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姫と豚  作者: シブキ
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第4話前編 強者とその支持者


昼過ぎになって、ルティエはのそのそと起き出した。


「おはようございます」

「……おはよう」


ベッドの上から挨拶を返した主人に、豚は頭の中にあった用事を伝える。


「主(あるじ)。ここのところは軍の目があったのでお願い出来なかったのですが、図書館で借りてきて頂きたい本があります」

「どんな本?」

「なるべく新しい、王族の系図が載っている本を」


――以前借りてきた時に、豚も目を通していた筈だ。


「新しく気になることでも出来たの?」

「はい。少しだけ」

「ふぅん……分かった。借りてくる」


ルティエは制服を掛けてある場所へ行こうとして、すぐに足を止めた。


「……明日でいい? 最近、気を張り詰めっぱなしで疲れた」

「勿論です。ただでさえ日中の行動を監視されているのに、意味もなく夜間に外出しては撹乱してましたもんねー」

「寝不足だよ」


ベッドに戻って仰向けに寝転んだルティエは――働かない頭を低速で動かす。


とにかく軍総司令官は堕とした。外務省、財務省、軍部まで掌握したとなれば――


「魔法省……どうしようか」


魔法省を落とせば、表面上の恐れるべき敵は消えることになる。とは言え――


「これ以降は内務省を落とすまでの手順みたいなところがありますからね。逆に考えれば、他を無視して内務大臣を狙うのが望ましいです」


王宮の管轄は内務省。復讐のことだけを考えるなら、豚の言う通り一直線に内務省(そこ)を落とせば良い。だが、魔法省を簡単に無視出来ない理由がある。


「豚……魔法大臣が敵に回ったら、本当に勝てる?」


魔法省のトップ――イーノ・フェスレ。王国最強の魔導士である彼は、たった一人で全軍に勝る力を持つとまで言われている。

つまり、国を落とした後に彼が反抗した場合、軍の総力を上げても抑えられない可能性があるということだ。


「直接会ったことがないので断定は出来ませんが……小細工なしの一対一なら五分五分かと」

「豚と五分五分かぁ……」


三百年の経験からあらゆる種類の攻撃魔法を使いこなす魔導士――その人が互角と予想する相手が弱冠21歳であるという事実。身内からも『化け物』と評されるに相応しい存在だ。


「そうは言いましたが、主(あるじ)が勝てと仰るなら勝ちますので、心配なさらないでください」

「ん……」


たとえ「無理だ」と言われようが豚が負ける姿など想像出来ないルティエは、その言葉を額面通りに受け取ることにした。


「と、なると内務大臣かぁ……聞いても調べても情報が出て来ないんだよね〜。交友関係とかも謎だし、王も内務大臣も実在するのか疑わしいよ」

「魔法省と軍部よりも情報収集に苦労するとは思いませんでしたねぇ」


内務大臣が王なんじゃないか、王は死んでいて内務大臣が隠しているんじゃないか――など色々と考えてみるが、新情報の入らない状況にルティエは参っていた。


「まぁ、ここまでは順調なんですから、じっくり調査しましょう。私も今以上に頑張ります」


服従魔法の有効期限まであと3か月強。数字上の余裕はある。しかし――


「各省に不自然な動きをさせちゃってるから、あんまり先延ばしには出来ないんだよね……」


かと言って自分の支配下にある内に、自然な動き――侵略行為を行わせるつもりはない。


「魔法の制約……期限を3か月(半分)にしてその分効果を高めれば良かった」

「そんな危ない橋、私が渡らせませんよ」

「分かってるよ……」


(とにかく、内務大臣の情報を集めなくちゃ……)


「……」

「……お疲れ様です、主(あるじ)」


寝息を立て始めた主人に、豚はそっと薄手の毛布を掛けた。



◇◇◇


翌日。図書館で制服姿のルティエが本を胸に抱えて運んでいると――


「ルティエちゃん!」


パタパタと駆け寄ってきたトラーンが、本の裏表紙を見て嬉しそうな顔をする。


「また王族について調べてるの?」

「うん」

「そんなに気になってるんだぁ。それなら……特別に面白い話、しちゃおうかな〜」


ルティエの目下の関心事は『内務大臣』であって、本を必要としていたのは豚だが――そんな事情を知る由もないトラーンは、花を飛ばしながら「座って座って」と並んで座るよう促した。


「これは僕がお祖母ちゃんから聞かされた昔話なんだけど……」


ルティエが机に置いた本に目をやってから、トラーンは話し始める。


「初代王の妻は天使で、王の死後は共に天に帰るはずだった。しかし子供たちと離れたくなかった天使は王が死んだ後も帰らなかった。それにより天の怒りを買い、国を滅ぼされそうになった。しかし反省した天使は最後の力を使って天の怒りを収め、国は滅びずに済んだとさ」


――天使。初代王は神の力を与えられた英雄という触れ込みだったはず。それに合わせた物語だろうか。それとも……比喩?


「えへへ〜。色々と考えさせられる話でしょ?」


――天使……天……神……王族の銀髪……。


「……初代の王妃様って、もしかして神の血が濃い一族の人?」


頭のどこかで、何かが繋がった気がした。


「驚いた。神の血って概念、知ってるんだ」

「地元の伝承で聞いたことがあって」


何となく豚の存在を知られるのは不味い気がして、ルティエは咄嗟に誤魔化した、が――


「ああ、ルティエちゃんはルシェイザナ神山の近くに住んでたんだもんね。じゃあ知ってるか――ノ(・)ミ(・)ュ(・)ラ(・)ス(・)様(・)」


思いがけない人物の口から豚の名前が飛び出し、ドクンッと心臓が跳ねる。


どう対処しようかと急いで考えたが、自分の祖国にすら存在が知れていたのだから、博識なトラーンが知っていても何ら不思議のないことに気付き、平静を取り戻した。


「よく知ってるね」

「隠遁してるらしいからね〜。兄様が何度会いに行っても会えないって嘆いてた。僕も会って話を聞いてみたいけど、兄様で無理なら無理だよね〜」

「へぇ〜」


ノミュラスは住処(すみか)である雪山に何重もの結界を張っていて、基本的に来訪者を迎え入れていない。稀に麓の町に弟子志願者等が訪れるのだが、そういった時には山から降りないようにしていた。


「話を戻すけど……初代王妃が神の血を引いていたというのは、僕もその通りだと考えてる。以降の王族が銀色の髪をしている時点で、知っている人からしたら暗黙の了解だよね」


血筋だと髪が必ず銀色になることは知らなかったが、ルティエは頷いておいた。


「“神の血”って有名なんだ」

「有名……ではないかな。僕にも流れてるから、たまたま知ってただけだし」


予想だにしなかった事実に、ルティエの声が裏返る。


「トラーンって、王族と血縁だったの!? でも銀髪じゃ……」

「違う違う。別の血統なんだけど、神の血が濃い――魔法剣士だったひいひいお祖父ちゃんがこの国に流れ着いて、客将になったんだ」


別の血統、魔法剣士、客将――


「それと髪の色は、ひいお祖父ちゃんまでは銀色だったらしいけど、それ以降は普通の色だね。特別長生きだったのも、ひいお祖父ちゃんまでみたい。30年前くらいに亡くなってるんだけど……」


銀髪、長生き、30年前――


新情報の数々に、ルティエの頭はこんがらがってきた。

――話が済んだら急ぎメモを取る必要がある。


「髪の色を利用して、王族の影武者として刺客を撃退する――なんて役割も果たしてたみたいで、その話を聞いた時の兄様ったら『ボクも銀髪なら良かった!』って本気で悔しがってて、可笑しかったぁ」


――トラーンとその兄が年齢よりも幼く見えるのも、その血のせいなのだろうか。

などと思ってから、何気なく机の上の本を見たルティエは――思い至ったばかりの矛盾を、疑問として投げ掛ける。


「それじゃあ……王族ってみんな長生きだったんだよね?」


トラーンから笑顔が消えたが、顎に手を当てて視線を落とすルティエはそれに気付かない。


「でも、系図で見ると普通の人間並みの寿命で亡くなってるみたいだし、王も適当な時期に代替わりしてるよね。それに……病気になる前の……国民の前に出ていた時の現王は銀髪だけど年相応に老けてたみたいだし、証言だって……」


――クズ豚の話とも一致している。だから、初代王妃や王族が神の血が濃い人間だという考えには至らなかった。


「……ってことになってるね」


トラーンは、ルティエの疑問の方向性が正しいことを裏付けるような発言をしてから――


「これ以上は深入りしない方が良い」


――と警告した。


「多くを話し過ぎた。ごめん、このことは他言しないで」

「トラーンらしくないね」


真実の歴史が知りたいと、85年前の災厄について語った時とは打って変わって突き放すような態度を取るトラーンに、ルティエは違和感を覚える。


――核心に近いどころか、核心なのか。


ルティエの視線に応えるように、トラーンは静かな声で自らの考えを伝える。


「……この件に関しては僕も慎重にならざるを得ないんだ。『前任の文部大臣は踏み込みすぎて退任した』って、内務大臣から聞かされてるから」

「内務大臣が?」

「うん。あの人は全部知ってるんじゃないかな、隠されていることも、その理由も全部」


思いがけず得られた内務大臣の情報は、彼が何らかの黒幕であることを裏付けるものだった。

――どの大臣よりも力の強い『内務大臣』という立場。一筋縄にはいかないだろう。


「学者としては追究すべきなんだろうけど……僕、この仕事にやり甲斐を感じてるから、辞めたくなくて」


保身と受け取られかねない「らしくない」言動についてバツが悪そうに笑ってから、トラーンはもう一つの――教育者の顔をする。


「僕に出来ることなんて限られてるけど、皆が望む教育を受けて、望む職業に就ける――そんな世界の土台を作りたいんだ」


語られた未来は、ルティエも望む種類のものだった。


「叶うといいね」

「うん!」


笑って頷いたルティエが本を鞄に仕舞い始めるのを見て、トラーンは眉根を寄せる。


「もう行っちゃうの?」

「今日はこれから仕事があって」

「そっかぁ……。ねぇ、ルティエちゃん」


立ち上がったところで呼び止められ、ルティエは小さく首を傾げた。


「僕は、君が何をしようとしていても……」

「ん?」

「ううん、何でもない。またね!」



◇


――勘付かれている。それでも、何もしないでいる。


図書館の廊下を歩きながら、ルティエは物思いに耽る。


――トラーンに計画のことを話し、魔法大臣にも協力するよう説得させる。


そんな考えが脳裏をよぎるのを振り払った。


――見逃してくれるだけで有り難い。

私の復讐に巻き込むのは、豚だけでいい。



◇◇◇


図書館から外務省に移動したルティエは――大臣室で、朝出勤した際に出しておいた命令の進捗状況を確認する。


「きちんと開けたか?」

「……はい」


◇


数分後。大臣室の応接スペースで、外務大臣は床に這わされていた。主人のパンプスが、容赦なくその身体を踏み躙っている。靴先に力が込められる度に、うめき声が漏れ出た。


「現職の中では古参なのに、内務大臣のことを何も知らないとは、貴様は実に使えない男だ」

「申し訳ございません……っ」


命じた通り、グゥヤと同じ場所に開けてきたらしい。真新しい金属が鈍く光るのを認めて、ルティエは満足げに目を細めた。ヒールで踏みつけられるたび、クズ豚は痛みと――隠しようのない悦びに身悶える。


「そう言えば、未侵略の国に送ってある大使はどうしているんだ」

「たっ、待機……っ、現状維持の指示を……出してありますっ」

「相手の国も驚いているんじゃないか? 急に大人しくなったものだから」

「大使からは、方針の再考を……というっ嘆願がっ、毎日っ届きますっ!」


こうして特に必要のない“仕事の話”をさせるのは、主人の命令で省を動かしている売国奴――という己の立場を教え込む為だ。魔法で堕としてあるとは言え、ルティエは“豚”の根本的な“教育”を怠る気はない。


「こんな風になって。普段はどうやって自分を慰めているんだ?」

「そっ、それは、酒っ酒瓶っを……っ」

「酒瓶か! ワハハ、痛快だな! 次に会う時は見せてみろ! そのまま酌の真似事をさせても面白いかもなぁ!」

「はっ♡はい……」


主人の機嫌を損なわなかったことに安心してか、未来の自分の惨めな姿を想像してか、クズ豚は浅ましく身を震わせた。


「ハハ、省内で相当な恨みを買っているようだから、いずれ職員全員に好きにさせてやろうと考えていたんだが、その様子だと使い道が限られそうだな」

「はいっ」


靴が離されると、外務大臣はすかさず這い寄った。


「舐めさせて頂きます!」

「私は予定があるんだ。急いで舐め上げろよ」


以降靴舐めに集中し、顔下半分の筋肉と関節をガタガタにした外務大臣に「充分だ」という言葉が掛けられたのは10分後だった。


「ああ、忘れるところだった」


ハンカチのついでにポケットから取り出された金属製のピアスが、床へとバラ撒かれた。


「これは軍総司令官(幼なじみ)を絆した褒美だ。好きなように使え」

「ありがとうございますっ」


散らばったピアスを拾い集める外務大臣を愉快な気持ちで眺めてから、ルティエは靴を拭った。



◇◇◇


「これが頼まれてた本」

「ありがとうございます」


さっそく目的のページを探す豚に、ルティエは「読みながらで良いから聞いて」と、トラーンから教わった内容を掻い摘んで話した。「なるほど」「そうでしたか」という相槌が複数回打たれる。


「神の血を引く人間って、いっぱい居るんだね」

「多くはないとは思いますが……居ないことはないでしょうね」


そう言って「長寿ですから」と締める。


「ねぇ豚。トラーンは深入りするなって言ってたけど……二代目の王がずっと君臨しなかった理由って何なのかな」


ノミュラスは本から顔を上げ、主人と目を合わせた。


「死なない老けない人間なんてものは、“普通は”気味悪がられるんですよ。ましてや人より強い力を持っていたのでは、畏怖どころか単純な恐怖の対象になり得ます」


――言い切るからには、自身がそういう対象になるか、なった人間を見てきたのだろう。


「“普通の人間”ということにしておくのは、為政者としては常識的な判断だと思います。実質的な権力を保っておけば問題もなかったでしょうし」

「……」


“普通”という言葉を用いて語られる豚の持論が、ルティエには面白くなかった。


「シェルザナの皆は豚のことを気味悪がったりしてないよ」

「あの町は本当に良いところですね。私を受け入れてくれていますし、来訪者に私が町に降りることを黙っていてくれて……。北は人が温かくて好きです」

「場所の問題じゃないよ。豚があの土地で何十年も掛けて、信頼を勝ち取ってきたからでしょ」


彼が町の老若男女から敬愛されているのを、『弟子』として肌で感じているルティエは、自らの価値を貶めるかのような言動を叱るように言った。


「……だとしたら嬉しいですね」


ルティエには、豚が浮かない顔をする理由が分からなかった。



◇◇◇


「豚、椅子」


――雲一つない空の下。風で土埃の舞い上がる空き地で、タキアは精神集中している。


「共鳴す(レゾナント)る大地(グラウンド)ッ!!」


《ドォンッ!!》


地面が震え、震源部が衝撃により抉れる。効果範囲の狭い対人用の攻撃魔法だった。


「見ましたか!? これが、この魔法の完成形――ですよね! 先生!」

「やりましたねぇ、タキアくん! あ、拍手出来なくてすみません」

「せ、先生……」


振り向いたタキアが、四つん這いになり主人を背に乗せている師にドン引きするのと同時に、ルティエは尋ねる。


「タキアくんは何の為に魔法を覚えたの? 魔法を使いたいだけなんて、純粋な動機で動く年齢(とし)でもないでしょ?」

「そうなんですか?」

「ルティエさんに隠し事は出来ねぇな……」


タキアは鼻の下を人差し指で擦(こす)ってから言う。


「これで俺も戦闘要員の資格試験を受けられるんです!」


魔法大臣を筆頭に、魔法省所属の魔法使いの一部は軍と共に行動している。それに資格が要るとは知らなかったが、ルティエも存在は知っていた。


「……戦いに行きたいの?」

「戦場には行きたくないけれど、制服に付ける戦闘マークが欲しいんです! 格好良いしモテるから!」


ルティエは小さく笑い、頷く。タキアの軽薄さは美徳の域に達していた。


「折角ですし、魔法習得のお祝いをしましょうか」

「資格取得の前祝いもお願いします!」



◇◇◇


大通りにある酒場は、休日ということもあり、まだ明るい内から多くの人間で賑わっている。


「いやぁ〜お祝い事って良いですね。アレ以来じゃないですか、主(あるじ)が初潮を迎え゛っ!」

「豚」

「ハハハ……」


苦笑いするタキアの向かい側で、豚はモモ肉にフォークを突き刺されていた。


「申し訳ございません、口が滑りました……抜いてください……」

「おかしいと思ったら……豚のそれ、お酒だけど飲んで良かったの?」

「あ、確かに。久し振りに飲んじゃいました。めでたい席ですので仕方ないですね♡」


太ももに回復魔法を掛けながらグラスを揺らす豚を見て、ルティエは嫌な予感がしていた。過去に失敗した経験から、豚が酒を禁忌として生活していたのを知っているからだ。


「どれくらい振りなんですか?」

「そうですねぇ……百年振りくらいですか? よく覚えていません」

「百年って!」


ノミュラスの詳しい年齢を知らないタキアは、冗談として受け取りゲラゲラ笑う。


「こうしてタキアくんのお陰で美味しいお酒が飲めるんですから、師冥利に尽きますね」

「……俺の方こそ、十年掛けて無理だったものが、こんな短期間で使えるようになって……先生の弟子になれて良かったです」


タキアは少し涙ぐみ――残っていた酒をグイッと呷(あお)ってから尋ねる。


「あ、そうそう。ずっと聞きたかったんですけど、ルティエさん以外に俺の先輩って居るんですか?」

「居ませんよ。弟子は取らずに世捨て人みたいな生活を送っていたので」

「マジっすか! 俺ってラッキーだったんだな〜」


二人の会話を黙って聞いていたルティエは、ジュースを一口飲んでから言う。


「世捨て……っていうか、豚は羞恥心とか男とか人間とか、色んなものを捨ててるよね」

「はいっ♡ 全捨て豚の間違いでしたぁ♡」

「うわぁ」


◇


「豚……飲み過ぎじゃない?」

「そうですかぁ? 弱いお酒だから飲んだ気にならなくて♡」


明らかに異常をきたす豚に顔をしかめるルティエに――酒が入り気の大きくなったタキアが絡む。


「ルティエさんって本ッ当に可愛いですよねぇ。地元に彼氏いますよねぇ? 絶対」

「いないよ」

「マジっすか!?」


一時的にテンションが最高潮になるも、次の一言で冷静にさせられる。


「欲しいとも思わないし」

「えっ、恋愛に興味ないんですか?」


ルティエは、じっと豚に視線を送りながら、その痴態を連想し――何とも言えない表情をした。


「あんな姿(・・・・)を他人に見せるくらいなら、恋愛なんかせずに死んだ方がマシ……」

「あっ、あぁ……っ♡」

「何気持ち良くなってるんですか。女の子一人の人生をブチ壊してるんですよ、貴方は」


◇


「タキアくん♡」


更に酒が進み……豚の媚びた声を聞いたルティエは、その顔を見て嫌な予感の的中を悟った。


「魔法も一人前になったことですし、童貞も卒業しときますぅ?」

「えぇっ!?」


質問の意図を測りかねるタキアは、チラリとルティエの方に目をやったので、師の淫猥な仕草には気付かなかった。

ルティエは舌打ちをし、ノミュラスの腕を掴む。


「タキア……今すぐ立ち上がって、宿に向かって走れ。振り向くなっ!」

「え、えぇ?」


唐突な呼び捨てと命令口調に戸惑いながらも、タキアは指示通りに動いた。


「待ってくださぁい♡」


――自制心を完全に失った時の豚ほど、始末に負えないモノはない。


ルティエは、タキアを追おうとする豚の股に脚を通し――――勢いよく蹴り上げる。


「豚!」

「ひゅゔっ!?」


「正気にっ!」

「〜〜〜〜ッッッ!!!」


「戻れっっ!!」

「ッ……お゛っ、お゛ぉ……♡」


急所への連撃に呼吸が止まり――豚は泡を吹いて倒れた。周囲の客が慌てる中、ルティエは豚の懐から財布を取り出して言う。


「お金、払ってくるから待ってて」

「……」


一部始終を目撃した大多数の男性客は、無意識に股間を押さえていた。


◇


「よいしょっと」


会計を終え、豚の上体を起こして背負おうとするルティエに、近くの席の客がおずおずと声を掛ける。


「手伝い……ましょうか?」

「ありがとう。鍛えてるから平気」


ルティエは肩に担いだ豚をズルズルと引き摺って宿へと帰った。



◇◇◇


「どうしちゃったの!? 来月の会談予定も出兵計画も0って!!」


魔法省の代表であるイーノの叫び声が、閣僚の集う会議室に響いた。外務省と軍部の報告が終わった瞬間の出来事だった。


「外務大臣!? 外国に遊びに行くのも難癖つけるのも大好きじゃん! 耐えられるの!?」

「別に。もう圧力を掛けたところで、どうこうなる国が残ってねぇんだよ」

「まぁ正直、外務省はどうでも良いけどさぁ……」


イーノは、身体を外務大臣から軍総司令官の方に向ける。


「軍は北東(ワヤーニュ)を攻めて港を落として軍艦を奪って……それで海側から南(ハニノ)に攻め入るって話だったじゃん! 久々に暴れられると思って、ボク楽しみにしてたのに!」

「予算を減らされて動けないだけだ」

「てゆーかグゥヤさん! 今月も予算貰えなかったら財務大臣を八つ裂きにするって言ってたよね!? し忘れてるよ!?」

「そこまでは言っていない」


イーノが指を差した先で、「そんな野蛮なことを仰ってたんですか」と財務大臣は口を押さえて嫌悪感を示した。そしてイーノは媚びた声で話し掛ける。


「ねぇ財務大臣〜。お金、何とかならないのぉ〜?」

「無い袖は振れないんですよ。ご理解ください」


イーノは唸りながら、順番に参加者を見つめ――最後の議長席に訴える。


「内務大臣〜。この状況、絶対におかしいよねぇ? いいのぉ?」

「私にはどうすることも出来ませんので」


――頼みの綱の内務大臣までこの調子……。


「えぇ〜何これ……。ボク、悪い夢でも見てるの……?」


人差し指と親指に雷を生成して耳たぶに当てるが、「イテッ」という声が口から現実空間へ飛び出るだけだった。



◇


「……」


会議が終わっても、イーノは椅子から動かずに退室する人間の背中を眺めていた。そして――まだ残っている弟に声を掛ける。


「トラーン」


兄の珍しく真面目な声色に、トラーンは小首を傾げる。


「何?」

「最近、おかしなことはなかった?」

「んー……特にないかなぁ。僕、もう行くね」


誰もいなくなった会議室で――イーノは結構な声量で独りごちる。


「皆から変な魔力の気配を感じるし、誰かに操られてるのかなアレ。だってのに、魔法式が一片も浮かばないところが逆に怪しいんだよな〜。トラーンは無事だから良いけどさぁ〜……」


イーノは机に突っ伏し「あ〜〜!」と喚(わめ)いた。


「早く闘いたいな〜っ! 1か月以上お預けだなんて、欲求不満(ストレス)で死ねって言われてるのと同じだよ!」

「も〜! いっぱい暴れて! ワヤーニュを落として! 船に乗りたかったのに!」

「…………」

「緊急訓練とか言って、戦闘職員を呼び出すか。束にすれば5分くらいは遊べるよね。そうしよ〜」



◇◇◇


そうしてイーノは、ロクでもない指示を出す為に魔法省に戻って来た。午後の勤務時間が始まったばかりの慌ただしい空気の中、悠々と、軽やかに階段を登っていく。すると――


「スゲェじゃん、タキア!」

「ヘヘッ……まだ試験日が決まっただけだぜ?」

「よっ庶務係の星! 出世頭!」

「やめろよ〜」


総務部の入るフロアの階段脇で、若い職員たちが騒いでいるではないか。これは好都合! 大臣直々に叱られて青くなる顔を見れば、憂鬱な気分も幾らか晴れるというもの! イーノは気配を殺し、聞き耳を立て――飛び出すタイミングを窺った。


「つーか専用魔法(オーダーメイド)って、貯金どんだけ注ぎ込んだん?」

「それがさ、実家の宿にノミュラスさんっていう魔導士の方が泊まってて……あ、ヤベ。名前は出すなって言われてたんだった」


――――ノミュラス。


イーノは思わずニヤけていた口を閉じた。そして、再び笑顔を作って渦中の職員に近付く。


「その話、詳しく聞かせて貰える?」

「ボボボ、ボ、ボ……大臣(ボス)ッ!?」


あまりにも運命的な――タキアと憧れの魔法大臣(イーノ・フェスレ)との初邂逅は「し、しまったぁ〜〜!」と叫びたくなる類のものだった。



◇◇◇


ルティエとノミュラスは外出先からの帰り道に、とりとめもない話をする。合理主義で必要な会話しかしない傾向のある二人にとって、雪山でも王都でも、これは変わらず貴重な時間だ。


「生の魚介類は苦手ですね〜」

「私の国だと滅多に食べられなかったからなぁ。好き嫌い以前に」

「――っ!」


突如、ノミュラスの顔色が変わる。


和やかな空気が一瞬で消し飛ぶくらいの、殺気じみた魔力。魔法使いなら誰しもが避けて通りたくなるほどの圧迫感に、反射的に息を止めていた。


「どうしたの?」

「……宿の内部から、非常に強い魔力が故(・)意(・)に(・)発せられています。恐らく、魔法大臣かと」

「何で……」


――大臣と言えば、朝に閣僚会議があったはずだ。魔法大臣(イーノ・フェスレ)が動いたとなると、3人の閣僚に使った精神魔法、あるいはもっと根幹の目的を察知されたか。

いずれにせよトラーンの関与が疑われる。が、先日の様子から、自らが抱いた疑念を兄や内務大臣に話したとは考え難い。仮に話したとして、この早さで辿り着くとは……。


「主(あるじ)、暫く宿(ここ)から離れていてください。私に用があるみたいなので、一人で行ってきます」


思考の沼に嵌りそうになるルティエに、ノミュラスは落ち着いた声で指示と予定を伝えた。


「豚に?」

「ええ。何故滞在を知られたかは分かりませんが、彼が私という魔導士に執着する心当たりがあります。そして、高確率で彼は主(あるじ)の存在を認識していないか、重視していません。わざわざ姿を見せて危険を冒す必要はないということです」

「……分かった」


不安げな顔をする主人に、豚は柔らかく笑う。


「私なら大丈夫です。お茶でも飲んで待っていてください」

「うん……気を付けて」


◇


悍ましい魔力を全身に受けながら宿屋に入ると、主人が「先生」と言って二階を示した。


「階段を上ってすぐの部屋にお客さんだよ」

「分かりました。名乗りましたか?」

「名前は聞いてないね。金髪の若い子だったよ」


――王都民である宿屋の主人が、魔法大臣ほどの有名人に気付かない可能性はない。つまり魔法で認識を阻害している。お忍びということか……。


二階に上がり、近付くほどに重くなるドス黒い殺気に逆らい、部屋のドアを開けると――ふっと魔力の発散が止まって、代わりに歓声が上がった。


「ノミュラス様ぁ! 会いたかったー!」


無邪気に喜びを露わにする青年と、先程まで身体に絡み付いていた禍々しい魔力とが、ノミュラスの中ですぐには結び付かない。


「……初めまして。魔法大臣」


「イーノで良いよ!」という友好的な申し出が「遠慮します」と即座に断られたが、イーノは気に止めずに続ける。


「あのね! ボク、多分ノミュラス様の名前で出回ってる魔導書は全部読んでるよ! もう大ファン! 何度も雪山まで会いに行ったんだけど、結界に巻かれちゃってさぁ」

「何度も結界を壊しに来る人、貴方だったんですね」


ノミュラスが住んでいるという“噂”がある雪山には、度々弟子入りや腕試しを希望する魔導士がやって来る。

大抵の訪問者は、雪山の結界に阻まれて仕方なしに麓の町に留まり、最終的に諦めるが――ノミュラスがこの地に居を構えてからの百年で一人だけ強引に結界を突破しようとする人間がいた。しつこく――何度も。危うく解除される寸前までいったこともある。


自らの正面で笑顔を絶やさない青年に、ノミュラスは過去の『主人への追手ではないかという不安』や、『結界を一新して張り直す労力』を思い出し、万年の恨みを視線に込めた。が、やはりイーノは気にも止めない。


「なになに? ボクだって気付いてたなら会ってよぉ〜」

「貴方ではないかという考えに至ったのは、つい最近のことです。もっとも、知っていても会いませんでしたが」

「えぇ〜? ボク、長期休暇(たまの休日)を潰してまで、あんなド田舎まで行ったんだよぉ!?」


「こちらも休日返上で結界を修復する羽目になったのですが?」という苦言を飲み込み、ノミュラスは無駄話を切り上げる。


「ここに来たのは、王や魔法省の方針ですか?」

「ううん。個人的な興味。今朝の閣僚会議で、み〜んな様子がおかしくてさぁ。アレ、ノミュラス様の仕業でしょ。省に戻った時に偶然――ううん、運命だよね! この家の庶務の子が名前を口にしたから、ピンと来ちゃった!」

(タキアくん……)


存在を捕捉された原因も、宿で待ち伏せされた理由も、全てが繋がった。

魔法省職員であるタキアに魔法を教えるとなった時から、魔法大臣に目を付けられる可能性は考慮していたが、ここに来て――と、ノミュラスは目を伏せた。


「てゆーか、ボクでも式が読み取れない魔法なんて、逆に作れる人が限られちゃうよ」

「……」


これは単純にノミュラスの落ち度であった。魔法大臣ほどの魔導士の目に触れる可能性があるなら、偽の魔法式を映すべきだったと猛省する。


「皆を操って何しようとしてるのかは知らないけどさ。黙っててあげるから――ボクと闘おう?」

「……断ったらどうします?」


突飛な交換条件を出したイーノは、ニヤニヤしながら部屋の中央にあるテーブルの前まで歩くと、おもむろに天板を叩いた。“交渉の席に着け”という意思表示らしい。


「……」


ノミュラスがお望み通りに席に着くと、イーノはウキウキと椅子を引いて座り、目から星を飛び散らせながら前のめりに話し出す。


「ねぇねぇ! 参考までに聞かせてよ。何をしようとしてるのぉ? 国家転覆ぅ〜?」

「随分と飛躍しますねぇ」

「え? むしろ、それ以外考えらんないじゃん。状況証拠ってやつ? まさか誤魔化せると思ってた訳じゃないよね?」

「だとしたら何だって言うんですか?」

「まどろっこしいな〜って思って」


そう言うイーノの目は笑っていなかった。全ての価値観の中で何よりも“魔法という暴力”に重きを置く彼だからこそ、迷わず導き出した結論と感想。


「ボクなら一日で落とせる。ノミュラス様だって出来るでしょ? 何でしないの?」

「……貴方と同じ理由ですよ」


「あ、やっと認めた」と嬉しそうなイーノを、冷めた目が見つめる。

少なくともノミュラスは、主人の「誰も殺さない」という主旨に賛同したから手を貸しているのであって、犠牲が出る国盗りなど端《はな》から考えていない。全てを可能にする力を持っていたとしても、行使するかは全く別の話なのだ。愛国心、あるいは保身を目的に大臣の座に着いているであろうイーノにも、その程度の分別はついている――はずだった。


「ノミュラス様のし(・)な(・)い(・)理(・)由(・)は分からないけど、ボクとは違うと思うな〜。だって、ボクは世界が平和になったら絶(・)対(・)に(・)す(・)る(・)もん」


早い話が『大陸全土を支配下に置いた後の反乱の腹積もり』だが、イーノはあっけらかんと言い放った。同時にノミュラスは彼に対する認識を『話が通じないタイプの危険人物』と改めた。


「穏やかではありませんね」

「ノミュラス様に言われたくないよ〜!」


ケラケラと笑った後、イーノは憧れの魔導士に本題を切り込む。


「ねぇ〜ノミュラス様ぁ。国家転覆でも何でも良いけどさぁ〜ボクと闘お? てゆーか闘ってくれなきゃ永遠に邪魔するつもりだしぃ。闘うしかないよ? ね?」

「事を成した後なら幾らでも相手をしますので、今は見逃して頂けませんか?」


「弟さんのように」と、心の中で付け加える。


「ヤダヤダァ〜!! ボク、ノミュラス様のせいで欲求不満なんだよ!? 責任取って! 今すぐに!」

「今すぐ、ですか……」

「うん! 絶対に今すぐ!」


――決闘を申し込まれる可能性は考えていたが、即時とまでは予想していなかった。


「さすがに急すぎます。日を……せめて時間を改めませんか?」

「ダメ! 今じゃなくちゃ嫌!」


――どうしたものか。

主(あるじ)に大まかな方針だけでも確認しておくべきだった。私はこの件に関して判断ミスばかりしているな。老いとは思わないが、自信を失いそうだ……。と、肩を落とすノミュラスの顔を、イーノは覗き込む。


「てゆーか何で嫌そうなの〜? ノミュラス様も闘うの好きでしょ?」

「別に好きじゃありません」

「アハハ! あんな攻撃魔法を作る人間が嫌(・)い(・)な訳ないじゃん!」

「嫌(・)い(・)です」


つれない態度に、イーノは口だけで笑って言う。


「分かるよ。そんな澄ました顔しててもさぁ、根っこはボクと一緒。闘いの中でしか生きてる実感が湧かないでしょ?」

「……誤解ですよ。闘い以外でも生を感じられるもの、とっくに見つけてますから」

「えぇ〜!? 何それ、ボクにも教えてよぉ!」

「貴方には300年早いです」


イーノは「300年かぁ……」と溜め息混じりに呟く。


「羨ましいな〜長寿。あ〜2人共、どんだけ強いんだろ」

「2人?」


唐突な増員に、ノミュラスは思わず聞き返した。


「ん? 北のノミュラス、南のサトゥオラって言ったら、有名な伝説の魔導士じゃん」

「初耳ですし、知らない人と並べられても困ります」

「あれー? 同じ一族じゃないんだ。長寿で魔導士だから、親戚かと思ってた」

「その口ぶりだと、南の方にも会えていないようですね」

「そうだよ〜。何で二人とも闘ってくれないのぉ〜?」


イーノは椅子の片側の足を浮かして軋ませる。南に北に旅をしては空振りに終わった日々の不快感を思わせる音が鳴った。


「我々は不老と魔力量以外、普通の人間と変わりません。危機管理能力が高いから長寿なんですよ。貴方と喜んで闘うような人間なら、とっくに早死にしてます」

「え〜? そこまでボクを評価してくれるのぉ?」

「ええ。手合わせするまでもなく、貴方の方が優れていますよ」


ダンッ!と勢い良く椅子を床に戻して、イーノは立ち上がった。


「何でも良いから闘おう!」

「……」


――衝突は避けられないらしい。


「闘えば、本当に私の邪魔をしないで頂けるんですね?」

「うん! 何なら国家転覆、手伝っても良いよ!」


「それは結構です」と用意していたかのように返し、ノミュラスは続けてイーノの顔の前に手を広げ、一本ずつ折っていく。


「命を懸けない。身体を失わせない。他人を巻き込まない。他人に目撃されるのは論外。以上が条件です」

「うんうん! いい場所知ってるよ!」

「全部守れますか?」

「守る守る!」


あまりに軽いノリに、約束の有効性を疑ってしまうが、今は信用するしかない。


「付いてきて!」


ノミュラスは、「主(あるじ)が見ていたら心配させてしまうだろうな」と考えながら、王国最強魔導士(イーノ・フェスレ)の背中を追った。


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