第五話 最強魔術師、住居を手に入れる
アースベアの変異種を「風よけの結界」で一撃で片付けた翌日。
俺の実力を目の当たりにしたエルナ様は、王宮へ戻るや否や、拒否する間もなくものすごいスピードで手続きを済ませてしまった。
その結果、俺に与えられたのは――王都の一等地にある、エルナ様の邸宅の「隣の部屋」だった。
「ここが今日からアルスさんのお部屋です。何か足りないものがあれば、何でも言ってくださいね?」
「いや……広すぎますし、豪華すぎます! 護衛の部屋って、普通はもっと兵舎の隅っことかじゃないんですか?」
案内された部屋は、フカフカの絨毯に高級な木製の家具、さらには専用のバルコニーまでついた大部屋だった。
帝国のギルド時代、冷たい物置小屋で雑魚寝させられていた俺からすれば、王様の寝室かと思うレベルだ。
加えてまさかのエルナ様の隣室。
ますます騎士団の人から変な目を向けられてしまう。
「だめですよ、私の大切な専属護衛なんですから。それに、隣の部屋なら、私に何かあったときすぐに駆けつけてもらえるでしょう?」
心を見透かしたかのように理由を説明される。
エルナ様はいたずらっぽく微笑みながら、ぐっと顔を近づけてくる。
ふわりと、彼女の髪から甘い花の香りがして、俺は思わず一歩後ろに下がってしまった。距離感が、近すぎる。
だがエルナ様は良くも悪くも俺のことを信頼してくれている。
専属護衛となった以上はその期待通り、いやそれ以上の成果を出さなければいけないだろう。
俺は大きく息を吐くと緩んでいた気持ちを強く締め直した。
※※※
その頃、王都の騎士たちの間や、一部の冒険者の間では、ひとつの噂が爆発的に広がっていた。
『聖女様が、帝国から来た謎の少年を専属護衛にした。しかも、アースベアの変異種を指先一つで消し飛ばしたらしい』
ギルドの酒場や騎士団の詰所では、その話題でもちきりだった。
「おいおい、冗談だろ? あのアースベアを片手でか?」
「いや、目撃した騎士たちが顔を真っ青にして言ってたんだ。魔法の衝撃だけで地響きが起きたってよ……」
「帝国はいったいどんな化け物を育ててやがるんだ……」
帝国は昔から実力至上主義を掲げる野蛮な国と揶揄されてきた。
それは今も昔も変わらないため、才能溢れる人間が帝国には多い――というのが共通認識だ。
だがしかし、その才能溢れる人間以上に才能を持つ人間の現れに人々は息を飲んだ。
噂は尾ひれを付けて回るもの。どんどん誇張されていき俺のことは広まっていった。
そんな周囲の「ネットの反応」ならぬ「街の噂」による大騒ぎを、当の俺は露ほども知らなかった。
※※※
翌朝、コンコン、と部屋の扉が優しく叩かれた。
「はーい、どうぞ」
俺が寝癖を直しながら扉を開けると、そこにはエプロン姿のエルナ様が立っていた。
しかも、両手には湯気が立つ美味しそうな朝食のトレイを持っている。
「おはようございます、アルスさん。お口に合うか分かりませんが、朝食を作ってみました」
「えええっ?! 聖女様が、なんで俺の朝食を、しかも手作り、ですか」
「もう、お屋敷の中では『エルナ』でいいと言ったはずですよ? ほら、冷めないうちに食べましょう。はい、あーん……あ、いえ、それはまだ早いですわね」
一人で納得して顔を赤くしているエルナ様を見て、俺の心臓は朝から過呼吸を起こしそうだった。
帝国での地獄のような日々から一転。
あまりにも甘すぎる新生活に、俺は「実はまだあの森の中で行き倒れていて、これは死ぬ間際に見ている都合のいい夢なんじゃないか」と、本気で疑い始めている。




