第四話 最強魔術師、地味な魔法を使う
王都へ向かう馬車に揺られること数日。
俺たちは無事にエルフィア聖王国の壮麗な城門をくぐり、王都へと到着した。
まずはエルナ様の専属護衛としての手続きを行うため、王都の冒険者ギルドへと足を運ぶことになった。
この国のギルドは、外観からして白を基調とした神聖な造りをしており、帝国の薄暗く血生臭いギルドとは大違いだった。
「アルスさん、こちらへ。まずは貴方の実力を測るために、簡単な登録用の依頼を受けましょう」
エルナ様に促され、俺は受付で初心者用のクエストである『薬草採取』の書面を受け取った。
一国の聖女が初心者の依頼に同行するということで、周囲の冒険者や職員たちがざわついていたが、エルナ様はどこ吹く風といった様子で俺に微笑みかけている。
王都から少し離れたのどかな草原。
俺とエルナ様は、二人きりで目的の薬草を探して歩いていた。
護衛の騎士たちは「聖女様の御心のままに」ということで、少し離れた場所で待機している。
「アルスさん、見てください。あそこに群生しているのが、お目当ての『ルナ草』です」
「よし、サクッと集めてしまいましょう」
俺が地面にかがみ込み、丁寧に薬草を摘み取っていく。採集ということもあって特に苦労することなく終わるだろう。
そう思っていたその時だった。
地響きのような不穏な足音が、遠くから急速に近づいてきた。
草むらをなぎ倒し、突如として姿を現したのは、全身を漆黒の毛皮で覆われた巨大な熊――『アースベア』。
それも、通常の個体よりもふた回りほど大きく、目が赤く血走っている。明らかに凶暴化した変異種だ。
「なっ……!? どうしてこんな初心者用の草原に、高ランク魔獣のアースベアが……!」
離れた場所にいる騎士たちが気づいてこちらへ走ってくるのが見えるが、これでは間に合わない。
アースベアは獰猛な咆哮を上げ、エルナ様めがけてその巨大な前足を振り下ろした。
「エルナ様、下がって!」
俺は立ち上がり、エルナ様を背中に隠すようにして前に出た。
そして、ごく当たり前の日常動作のように、右手を前にかざして、いつも通りの「生活魔法の応用」を唱えた。
「『簡易結界』」
俺が展開したのは、帝国にいた頃、野営の時に風や虫を防ぐために使っていた、ごく一般的な初級結界魔法だ。
ただ、少しだけ通りがかった魔獣の勢いが強そうだったので、ほんの少しだけ強度を高めに設定。
直後、アースベアの強烈な一撃が、俺の張った透明な障壁に衝突した。
ズウゥゥゥンッ!!!
激しい衝撃音が響き渡る。
だが、俺の結界はピシリとも音を立てず、傷一つついていない。
それどころか、アースベアの放った攻撃の衝撃エネルギーが、結界の『反射』機能によって、そのままそっくりアースベア自身へと跳ね返った。
バキバキバキッ! と凄まじい骨折音が響く。
アースベアは自分の腕の骨を粉砕され、悲鳴を上げる暇もなく、そのまま衝撃の余波で遥か後方へと吹き飛んでいった。
ゴロゴロと地面を転がり、大木に激突した魔獣は、そのまま完全に目を回して動かなくなった。
「……ふぅ。よし、これで安全ですね」
俺は手を下ろし、バックパックについた砂を払った。
帝国の基準だと、これくらいの魔獣はもっと派手な炎魔法で一瞬で灰にするのが普通だ。加えて火力調整をすれば丸焼きなども行え、食事にもなる。
それに対して俺の魔法はただ相手を弾き飛ばしただけなので、やっぱり地味だな、と心の中でため息をつく。
「アルス……さん……?」
後ろから、震えるような声が聞こえた。
振り返ると、エルナ様が両手を口元に当て、サファイアブルーの瞳を限界まで見開いて硬直していた。
もしや、怪我を負ってしまっただろうか。
俺は慌てて彼女の元へ駆け寄る。
「あの、エルナ様? 大丈夫ですか? 怪我はありませんか?」
「あ、アースベアの、それも変異種の全力の突撃を……片手で、呪文もほとんど唱えずに完全に無効化して、あまつさえ反射で一撃……?」
「え? いや、ただの簡易結界ですよ? ほら、風よけとかに使うやつです。ちょっと勢いよくぶつかってきたので、相手が勝手に自滅しちゃいましたけど……。やっぱり、ちゃんとした攻撃魔法じゃないと、仕留めきれなくて不便ですよね。すみません、地味な魔法しか使えなくて」
俺は本気で申し訳なさそうに頭を下げる。やはり専属護衛は向いていないな。騎士団の誰かに任せた方が良いだろう。もっと良い、適任の人がいるはずだ。
しかし、突然エルナ様は頭を抱え、天を仰いだ。
「……簡易、結界……風よけ。これを地味と言い切るなんて……。アルスさん、貴方の『普通』の基準は、一体どうなっているのですか……?」
遅れて息を切らせて駆けつけてきた騎士たちも、無傷の俺たちと、遥か彼方で伸びている大魔獣を見て、完全に言葉を失い、石のように固まっていた。
どうやら俺は、また何か変なことをしてしまったらしい。
己の異常さに本気で気づいていない俺は、小首を傾げながら、摘み取った薬草をカゴに収めるのだった。




