第3話中編 温室の中の故郷
昼休み中の図書館は、相変わらず人が少ない。以前トラーンから聞いた「ここには物語の類は置いていないから」という言葉が自然と思い起こされる。
「ルティエちゃん! また会えて嬉しいよ!」
入り口に一番近い席に控えていたトラーンは、いつも以上に笑顔を輝かせ、入館したルティエに声を掛けた。
「何だかご機嫌だね」
「えへへ〜分かる〜? うちの省に過去最大の予算が割り振られてね、さっきまで職場の人たちと喜びを分かち合ってたんだ〜」
和気あいあいとした光景を想像し――少しだけ心を和ませたルティエは、返却用の本を机の上に置いて席に着く。
「あ。そうだ、ルティエちゃん。今朝の閣議で外務大臣の様子がいつもと違ってたけど……どうかしたの?」
「……っ」
ルティエは外務省にいた時よりも気を引き締めた。クズ豚から“魔法の痕跡”は消してあっても、トラーンの“異様に鋭い勘”は抑えられない。
「そうだね〜。最近は朝イチで登庁してたし――」
ルティエは用事のある時にしか出勤しないが、主人より遅く出勤するなど許されないので、外務大臣は毎日誰よりも早く登庁していた。
「――職員を気分次第で虐めないし、部下の手柄を横取りしないし、労うし……心を入れ替えて真人間になったって省内でも大評判だよ」
「そこまで行くと、もう別人だね……。一体何があったんだろう……」
「良い変化なんだから、細かいことは気にしなくて良いんじゃない?」
「うん……」
考え込むトラーンを見て、ケンティカのようには煙に巻かれてくれないと悟ったルティエは、話題の転換を試みる。
「そういえば、さっき外務省で軍の総司令官を見掛けたんだけど、トラーンは知り合いだよね? どういう方なの?」
「ルティエちゃんって、ああいう人が好みなんだ」
「そういう意味で聞いてないよ。ほら、有名人でしょ?」
――軍総司令官グゥヤ。軍高官の家に生まれながらも、軍の腐敗の原因となっていた司令官級の将校を追い出し、代わりに若い兵士の待遇を向上させるなどして現役の軍人からの人望が厚い。
更には軍の行事や進軍のニュースでもお馴染みの存在で、涼やかな外見が相まって王都民からの支持も絶大である――というのが調べて分かる情報だ。
「グゥヤさんのことなら、僕よりも外務大臣に聞いたほうが良いよ。彼らは幼馴染みで学校の同期だから」
「さん付けで呼ぶなんて、トラーンだって親しいんじゃないの?」
積極的に話そうとしないので突っつくと、渋々――本当に渋々と話し出す。
「それは……兄様の関係で、子供の頃から家に来ていたから」
「軍人として?」
「うん」
重要な戦力であるイーノ・フェスレが軍から目をかけられていたとしても何ら不思議はない。しかしイーノの入省は11歳。確かに早いかもしれないが、法律の上で働けない訳ではない。わざわざ子供と言うほどの年齢だろうか――などとルティエが考えていると、トラーンが控えめな声量で話し始める。
「……これは非公表なんだけど、兄様は6歳になる少し前から軍所属の特別魔導士として戦場に駆り出されていたんだ。中でもグゥヤさんの部隊に組み込まれることが多くて、それで」
――年端もいかない子供を戦場に送る。いくら魔法の才が突出していたからとはいえ、人道的とは思えない采配だった。
ルティエの表情から考えていることを読み取ったトラーンは、それに沿って語っていく。
「だから兄様は、命を懸ける、奪うって感覚が麻痺しちゃってるんだ。……麻痺させたと、言うべきか。グゥヤさんは気を遣ってくれていたみたいだけど……初めての出征後は何日も引き籠もってたよ。外で遊ぶのが何よりも好きだった兄様が」
震える手が乗せられた本の表紙に、幼き日の兄弟の姿を見たルティエは――ふと、豚が「魔法を誰ひとり使えない世界が良い」と言うのは、魔法大臣のような“力を持ちすぎる者”を想定しているのではないかと思った。
――持たざる者とは別の苦労を、彼らもしてきたのだろうか。
まるでルティエの考えに被せるように、トラーンは続ける。
「兄様は生き方を“選ばせて貰えなかった”から。僕には力は隠しておくように、いつも言ってた。けど……僕も兄様だけに背負わせたくなくて。国の――兄様の役に立とうと頑張っていたら、結局大臣にまでなっちゃった」
そう言って、外套に付けられた文部省のマークを示した。
「仲が良いんだね」
「たった二人の兄弟だから」
ルティエは「羨ましい」と声に出そうとして止めた。――兄と姉が血に濡れるから。
「あ……ゴメン。これじゃグゥヤさんじゃなくて、兄様の話だよね」
「ううん。勉強になったよ」
トラーンはホッとした様子を見せたかと思うと――手のひらをギュッと握りしめ、覚悟を決めたような表情になった。
「それでね、ルティエちゃん。次に会えたら言おうと思ってたんだけど……」
目を閉じ、スゥ〜と息を吸ったトラーンは――
「君に見せたいものがあるんだ! 今度の休日、一緒に遊びに行かない!?」
と、用意していたセリフを早口で言い切り――チラリと片目を開けてルティエの反応を窺った。――真顔だった。
「どこに?」
良いとも悪いとも言われず、質問を質問で返されたトラーンは、弱気になって声を小さくする。
「その……植物園。まだ行ったことないでしょ? 半年間の改修工事が終わったのが昨日だから……」
――朝刊にそんな記事があったような気がする。
「ダメ……かな?」
「ううん。行きたい」
トラーンの周りにパァッと花が舞った。
「断るのも不自然だし」と、ルティエは頭の中で言い訳するが――素性がバレないよう気を付けさえすれば役立つ情報を得られるので、トラーンと会うこと自体を悪くないと思い始めていた。
「わぁ〜楽しみだなぁ! 僕、人と遊びに行くなんて初めて!」
口にしてから慌てて「兄様とはよく行くんだけどね!」と補足するトラーンに、ルティエは悪気なく切り込む。
「トラーンって友達いないの?」
「……っ」
居た堪れなさそうに俯向くのを見て、ルティエは初めて無神経な発言をしたことに気付いた。謝ろうとした瞬間に、トラーンがぽつりぽつり語り出す。
「……僕、人より早く学校を修了して、文部省に入ったでしょ? それで同世代の子と話す機会が極端に少なかったんだ。大臣になってからは皆から気を使われちゃうし……かと言って気にせず話し掛けて来るような子とは話が合わなくて」
恥じるような、悔いるような、怯えたような目が、愛おしげにルティエを見つめる。
「だから君と知り合えて嬉しい」
その瞳の中でルティエは、トラーンの話を整理していた。
――つまり『明らかに余所者で同年代』の私が、それなりに『高度な本を読んでいた』から、目を付けたということか。
外の人間を都合良く使うという点ではクズ豚とやっていることが変わらないが、特に不快に感じないのは悪意がないからだろうか。
何にせよ馬鹿な男だ。こちらだって利用することしか考えていないのに。
「…………私も、トラーンと話してると楽しいよ」
「本当に!? えへへ……今度の休日はいっぱい話そうね!」
標的の屈託のない笑顔にチクリと痛んだ胸の理由を、ルティエは考えないようにした。
◇◇◇
「デートォ!?」
「違う。うるさい。大声を出さなくても聞こえる」
ペチンとビンタされ、反射的に「ありがとうございます」と礼を言った豚は、その口で「どちらへ行かれるんですか?」と尋ねる。主が「次は軍を落とす」と言い出したことよりも、そちらの方が重要に思えたからだ。
「植物園って言ってた」
「植物園……ですか」
「私に見せたいものがあるんだって。何だろう、少し楽しみ」
荷物を片付ける主人が柔和に笑うのを見て、ノミュラスは愕然とする。
「まさか主、文部大臣を――」
「違う」
「――魔法を使わず豚として飼おうとしているんじゃ!?」
ガクッとバランスを崩すルティエに目もくれず、豚の口からは商売敵……構って貰う回数……などの言葉が飛び出していた。
「もー、せめて愛とか恋とか言ってよ」
「あ。主も“そういうの”に興味があったんですか。お年頃ですね〜」
「……そんな反応をさせるために指摘した訳じゃない」
ニヤニヤと笑う豚の横を素通りして椅子に座ったルティエは、不機嫌そうに頬杖をつき、壁の方を見て言う。
「人並みの幸せなんて欲しくないよ」
「復讐一辺倒の硬派な主も好きですが、幸せはいくつ追いかけても良いんですよ?」
より一層生暖かい目を向けてくる豚に、ルティエはフッと笑い掛けた。
「本当にいいの? 私が“そんなの”に目覚めたら、豚のことなんて捨てちゃうよ?」
「ひぃぃっ!! ペットは最後まで責任を持って飼いましょう!!」
心の底から怯えた豚は、高速でルティエの足元に縋り付き、「すみません」「お許しください」「捨てないでください」と謝罪と哀願の言葉を繰り返す。
「私に豚を飼う義務があるように、豚には捨てられないように努力する義務があるんだよ」
と言って足を差し出されたので、豚は眼前の靴下に手をかけ――一瞬だけ手を止めた。
「主。今の本音を言って良いですか?」
「どうぞ」
「……やっぱり止めておきます。んっ、今日は一段と……っ」
言い終わる前に爪先を口へ押し込まれ、豚は歯を当てないことだけに神経を注ぐ。
「そうだ、豚。軍総司令官対策を考えておいて。クズ豚と幼馴染みらしいから、使えばいつでも誘き寄せられると思う。情報少ないけどやれる?」
「ふぁい。……ひゃれまふ」
「大した自信だね。任せたよ」
◇◇◇
翌朝。最後の代休を消化しているというタキアがノミュラスの元を訪れていた。
「先生、見ていてください……共鳴する大地!」
触れた床から魔力が走り、テーブルの下の床板が局所的に揺れる。その様子を見てノミュラスは拍手し、タキアはドヤ顔で胸を張った。
「完璧です。頑張りましたねぇ」
「次はどうすれば良いですか!?」
「あとは威力を高めるだけなので、外で実践ですね」
「よ〜し! 頑張るぞ〜!」と気合を入れるタキアに、師は目を細める。
「タキアくんは努力家ですね」
「どうでしょう。好きなことに対してだけですし、結果が付いてこない努力なんて無意味だと思いますけど」
「皮肉屋ですねぇ」
「ヘヘッ、学生時代は好きな女の子から『卑屈すぎる』ってフラれました。こんなんだから未だに童貞なんですよ」
この国における『男性の純潔は無価値』という価値観が、他の分野で培ったタキアの卑屈さ――自信の喪失に拍車をかけていた。
「過去はともかく……今は仕事が忙しくて、相性の良い女性に出会えていないだけじゃないですか?」
「職場の先輩同期には彼女がいるんだから、言い訳になりませんよ」
残業中に「仕事が終わったら彼女と会うんだ」だの「彼女に会えると思うと頑張れちゃうな」だのと浮つく同期を思い浮かべ、タキアは苦虫を噛み潰したような顔をした。
「はぁ〜俺も先生くらい顔が良ければ、こんな中身でもモテたのかな〜。どうです? やっぱり選り取り見取りの人生でしたか?」
自嘲的に片頬を吊り上げるタキアに、ノミュラスは今までの人生をザッと振り返って結論だけ述べる。
「選り取り見取りかどうかは分かりませんが、私もタキアくんと同じですよ」
「えぇっ!? その顔で!? 何で……」
タキアは邪推するが――そこまで頭の回転が速くないので、2つほど仮説を立てたところでノミュラス先生の答え合わせが始まった。
「第一に生殖に興味がないというのがありますし、貞操と共に、私にとって数少ない罵り文句を喪失することになるので……捨てるには惜しいですよね」
「なるほど? 俺もドMなら人生楽しかったのかなぁ。顔面とか短足とか欠点だらけだし……ハハ」
ノミュラスはニコリと微笑む。
「薄毛なのも高得点ですよね」
「まだ充分に生え揃っていますよ!?」
宿屋の主人は禿げていた。
「私、今から外に出ますけど、一緒に空き地に行きますか? 少しでしたら付き合えます」
「用事があったんですか」
「はい。植物園に」
◇◇◇
タキアに外での特訓法を指南した後、ノミュラスは大通りを40分ほど歩いて王宮の前まで来た。
「……」
目的は、王宮内にある植物園の下調べだ。
◇
入園してすぐに、頭を覆っていたフードを外す。営業を再開して間もない筈だが、特段賑わう訳でもなく――見える範囲で、客らしき人間は数人しか見当たらなかった。
(特に危険な仕掛け等は無さそうですね)
順路通りに各部屋を隅々まで調べ、“自分たちにとっての安全”確認をしていく。罠どころか、入り口以外に警備員が配置されていないので、こんなに不用心な施設が宮殿の目と鼻の先にあって良いのかと、余計な心配までさせられた。
◇
最後の一部屋を残し確認作業を終えたノミュラスは、改めてガラスに囲まれた室内を眺める。
設置された魔法装置が各部屋の温度と湿度を調節しており、異なる気候で育つ草木に適した環境を作り出していた。ノミュラスは魔導士として、その技術に感心せざるを得ない。
(これだけでも一見の価値はありますが……文部大臣が主に見せたいものって何のことでしょう)
答えの出ない考え事をしながら、ノミュラスは出口に最も近い『大陸北東部』という札が掛けられた部屋に入り――目に飛び込んできた光景に息を呑む。
「……ッ!」
中央に植えられている大樹の傍らで、頭上の枝葉を眺める銀色の髪の少女。その中に――ここにいる筈のない人間の姿を重ねたノミュラスは――息をするのを忘れていた。
――時間が、止まっていたのかと思った。
見知らぬ男の視線に気付いた少女は、その無礼を、鈴を振るような声で咎める。
「何を見ている」
「……失礼しました。知っている人間によく似ていて」
去らずに近付いてくるノミュラスを、お返しとばかりにジッと見つめ返してから、少女は問い掛ける。
「子供が好きか?」
「好きですけど……」
キョロキョロと周囲を見渡して、無表情で溜め息を吐く。
「弱った。ここには憲兵がいない」
「誤解です! “そういう好き”ではないです!」
ほんの少し口角が上がったことで、少女が自分で仕掛けた冗談を楽しんでいるのが分かった。今度はノミュラスが少女の視線に気付き、自らの髪に触れた。
「ここでは王族の髪の色らしいですね。私は平民ですが……」
「瞳の色は違う」
視線が隠している右目に移っていたのに気付いたが、見せることはせず、少女に尋ねる。
「王族の方、ですよね。護衛も付けないで出歩いて宜しいのですか?」
「構わぬ」
「……親御さんが心配しますよ」
「しない」
少女はガラス越しに宮殿の方角に目をやっていた。その心中にどのような思いがあるのかは読み取れない。
「貴女は、おいくつですか?」
「いくつに見える?」
「10……くらいに見えます」
「なら、それが答えだ」
回りくどい答え方をした王族の少女に、ノミュラスは自らの主を思い出して、つい親しみを感じてしまう。
「あの、お名前を伺っても宜しいでしょうか?」
「質問が多いな」と言って、少女は出口とは反対の部屋に向けて歩き出した。そして「すみませんでした」と声のする方を少しだけ振り向く。
「名前は……シュシュだ。機会があるかは知らぬが、次に会った時は呼ぶと良い」
「ありがとうございます。気をつけてお帰りください」
少女がいなくなった後も、ノミュラスはその場から動けずにいた。
「……シュシュ」
古い系図には載っていなかった名前。見た目通り、最近生まれた子供なのだろう。魔力からもそう感じた。
「……それにしても本当に上手く再現してありますね。錯覚した原因はコレでしょうか」
故郷の草木に囲まれ、ノミュラスは一度だけ深呼吸をした。口の中で呟いた名前は、誰にも聞こえなかった。
◇◇◇
――そしてトラーンと約束した日を迎えた。
うららかな昼下がり。主人の背中のリボンを結び終えた豚は言う。
「主。この国の身分の高い男子なら使えると思いますけど、念のため宿で掛けていきますか?」
「何を?」
「避妊用の魔法を」
その間1秒足らず。振り向くルティエは太腿のホルダーから引き抜いた護身用ナイフの刃を豚の首筋に当てた。
「――死にたいらしいな」
「冗談ですっ! こんなところで誓いを破らないでくださいっ!」
「何が冗談だ。不快でしかない」
「帰ったら覚えておけ」と、忌々しげに呟いてナイフが鞘に収められる。
豚は――食らうにしても肘鉄砲くらいで、実際のところ笑い飛ばされると思っていたし、この速さで主人の雰囲気が変わるのを見たことがなかったので「年頃の女性は難しいですね……」と浅い感想を抱いた。
「気を付けてくださいね」
「もうボロは出さないよ」
「そうではなくて……」
――情が移らないか。
その一節が、二人の脳内で一致した。
「大丈夫だよ」
言いたいことが伝わっている筈なのに、「馬鹿にするな」という内容が返ってこないことが、ノミュラスには気懸かりだった。
◇◇◇
「ルティエちゃん!」
「お待たせ」
待ち合わせ場所の公園で、トラーンが手を振りながらルティエに駆け寄った。
「えへへ〜図書館の外で会うの、初めてだから新鮮。その服も初めて見るけど、流行ってるヤツだぁ」
――馬鹿にされっぱなしは癪だったので、買っておいたイマドキの服だ。
トラーン本人の私服は、人を茶化すだけあって小洒落ている。図書館で見るより背が高く感じるのは、座って話すことが多かったから――ではなく、底の厚い靴のせいだろう。
「トラーンは細いから、服、何でも似合うんだね」
「ルティエちゃんはグゥヤさんみたいに筋骨隆々な人に魅力を感じるんだもんね……」
「だから違うって」
「なのに褒めてくれてありがとう。嬉しいよ」
誤解が解けた気はしないが、何度も否定するのは面倒だし些事には違いないので、ルティエは気にするのをやめた。
「ねぇ、ルティエちゃん。もうご飯食べた? まだなら食べに行こう!」
と、トラーンが通り沿いの格式の高そうな店を指差すので、ルティエは別の方向にある屋台を指差す。
「私、あっちがいい」
予定が狂ったらしいトラーンは、困り顔で軌道修正しようとする。
「あのお店、美味しいんだよ。お金のことなら、僕が出すから気にしなくていいし」
「あっちがいいの」
ここでトラーンは、事前に読み込んだ本の「高級店ではテーブルマナー等で粗相をしないかを気にしてしまい楽しめない」という一文を思い出し、「またやってしまった」と悄気た。
なお、ルティエが頑なに屋台に拘る理由だが――実際は本の内容と真逆である。
これは何度も矯正しようとしたし、豚から幾度となくからかわれているのだが――ルティエは普通に食事をしているつもりでも“お上品”に“召し上がって”しまう為、人前で凝った料理を食べることを避けていた。
まして初対面時に顔の造形と仕草だけで「高貴な生まれ」という予想をしてくる男に見せられるはずもない。
「文字の癖などと同じで、身体に染み付いた作法というのは易々と消せないものだ」と思い知らされているルティエだった。
「僕、買ってくるよ。何が良い?」
「手掴みで食べられるヤツ」
◇
「はい、どうぞ」
「ありがとう。お代は?」
「いいよいいよ。ご馳走させて」
注文通りの“手掴みで食べられる軽食”を受け取ったルティエは、トラーンと並んでベンチに腰掛ける。
モグモグと咀嚼しながら、ボンヤリと視界に入ったのは、屋台の脇で売られている新聞。一面の大見出しは――軍の躍進について。
「トラーンって……侵略についてはどう思ってるの?」
侵略という表現から、“外の人間”から“大臣”への質問だと解釈したトラーンは、その奥にある意図を汲み取って答える。
「……仕方ないよね。領土拡大は王の方針なんだから」
目を合わせずに言ったトラーンの顔を、ルティエは覗かなかった。
「相容れない主張と主張……既存の“正義”と“正義”がぶつかるのが争いなんだから、当事者にすら介入する余地はないんだよ。『車輪は回り出したら、推力を失うまで止まらない』」
偉人の名言だか諺だかが引用されたその答えは、普通の人間が聞いたら「意味が分からない」と一蹴されてしまう程度には抽象的だった。しかし、ルティエにはきちんと真意が伝わっていた。
「全ては起こるべくして起こり、終わるべくして終わる――トラーンの立場は“傍観者”なんだね」
「うん。だからって、無関係だなんて言うつもりはないよ。僕はこの国の人間で……大臣だから」
これから友人になろうという人間に答える内容ではないことは、トラーンも承知しているらしい。その証拠に声が震えている。
「ルティエちゃんは、王国のやり方が嫌いなんだね」
「……強引だとは思う。ここに来るまで、虐げられた人たちを見てきたから」
「そっか。……ゴメンね、謝れなくて」
非公式とはいえ、文部大臣の立場にある者が侵略を認めて謝罪する訳にはいかない――それは、妙なところだけ真面目なトラーンの判断だった。
「謝れないのを謝られたって困るよ」
「そうだよね。けど、伝えておきたかったんだ」
「……トラーンって、嘘が吐けないでしょ」
「うん」
トラーンに友人がいない理由は環境だけではなく、この性格にもあるに違いなかった。
本心を隠さずに他人と付き合うなど不可能だ。こうして必ず衝突が起きる。けれど――
「自分を偽らずに生きられるのは、凄いと思うし……羨ましい」
「ルティエちゃんは偽ってるの?」
「私だけじゃない。全てをさらけ出せる人間なんていないよ」
「寂しいね」
また馬鹿にされたのかと思い、言い返そうとすると――
「僕は全てを知りたくて何万冊の本を読み漁るけど、出会う人の数だけ知りようのない真実が増えるだなんて」
――星を掴むような話をされた。
「……知らない方が良いことだって、沢山あるよ」
「それでも僕は知りたい」
「勇気があるね」と言い、ルティエは空になった包み紙をクシャクシャに丸めてからゴミ箱に向かった。
◇◇
それから――トラーンの行きつけの仕立て屋や本屋などを経由して、植物園に辿り着いた。
「本当に王宮の中にあるんだ……」
結界の1つや2つは張ってあるのだろうが、宮殿の――庭を挟んだ先が植物園という立地は、ルティエの目には些か不用心に映る。
「74年前に建てられたんだよ。結構歴史があるでしょ。大規模改修も今年で10回目。管理は文部省でやってるんだ」
磨き抜かれた天井のガラスが、陽の光をより美しく建物内に誘っていた。そこに様々な草や花の混じり合った匂いが加わり、非日常感を演出している。
「見たことがない花が沢山ある」
「色んな地方の苗や種を採取してきて、ここで育ててるんだ。魔法で各地の気候を再現してるんだよ」
「へぇ〜」
この技術があれば、野菜や畜産物の安定供給も可能だろう――などと考えて装置を眺めていると、急に手を引かれた。
「それでね、これが見せたかった部屋!」
順路でいうと最初から2番目の『大陸中北部』という札の掛かった部屋まで案内される。入った瞬間、ルティエは目眩を覚えた。
「――っ、これ……」
「覚えていなくても、ルティエちゃんのルーツの筈だから、懐かしい感じくらいはするんじゃないかと思って」
故郷の風景を切り取ったかのような空間。失ったはずの時間が、そこには在った。
――城の庭に咲き乱れていた花の色。母上と摘んだ花。姉上と水遊びをした時の、千切って浮かべた花弁の柔らかさ。父上に渡した花。兄や使用人と追いかけっこをした昼の香り。
祖国を亡くしてから、復讐と絡みつくことなく、家族との記憶を呼び起こしたのは初めてだった。
「……」
言葉を失うルティエを一人にして、トラーンは部屋の端にあるベンチに腰掛けた。気が済むまで佇んでから、促される訳でもなく、ルティエはその隣に座る。
「……私は、孤児になってすぐに養父に引き取られたの」
胸から溢れた分の想い出を吐き出すように、ポツリポツリと、ときたま真実を混じえて半生を語る。時折相槌を打ちながら、トラーンは深く聞き入っていた。
◇
一通り話が済んだ頃には、温室が夕焼け色に染まり始めていた。天井の梁の濃い影が、二人の間にも落ちる。
「……トラーンは、どうして図書館で私に声を掛けたの?」
ルティエがしてしまった――する必要はないと思っていた質問に、トラーンは予想通りの答えを返す。
「友達になれるって思ったから。僕の勘はよく当たるんだ」
「そう」
――その勘は、きっと外れる。外すことになる。
「勘違いだ」と突き放すのなら、これが最後の機会であることを、ルティエは理解していた。
「……」
「実はね、もう一つ見せたいものがあるんだ」
靴先を見つめるルティエに背を向けるようにして、トラーンは懐から小さな箱を取り出した。
「……? 何それ」
「見ててね」
小さなレンズが嵌まっているそれを、腕を伸ばして正面に掲げる。「もう少し近付いて」と、肩を抱き寄せられたルティエが不思議そうに箱を注視していると――レンズの周囲が僅かに発光し――それが合図だったのか、トラーンは今日の日付と滞在地を口にした。それからパッと離れて、膝の上でカチカチと箱を弄り始めるのを、ルティエはただ眺めていた。
「……よし、出来た」
「結局何なの?」と訴えるルティエの視線に「ごめん」と詫びるようにはにかみ、トラーンは手のひらに乗せた箱を示した。
「これは魔法研究所で開発してる道具の試作品で、兄様から貰ったんだ。映像記録魔法装置って言うらしいんだけど……」
そこまで説明したところで、レンズから縮小された『先程までにこの場で起きていた光景』が立体的に浮かび出し、音声も一言一句違わず再生される。「説明するより見せた方が早い」というトラーンの思惑通り、視覚による衝撃は道具の特性をルティエに伝えるのに非常に効果的だった。
「凄い……」
「僕の魔力だとこれが限界なんだけど、魔力を注げば注ぐほど鮮明な映像を長時間残せるんだって」
こんな技術を見せられては、誰だって「この世に不可能はない」と思えてしまうことだろう。魔法に夢中になる人たちの気持ちが、ルティエにも理解出来た気がした。
「これ、ルティエちゃんにあげる!」
「いいの?」
「今日のこと、何度でも思い出して欲しいから」
そんな理由で手渡された小箱を、細い指で強く握り締める。
――思い出したら辛くなるだろうから、一刻も早く忘れてしまいたい。
「……ありがとう。今日、楽しかった」
――復讐を忘れる時間があまりにも長くて怖かった。
「僕も! また来ようね!」
――そんな目で見ないで欲しい。もう覗こうとしないで欲しい。
「うん」
嘘を吐くのには慣れているが、この時ばかりは自分がどんな表情を作れているのか分からなかったルティエは――日が落ちきって、辺りが夕闇に染まっていれば良かったのに、と、思った。
◇◇◇
――植物園から帰ってきてから、主が塞ぎ込んでいる。
昼間の失態へのお仕置きを期待していた豚は、拍子抜け……もとい心配していた。
何かあったのかと聞いても「何もない」
机に置いた物が何かと聞いても「貰った」
触っていいかと聞いたら「うん」
触ってみたら、わぁ〜凄い技術〜。
「と言うか、近い近い近いですよ文部大臣! ひょっとして何かされたんじゃ……」
「……豚」
ベッドに座る主人が俯いたまま呼ぶので、胸騒ぎを感じながらも豚は近寄っていく。小声で話しても届く範囲にその気配を感じ、ルティエは口を開いた。
「……私ね、怖いの。時々やって来る、復讐を忘れる瞬間が」
図書館の香り、夜風を切る馬車、故郷の花畑。どれも王都に来てから、ルティエにとって心が安らいだ瞬間にして心が凍った瞬間でもある。
一時だろうと復讐を忘れるということは――愛する家族への裏切りであり、自分の存在理由を失うことと同義。彼女はそう考えている。
「復讐を終えたからって家族を笑って思い出せるようになるかは分からない。復讐を終えるまでに何を失うかは分からない。――じゃあ、命以外の全てと引き換えに終わった復讐の後で、心から家族が、大事な思い出が消えてしまったら、私の中には何が残るの?」
縋るように自身を見上げるルティエに、ノミュラスは彼女が主人になる前の、力を貸して欲しいと言った時の少女の姿を見ていた。そして、意味のない質問には答えずに、主人の真意を汲み取って言う。
「――文部大臣を堕としたくありませんか」
敢えて言葉にしなかった『結論』を言い当てられ、ルティエは即座に『反論』する。
「……っ、そんなの許されない。私は、私の復讐の為に何を犠牲にしてもこの国を落とすって決めたの。クズ豚も色豚も堕としたんだから、他の閣僚だって堕とす。もう後戻りは出来ない。例外なんて作らないよ」
「自分で自分を追い詰めるのは感心しませんよ。もっと建設的な……」
豚の求めてもいない助言を掻き消すように、ルティエは両手で髪を掻き乱して叫ぶ。
「嫌なのッ! 王国に奪われたものを、怒りを、忘れてなんかいない。けど、その王国で、物事を楽しむ自分が……王国の人間に心を許す自分が許せない!……こんなの、私じゃない。カドゥリエ王国の王女じゃない……っ!」
――覚悟が足りないから甘えが生まれる。
――だから情を移すなと言ったじゃないか。
――お前は犠牲になった大勢よりも、たった一人を取るような人間なのか。
豚が欲しい言葉の一つもくれそうにないから、ルティエの頭の中は自分の声だけでいっぱいになっていた。言葉が感情と混じり渦を巻いて、呪いのように視界を暗くする。
「……ぅ……っ」
涙を流し、噛み締めた唇の隙間から呻き声を漏らす主人を慰めようとはせずに、ノミュラスは普段と変わらない調子で話す。
「過去よりも現在を、死んだ人間よりも生きている人間を優先したくなるのは当たり前です。主は生きているんですから」
「っ……ふざけたことを言ってると、怒るよ」
「どうぞ」と言わんばかりに豚は話を続ける。
「肉親や祖国の人々に申し訳が立たないと思っていらっしゃるのでしょうが――死んだ人間は許しもしませんし、責めもしません。復讐なんて、自分の責任でやるものです」
「…………豚も『復讐は何も生まない』って言うの?」
ルティエは『言われた時に最も腹が立つ言葉』を口にして嗤った。充血した目が淀み、傷付いた唇が歪んで、乱れた髪の毛が広がる。それでも美しい主人に、豚は優しく微笑む。
「いいえ。復讐は何も生まないかも知れませんが、すると多少はスッキリしますから」
「何それ……」
肯定しようものなら「二度と口答えしようと思えない程のお仕置きをしてやる」と決めていたルティエは、豚の口から飛び出た予想外の理屈に、思わず吹き出していた。
ノミュラスは主人の向かい側のベッドに座り、正面から目を合わせる。
「逆に言えば、責任を負えるのであれば復讐の過程は自由です。文部大臣を堕とさずに済む方法を考えましょう」
「っ……でも……危ないよ。勘が良いし、魔法大臣が身内だし……」
「それでも現状は上手くやれています。最長でもあと数か月、同じようにするだけです。難しい話ではありません」
「……」
ルティエは手櫛で髪を簡単に整えながら、短い考え事をした。
「……本当に良いの? トラーンを危険視してたのは豚だよ?」
「はい。率直に申し上げて、私にとっての文部大臣は『事情を知らない癖に主を撹乱する悪い人』です。それにあの手の人種に良い思い出がないので、私怨も入っています。……ですが、最近の楽しそうな主を見せてくれたことに感謝する気持ちもあります」
ノミュラスは、麓の町で他の子供に合わせて遊ぶルティエの姿を思い出していた。生まれも育ちも教養も違う、年が近いだけの友人たちが、ルティエに真の信頼や安心を与えていたとは思っていない。欲しているのを知ったからと言って、用意してやれるものでもなかった。
「勿論、堕とした方が安全です。けれど、失ったものを取り戻すのに、また大切なものを失っていたらキリがないじゃないですか」
「……」
ルティエは何も言えなくなっていた。この短時間に、言いたかった言葉、考えたくなかった言葉、聞きたくなかった言葉、欲しかった言葉の全てを言われてしまったから。
「……計画、考え直しておく」
計画の変更を告げるルティエの表情は、年相応の少女のものだった。
◇◇◇
一夜明け――空のカップと地図が乗せられたテーブルを挟んで、対軍部の作戦会議が行われていた。ルティエは地図の上に何も書かれていない紙を重ねる。
「さぁて、軍総司令官殿とどうやって『お話』しようか」
今回の作戦の目標も、服従魔法を使って標的を支配下に置くことだ。その為には直接――可能なら部外者抜きで『話し合う』必要がある。
しかし外務大臣の証言通り、グゥヤは王都にいる間は警備の厳重な自宅――馬車――職場の往復しかしない。調査した豚曰く、外出することがあっても場所や日時に規則性は見出だせないらしい。
それを考慮した上で入り込む余地があるのは『職場』であり、それもこちらから誘き出すよりは、『招いて貰う』方が易いだろう――とルティエは考えていた。
「総司令官は現場に立たれるのがお好きなようですね」
「今の現場は本部だろうけどね。フフ」
クズ豚によると、次月の予算に合わせて出兵計画の見直しを迫られた軍部は今、大変なことになっているらしい。
「そういうことを言っているのではなくて」「分かってるよ」と軽口を叩いた後、ルティエはペン先で机をトンと叩く。
「私たちが作れて、軍総司令官が出たくなるような“現場”……となると……国を揺るがすような、部下に処理させたくない……あー、上手く言語化出来ない」
「“未然の重大犯罪に対する尋問”でしょうか」
「それ」
自分の言葉をそのまま紙に書き込む主人に「主、お茶を飲まれます?」と尋ねて「飲む」という返事を受け取った後、ノミュラスは茶を沸かしに立った。ルティエは書いたばかりの文字を指でなぞる。
「過去の事例を見ても、こういった類の犯罪は秘密裏に処理されてるし――」
王に楯突く人間を見せしめにして殺すよりも、「王に反感を抱く人間など居ない」という事実を強調したいのだろう。この国では建国以来、『反逆罪』で処刑された者はいない。
当然、ここ数年でも反乱が鎮圧された話や革命組織が潰された話は聞くので、単に罪状が当て嵌められていないだけだ。
そして――それらを報じるどの記事にも総司令官の名前が載っていることを、ルティエは見逃していなかった。
「首謀者の処分は総司令官殿の仕事だろうねぇ。――まったく、奴の責任感の強い性格と現場主義には助けられる」
ポットを片手に戻ってきた豚は、主人のカップを手前に寄せながら言う。
「尋問されるにしても出来れば2人で捕まりたいですね。この国の結界技術は高水準ですから、私でも外から合流するのは難しいです」
今回も囮役はルティエになるだろうが、相手が現役の軍人という性質上、力と力の勝負に持ち込まれてしまっては敵わない。今まで以上に豚の魔法が必要だった。
「2人まとめて、部下に尋問させられない重大犯罪……」
紙に要点をまとめたルティエは、ペン先でトントンと紙をつつき、集中力を高める。カップに淹れたてのお茶が注がれ、独特な茶葉の香りが立った。
「『王や閣僚を暗殺して国家転覆を狙う反逆者』ってのはどう?」
「殆どそのままじゃないですか」
「ワハハハッ」
ルティエは腹を抱えて笑った。真面目な話ばかりしていた前日の反動なのか、本日のルティエの笑いの沸点は低い。
「でしたら『国家転覆を企てる武装集団』の方が良いですよ。それなら拠点を吐くまでは消されない筈です」
「あっ、それいただき」
ルティエはメモを書き足し、採用が決定した項をグルグルと丸で囲んだ。
「それでも、2人揃って捕まるかは賭けみたいなところが有りますね」
「うーん、クズ豚にどれだけの信頼があるか分からないけど、『揃って捕まえるべき』って忠告させてみるか。いや……口だけは使える男だから、捕まえさせよう」
邪悪な笑みは「失敗した時」の仕打ちを想像させるのに充分だった。
一先ず考えがまとまったルティエは、ペンを動かす手を止める。
「尋問場所ってやっぱり本部かな?」
ノミュラスは「失礼します」と言って、ルティエが書き込んでいた紙をどけて、下の地図を示す。
「王都と周辺を調査した結果、印の箇所が軍の施設と判明しています。使われるのは、この中のいずれかでしょう」
公にされている支部や砦の他に――住宅街や商業地域の中にも印があった。
「これも軍の施設なの?」
「はい。軍人による頻回の出入りを確認しています」
「豚は優秀だなぁ」
「それほどでも」と、豚はメモを折り畳みながら謙遜した。
「まぁ、どこだろうと事前に準備出来ることなんて限られているんだけどね」
「違いありません」
ワハハと笑う主人に、豚もつられて笑った。努力の成果を役に立たない情報扱いされるのが、少し気持ち良かったからかもしれない。
「これは頭に入れておくくらいで良いね」
そう言ってルティエは立ち上がり、制服が掛けてある方に向かう。
「じゃあ、今からクズ豚に命令してくる」
と、服を1枚脱いだところで何かを思い付いたのか、ルティエは必要もないのに豚に耳打ちする。
「総司令官を堕とす時だけど……」
ゴニョゴニョと耳元で伝達された計画を――聞き終えた豚は、慌てて主人の顔を見た。
「えぇっ!? 多分出来ますけど……取り返しがつきませんよ? 本当に宜しいんですか?」
「……彼も本望でしょ」
「そんな……。私なら失意のあまり寝込みます」
自分でも興奮出来ない程の仕打ちをされる人間を思い、豚は心の中で哀悼の意を表した。
◇◇◇
急遽出勤したルティエは、外務大臣に要件を伝えた後、通信魔法装置で財務大臣を呼び出させた。
「ご機嫌麗しゅう御座います!」
凄まじい早さで馳せ参じた財務大臣は、主人への挨拶を済ませた後、ほくそ笑んで部屋の主にも声を掛ける。
「外務大臣も、ご機嫌よう」
「……ご機嫌よう。財務大臣殿」
何年も求め続けていた挨拶を返す外務大臣を見て、はあぁ〜と感嘆の溜め息を吐いた。
「いやぁ〜気持ちが良いですね! 噂を聞いた瞬間にご主人様の御所業だと直感いたしました! 私、ご主人様の豚になれて本当に良かったです!」
「良い性格をしているな」
「お褒めにあずかり光栄ですっ」「褒めていない」という定番のやり取りをしてから、財務大臣は報告を開始する。
「来月も自然に予算を下げられるよう、王都外の税率をこっそり下げておきましたっ」
「良い判断だな」
「それに裏奴隷取引の縮小も好調でございますっ」
「そうか。引き続き頼む」
「それで……その……」
何かを言いたそうにしている財務大臣を見て、ルティエは要求を察した。
「ああ、褒美か。奇遇だな。ちょうどお前の屋敷に行こうと思っていたところだ。今晩は空けておけ」
「はっ……はい! お待ちしております!」
◇◇◇
主人と財務大臣が退室してすぐ――通信魔法装置に手を当てた外務大臣は“仕事”を始める。
「俺だ。話がある」




