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第十二話 最強魔術師、別れを告げる

「な、お前……本当に、俺たちを忘れたっていうのか……ッ!?」


 ディランの震える声が、カフェのテラス席に虚しく響き渡る。

 その顔は屈辱と焦燥、そして認めたくない現実への恐怖で、醜く歪んでいた。


 彼らがこれまでの過酷な現実から目を背け、唯一の希望として追いかけてきた「アルスを連れ戻す」という都合の良い妄想が、俺の「記憶にない」という一言だけで、粉々に打ち砕かれた瞬間だった。


「ええ。ですから、人違いですよ」


 俺は至って冷静に、彼らの目をまっすぐに見つめ返した。


「仮に皆さんが、俺を追放したあの『天才パーティー』の皆さんだったとしても……今の姿はあまりにも惨めすぎます。当時のディランさんは、いつも傲慢でしたが、戦場では誰よりも輝いて見えました。ミリアさんの魔法はもっと力強く、ボルドさんの盾は絶対に揺るがなかった。ガイウス運営長は、いつも冷徹で、高い席から俺たちを見下ろしていた……」


 俺はもう一度、彼らの全身を観察するように視線を動かした。


 「でも、今の皆さんからは、当時の面影がひとかけらも感じられません。身体の底から湧き出る魔力は細く、衣服は汚れ、目にはただの物乞いのような浅ましさだけがある。そんな哀れな人たちが、俺を無能と見下していた『偉大な天才たち』であるはずがない。そうでしょう?」

「が、は……っ……!」


 ディランが胸を押さえ、まるで物理的な刃で刺されたかのように絶句した。

 皮肉ではない。嫌みでもない。

 俺は本気で、純粋な事実として「お前たちは弱すぎるから別人だ」と言い放ったのだ。


 これまでのディランたちの傲慢さを、その圧倒的な「無自覚な正論」が、最も残酷な形で踏みにじる。かつて自分たちが俺に浴びせ続けていた「無能」という言葉が、そっくりそのまま、何倍もの重さになって自分たちの頭上に突き刺さっていた。


「違う……違うわ! 私たちは天才よ! 帝国のエリートなのよ! あんたみたいなゴミが、私たちをそんな風に言うなんて許さないわ!」


 ミリアが狂ったように叫び、ひび割れた杖を俺の鼻先に突き出してきた。

 その先端に、禍々しく不安定な魔力の光が灯る。


「今すぐここで灰にしてあげるわ! そうすれば、あんたのその生意気な口も二度と――」

「不敬な不審者どもめ。我が聖王国の至宝たる聖女様と、英雄アルス殿の前で武器を向けるか!」


 次の瞬間、周囲を取り囲んでいた王宮騎士たちが一斉に動き、一瞬でミリアを取り押さえた。

 ガシャァンと杖が地面に転がり、ミリアは冷たい石畳の上に押しつけられる。


「痛い! 離して、離しなさいよ! 私は帝国の高ランク魔術師なのよ!?」

「黙れ。他国のギルドを追放され、借金まみれでこの国へ逃げ込んできた『浮浪者』の分際で、大言壮語も甚だしいぞ」


 騎士団長が冷たく言い放ち、ガイウスたちへ向けて一枚の書類を突きつけた。

 それは、帝国から届いたばかりの『国際手配書』だった。


「ガイウス。お前は国宝級の結界術士を独断で損失させ、ギルドに巨額の損害を与えた罪、および賠償金を踏み倒して不法に出国した罪で、帝国から正式に逮捕状が出ている。そしてディラン、ミリア、ボルド。お前たち三人も、犯罪者であるガイウスの逃亡を幇助した共犯として、身柄の確保を要請されている」

「な、なんだと……!? 嘘だ、そんな馬鹿なことが……!」


 ガイウスの顔が、今度こそ完全に死人のように真っ白になった。


「アルス殿を『無能』と切り捨てた己の無知を、一生牢獄の中で悔いるがいい。――連れて行け!」

「嫌だ! 離せ! アルス、助けてくれ! 俺たちは仲間だろ!? お前が一緒に来てくれれば、俺たちはまた元に戻れるんだ! お前が俺たちの後ろで結界を張れば、また最強になれるんだよ!」


 ディランが必死に腕を伸ばし、泥にまみれた顔で俺に縋り付こうとする。

 ボルドも、ミリアも、ガイウスも、全員が涙と鼻水で顔をドロドロにしながら、かつてゴミのように追い出した少年の名前を叫び続けた。

 しかし、俺が彼らに向かって手を差し伸べることは、二度となかった。


「……さようなら。俺の知らない、帝国の方々」


 俺が静かに背を向けると、彼らは騎士たちによって、引きずられるようにしてカフェから連行されていった。

 その叫び声が遠ざかるにつれて、テラス席には、再びいつもの穏やかな昼下がりの静寂が戻ってくる。


「ふぅ……。お騒がせしてすみませんでした、エルナ様。せっかくのデートを台無しにしてしまって」


 俺が申し訳なさそうに席に戻ると、エルナ様はしばらく呆然とした様子で俺を見つめていたが、やがてぷっと吹き出すように笑った。


「ふふ、あははは! 本当に、アルスさんは最高ですわ」

「え? 何がですか?」

「いいえ、何でもありません。それよりも……さっきの言葉、本当ですの?」


 エルナ様が少し顔を赤らめながら、上目遣いで俺の顔を覗き込んできた。


「さっきの言葉、というと……?」

「『俺の大切な思い出は、すべて今、あなたの隣にありますから』……って、私の前で仰ってくれたことですわ」

「あっ……!」


 言った本人が、その瞬間に自分のセリフの恥ずかしさに気づき、一気に顔から火が出そうなほど真っ赤になった。

 頭を抱えて机に突っ伏す俺を見て、エルナ様は嬉しそうにサファイアブルーの瞳を輝かせ、俺の手をそっと握りしめる。


「私はとっても嬉しかったです。……もう、絶対に離してあげませんからね、私の英雄様」


 帝国を追放され、行き倒れていた元最強の魔術師は、今、自分を心から必要としてくれる最高の聖女の隣で、新しく、そして最も輝かしい物語を紡ぎ始めていた。


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