第三話 最強魔術師、専属護衛になる
ベッドの上でスープを飲み干した俺は、エルナ様の突然の提案に耳を疑っていた。
専属護衛。それは一国の聖女を守る、最高に名誉ある、そして責任の重い役職のはずだ。
「あの……エルナ様。お気持ちはとても嬉しいのですが、俺のような無能を専属にするなんて、聖女様の評判に関わりますよ? 剣も使えませんし、ただの地味な結界術士ですし……」
俺が困惑しながらそう言うと、エルナ様はふふっ、と鈴を転がしたような声で上品に笑った。
「アルスさんはご謙遜が過ぎます。私が貴方を必要としているのです。それに、私の直感はよく当たるのですよ?」
そう言って、エルナ様は俺の手から空になった器を受け取ると、いとも簡単に俺の専属護衛の話を決定事項にしてしまったのだった。
全くもって意味不明だ。
道端で出会った半死人の俺をいきなり最高護衛職に当てるなんて……。
その後、俺は専属護衛となったことを騎士団の人達や彼女の親族に伝えるためあちらこちらへ連れ回されたのは言うまでもない。
※※※
翌日、体力が完全に回復した俺は、エルナ様の馬車に同乗して、聖王国の王都へと向かうことになった。
馬車の中はふかふかのクッションが敷き詰められていて、帝国の荷馬車とは比べものにならないほど快適だった。
何より、目の前には国宝級に美しい聖女様が座っている。緊張のあまり、俺の背筋は自然と伸びていた。
「アルスさん、そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ。お茶でもいかがですか?」
「あ、ありがとうございます。……その、本当に俺なんかで良かったんでしょうか。外にいる騎士団の方々、皆もの凄く強そうですし、俺を見る目がなんだか怖いのですが」
窓の外に目をやると、馬車の周囲を固める聖騎士たちが、無表情のままこちらを鋭く見つめていた。
変なことを言えばすぐさま一刀両断にされそうだ。
彼らにしてみれば、どこの馬の骨とも知れない行き倒れの少年が、いきなり聖女様の専属護衛に抜擢され、あまつさえ同じ馬車に乗っているのだ。
面白くないのも当然だろう。
「ふふ、彼らは少し頭が固いだけです。アルスさんの実力を知れば、すぐに手のひらを返しますよ」
「実力、ですか……? 俺にあるのは、本当に普通の結界魔法だけですよ。帝国ではいつも『もっと派手な攻撃魔法を覚えろ』って怒られていましたし」
俺が本音を漏らすと、エルナ様は少しだけ悲しそうな、それでいて呆れたような表情を浮かべた。
「アルスさん。貴方をそんな風に扱っていたそのギルド、近いうちにきっと痛い目を見ますわ。これほど洗練された魔力を持つ方を手放すなんて、正気の沙汰とは思えません」
「はは、まさか。あそこは帝国でも一、二を争う大手ですから、俺が一人抜けたところで痛くも痒くもないですよ」
俺は苦笑交じりに返した。
事実その通りなのだ。『白銀の獅子』は昔こそ有象無象のギルドと変わらなかったが、ここ最近はうなぎ登りとなっている。
たった一人のボンクラが消えたところであそこは揺るがないだろう。
だが、エルナ様は譲らない。それどころか、彼女は少しだけ座席を前に乗り出し、俺との距離をぐっと詰めてきた。
「いいえ、絶対に後悔します。それに、私はとても感謝しているのですよ?」
「感謝、ですか?」
「ええ。貴方が行き倒れる直前、無意識に張っていた結界――あれが、私たちが通るルートにいた凶暴な魔獣たちの侵入を防いでくれていたのです。貴方がいなければ、私たちは今頃大苦戦していたはずですから。……私を助けてくれて、本当にありがとうございました、アルスさん」
エルナ様はそう言うと、サファイアブルーの瞳を細め、心からの、ひだまりのような温かい笑顔を俺に向けた。
ドクン、と心臓が大きく跳ねた。
帝国にいた頃は、どんなに尽くしても「無能」「給料泥棒」「道具」としか呼ばれなかった。感謝されることなんて、ただの一度もなかった。
それなのに、この人は俺の地味な魔法をちゃんと見てくれて、あろうことか「ありがとう」と言ってくれた。
じわじわと、胸の奥が熱くなっていく。
生まれて初めて、自分の存在を全肯定されたような気がした。
「……っ、そんな、俺は無意識で……。でも、エルナ様のお役に立てたなら、良かったです」
照れくさくて視線を泳がせる俺を見て、エルナ様は満足そうに微笑み、さらに距離を詰めて俺の手をそっと握った。
「ええ。ですから、これからは自信を持ってくださいね? 私の、最高の護衛騎士様」
白くて柔らかい手の温もりに、俺の顔は完全にゆでダコ状態になっていた。
帝国のギルドをクビになった時はどうなることかと思ったが、俺の第二の人生は、思った以上に温かいものになりそうだ。
だがしかし、これを外にいる騎士団に見られたら俺はすぐにでもまた追放だろう。




