雄万歳!」
抱き合って涙を流す兵士たちや、俺に向かって何度も頭を下げる騎士たち。
だが、俺自身はやっぱり「攻撃魔法で一掃するより時間がかかってしまったな……」と、自分の地味な結界術に少し落ち込んでいた。
そんな俺の肩を、背後から近づいてきたエルナ様がそっと抱きしめた。
「アルスさん……本当に、本当にありがとうございました。貴方は、この国に住むすべての人の命を救ったのです」
「わわっ! エルナ様! み、みんな見てますよ!」
「そんなの関係ありません……本当にありがとうございます……!」
「いえ、俺はただ、自分の仕事をこなしただけですから……」
耳元で囁かれるエルナ様の熱い吐息と、背中に触れる彼女の体温に、俺の心臓は魔獣との戦闘時よりも激しく脈打ち始めていた。
なにはともあれ厄災を退けることができて良かった。
犠牲を最小限に万を超える人々の命を守れたことが何よりも安心だ。
※※※
その日の夜、王宮の大広間にて、急遽として勝利の祝賀会が催された。
豪華なシャンデリアが輝く会場で、俺は国王陛下から直々に最高位の勲章を授与されることになった。
「アルス殿。君の成した業績は、我が国の歴史に永遠に刻まれるだろう。どうだろうか、もし良ければ我が国の『国家最高魔術師』の地位を受け入れてはもらえないだろうか?」
国王陛下の直々の打診に、会場が大きくどよめいた。
国家最高魔術師といえば、数々の伝説を残した老魔術師たちが就く、まさに栄誉の極みと言えるポストだ。
それを、帝国から来たばかりの俺が提案されているのだから、周囲の貴族たちが目を見開くのも無理はなかった。
もしもその栄誉を受け取れば俺は史上最高の魔法使いとして認定され、厚遇される。
そうなれば俺を追い出したガイウスを始めとするパーティーメンバーは度肝を抜くだろう。
「勿体なきお言葉ですが、陛下。俺はエルナ様の専属護衛としての契約を全うしたいと考えております。ですので、そのお話は……」
俺が恐縮しながら辞退の言葉を口にすると、国王陛下は驚いたように目を見張り、それから隣にいたエルナ様を見て豪快に笑った。
「ハッハッハ! なるほど、聖女の魅力には勝てんということか。よろしい、君の忠誠心に免じて、その役職は保留としておこう。だが、我が国が君を最高の英雄として遇することに変わりはないぞ!」
「み、魅力……」
賑やかな祝賀会が夜更けに一段落し、緊張感から解放された俺は静かになった王宮の中庭で、夜風に当たっていた。
満月の光が、庭園に咲き誇る白百合の花を美しく照らしている。
「ここにいらしたのですね」
パタパタと軽い足音を響かせて、エルナ様がやってきた。
ドレス姿の彼女は、昼間の聖厳な雰囲気とは異なり、どこか年相応の少女らしい可憐さを醸し出している。
「エルナ様。主役のあなたがこんな所にいて大丈夫なんですか?」
「私の主役は、もうここにいますから構いません」
エルナ様はそう言って、俺のすぐ隣に並んで腰掛けた。
そして、躊躇うことなく俺の手を両手で包み込むようにして握りしめる。
「アルスさん。今日、貴方が陛下のお誘いを断ってくれた時、私、本当に嬉しかったのです。……もしかしたら、どこか遠くへ行ってしまうのではないかと、少し不安でしたから」
「そんなわけないじゃないですか。俺を『無能』と呼ばず、最初に認めてくれたのはエルナ様です。俺は、ずっとあなたのそばにいますよ」
俺が本音を口にすると、エルナ様のサファイアブルーの瞳にじわりと涙が浮かんだ。
彼女は顔を真っ赤にしながら、俺の肩へと頭を預けてくる。
「……これからも、ずっと私の隣にいてくださいね? これは、国を救ってくれた英雄様への、私からの特別な……ご褒美です」
トクトクと、エルナ様の鼓動が肩を通じて伝わってくる。
帝国を追放されたあの日、絶望の中で大森林を歩いていた俺は、今、間違いなく世界で一番幸せな場所にいた。




