↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
姫と豚  作者: シブキ
14/15

エピローグⅡ 流れる時の中で


「暑い……はぁ〜風熱複合魔法の真骨頂ですねぇ」


顔の周りに魔法で冷風をまとわせても、赤らんだ顔は戻らない。ノミュラスはブツブツとうわ言を漏らしながら、自国とハニノ共和国の国境を成す砂漠地帯の街道を、ひとり進んでいた。


目的はハニノの首脳との会談――ではなく、南の森の魔女に会うこと。



◇◇◇


「お会いして頂けて光栄です、サトゥオラさん」


木々の影が濃く落ちる、森の奥の一軒家。日の差さない室内には、古い薬草と煙草の匂いが幾重にも染みついていた。その奥で、ノミュラスと向き合う銀髪の美女こそ――ハニノの森の大魔導士、サトゥオラだった。


「政府経由で連絡を貰った時は何事かと思ったよ。北の大魔導士様がアタシに何の用だい?」

「あ。そう並び称されていたらしいですねぇ。それで私、数年前にサトゥオラさんのことを知ったんですよ」

「アタシはアンタを昔から知っていたよ。200年くらい前に方々(ほうぼう)でヤンチャしてただろう」

「いやはや……若気の至りでお恥ずかしい限りです」

「アタシの弟子も何人かヤられてるんだよ」

「それはそれは…………申し訳ございませんでしたっ!」


床を舐める勢いのノミュラスに、サトゥオラは「顔を上げな」と苦笑した。


「良い筋してたのに、自信を失って廃業した奴も居たよ。どんな魔法を見せたのやら」

「あの時代は強い人が沢山いましたから、楽しくてつい……。当時の私に伝えたい。青田刈りは悪手だと」


武者修行の旅のさなか、怯えて逃げ去る者や、闘いの後に呆然と立ち尽くす者を、ノミュラスは「弱い」と一蹴してきた。だがそれが、別の形の強さも、次代へ繋ぐ芽も潰していたのだと気付いたのは――優れた魔法使いが目に見えて減ってからのことだった。


「それで今は……インカドゥリエって言ったかい? あの国にいるんだね」

「はい、宰相をやっています」

「急に政権がひっくり返ったと聞いていたが、アンタが噛んでたとはね」

「私は手を貸しただけで、成したのは私の主(あるじ)です。女王様です。王子も生まれて安泰です」

「へぇー。王配がいるとは知らなかった」


一言断って煙管(キセル)に火を入れたサトゥオラに、ノミュラスはあっさり返す。


「居ませんよ」

「ん? じゃあ誰の子だい?」

「主(あるじ)は教えてくださらないのですが、どうも複数人の子種を使ったかのような口振りなんですよ!」

「んん?」

「私も1週間、拘束監禁されて子種を提供させられたんですけど、妊娠が分かった時に『私の子ですか?』って聞いたら『そうなのか?』って!」

「……子作りに趣向を凝らす必要はないと思うけど」

「あれ、貞操を奪われた内に入るんですかねぇ?」

「知らないよ……好きに決めな……」

「じゃあ無効! 無効です! そもそも視覚も聴覚も遮断されていて、確かめようがありませんし!」


サトゥオラは煙を肺一杯に吸い込み、長く吐き出した。立ち昇った紫煙が消えるまでの間、彼女は何も言わなかった。


「一体、誰の子なんでしょう……そんなふしだらな女性に育てた覚えはないのに……」

「アンタくらいの血の濃さなら、子供の髪色は銀色になるはず。アンタの子かどうかは分かるだろ? 子供の髪色は?」

「銀色ですけど」

「アンタの子じゃないか」

「私の子でしたかー……」


複雑そうな顔をしたノミュラスは、すぐに眉をキリッと上げた。


「でも主(あるじ)が認めない以上、私もまた、彼の父親ではありません」

「難儀な思考回路をしているね……」


サトゥオラは眉根を寄せ、足を組んで背もたれに身を預けた。煙管を細い指で支えたまま腕を組む。


「アンタも王宮で暮らしてるんだろ? 将来、父親かって聞かれたらどうするつもりだい?」

「『生物学上は』と答えます」

「可哀想だからやめてやんな……」


燃え尽きた煙草を灰皿に落とす魔女の指先を見ながら、ノミュラスはふと尋ねた。


「サトゥオラさんにも、お子さんがいらっしゃるんですか?」

「いたよ。とうの昔にくたばってるけど。もう玄孫か来孫くらいの世代かね」

「そうなんですかー」

「二度はゴメンだが……子育ては楽しかったね。一度は経験しておいて損はない」

「分かります。私は主(あるじ)を8歳からしか育てていないので、赤子が育つのを見ていると、面白くて可愛いです」


煙を肺まで吸い込んだサトゥオラは、ゴホゴホとむせた。


「アンタの主(あるじ)って娘!?……さっきの『育てた覚えはない』って本気のヤツかい!……何だか気持ち悪いから帰んな」

「えー遥々(はるばる)来たんですから泊めてくださいよぉ」



◇


結局その晩泊まることになったノミュラスは、夕暮れになっても家主を話に付き合わせていた。


「不老長寿あるある! 生殖行為を苦痛に感じる」

「まぁ、アタシらの性欲が強いと増え過ぎてしまうからね」

「生殖に関わらない行為なら問題ないんですけどねぇ。具体的に言うと■■■■……あ、私が受け入れる側ですよ。この一点に関しては本当に、男に生まれて良かったと思っていて」

「初対面の女にそんな話をするんじゃないよ……」

「でも、女性に責めて頂くのが一番好きなんですよ。絶対数が少ないので、手軽に性欲を満たそうと思うと、どうしても男性を誘うことになるのですが……そうだ。サトゥオラさん、鞭に興味はありませんか?」

「……」


サトゥオラは煙を一つ吐いて息をついた。室内には、半日燻り続けた煙草と薬草の匂いが、いよいよ濃く澱んでいる。


「世間話をしに来た訳じゃないだろう。前置きは良いから要件を言いな」

「――時間操作魔法を教えてください」


要求に驚いた様子も見せず、魔女は続きを待つ。


「噂で聞いたんですが、来てみて確信しました。この森だけ何百年も前の魔力を放っています。理由は聞きませんけど、何度も時間を逆行させていますね」

「……アンタほどの魔導士なら、自力で編み出せるだろう」

「2年間研究して分かってしまったんです。ゼロからでは、主(あるじ)が生きている間の完成は不可能だと。第三の属性……いわゆる時空魔法。私は空間に特化して編み出したので、時間の方は偶然形になっただけで――理解が足りません」


ノミュラスはテーブルの上の籠から果物を取り、瞬く間に反対の手へ移して見せた。


「百年の猶予もないのかい。そりゃ厳しいね。それで、使い道は?」

「壊れた精神を、元の状態に戻したいんです」

「なるほどね。心は複雑過ぎて“治”せないから」


ランプの明かりが照らす室内で、銀色を写す暗紅色の瞳が、ノミュラスを見据える。


「悪いけど、出来ない相談だ。この魔法は強力すぎる。信用出来る人間にだって教える気はない」

「……」


――自分とて、転送魔法のような第三の属性が絡む術を、他人に教えようとは思わない。同じ高みに立つ魔導士だからこそ、サトゥオラの拒絶の固さが、痛いほど分かってしまった。


ランプの火が細くなり、部屋の中が一段と薄暗くなる。煙管から立つ細い煙だけが、二人の沈黙を埋めていた。

意気消沈するノミュラスに、サトゥオラはわずかに声を和らげる。


「期待させる訳じゃないが……理由を教えてみな。役に立てるかも知れないよ」

「以前……私の力不足で、主(あるじ)の友人を失わせてしまったんです。何の為に何百年も魔導士をやっていたのか分からなくなりました」

「魔法で遅れを取ったのかい。アンタが」

「イーノ・フェスレという我が国の魔法大臣で……“どちらも絶対に死なない”という条件内では勝てませんでした」

「……!」


ハニノに近い魔導士として、嫌というほど聞かされたその名前に反応する。


「友人ってのは……そのイーノ・フェスレ?」

「違います。経緯は省きますが、主(あるじ)の友人はその弟のトラーン・フェスレという、これまた我が国の文部大臣です」

「……なるほどねぇ。ソイツは大事だ」


灰を落とし、煙管を脇へ置いたサトゥオラは、俯いてふっと笑う。


「気が変わったよ。アタシが直々に治しに行ってやる」

「ほっ、本当ですか!? ありがとうございますっ!」


机に身を乗り出したノミュラスは、「座りな」と制され、腰を下ろす。


「対価は何を用意すれば宜しいですか?」

「要らないよ、ほんの気まぐれさ。久々に旅行をしたいと思っていたところだしね」

「せめて靴を舐めさせてください!」

「舐めたら、その瞬間に話をなかったことにするよ」



◇◇◇


「本当か……っ!?」


高い天井に声が反響する。インカドゥリエ王国の王宮――謁見の間。磨き上げられた石の床の冷たさを、玉座へ続く緋色の絨毯だけが、一筋断ち切っていた。豚の連れてきた訪問者に、女王は深く頭を垂れる。


「ありがとう……サトゥオラ殿」

「女王様がそんな真似をするもんじゃないよ。背筋を伸ばしな」

「王としてではなく、私個人として礼が言いたい。……本当にありがとう」


サトゥオラは若い女王に、目だけで微笑んだ。


「どうする? 身体と脳の時間も戻して、全てをなかったことにも出来るけど」

「……いや、いい。魔法の効果だけを消してくれ」


ノミュラスが、トラーンを連れて入ってくる。細かな事情を知らされていないトラーンは、困惑したまま、主人とサトゥオラへ順に頭を下げた。


「えぇと……こんにちは」

「うん。こっちにおいで」


言われるまま歩み出たトラーンの額に、サトゥオラが手を当てる。


「すぐ終わるからね」

「ん……」


ルティエが固唾を呑んで見守る中――処置は、ほんの数分で終わった。


「……終わったよ。じきに意識がはっきりしてくる」



◇


サトゥオラとノミュラスが下がった後。広間に二人だけが残された。黙したまま動かないトラーンを、ルティエはただ見つめている。

高い天井の下、衣擦れ一つしない静寂の中で、どれほどの時が過ぎただろう。――やがて、固まっていた唇が、ようやく開いた。


「ルティエ……ちゃん……」

「トラーン……!」


聞き慣れた「女王様」でも「ご主人さま」でもない、懐かしい調子で名を呼ばれて――ルティエも、思わず名を呼び返していた。


「僕……」


トラーンは、ここ数年、頭に幾重にもかかっていた靄が、晴れていくのを感じていた。


「記憶は……ある?」

「……うん」

「そう……」


ここ2年の記憶。――堕とされた日からの、記憶だ。


この場のルティエの口調は、作ったものだった。信頼を築き直したい――その願いが、無意識に幼い呼び方を選ばせている。


「……謝ったところで許されないのは分かっている。けど……ごめんなさい」

「僕を信じて貰えなかったのは少し悲しいけど……ルティエちゃんの取った手段は、目的のためなら仕方なかったと思う。僕の方こそ、何も分かってなくて、ごめんね」

「謝る必要なんて……っ」


――ようやく、豚の気持ちが分かった。理解など示さず、いっそ罵倒してくれたら、どれだけ楽だろう。

それでも、閣僚全員を豚にすると決めたあの日に、罪ごと背負っていくと決めた。その覚悟は、今も変わらない。


「……身体や記憶も“なかったこと”に出来たんだけど、そんなの虫が良すぎると思ったから……魔法だけ消して貰ったの」

「気にしないで。僕も忘れちゃいけないと思うし……ほら、せっかく伸びた身長が縮むのも嫌だったから!」


頭頂部を撫でておどけてみせる。それでもルティエの顔が晴れないのを見て――トラーンは、胸の中で一番大きな気持ちを口にした。


「助けてくれて、ありがとう」

「……っ!」


受けるべきではない感謝に、ルティエは感極まる。顔を背け、こぼれた涙を見られまいとした。


「えっ!? わっ、泣かないでっ」

「うっ……だって……全部私のせい……」

「僕、恨んでもないし、怒ってもいないよ! 魔法を掛けられても、生活自体にそこまでの影響はなかったし……」

「……」


短い沈黙を破ったのは、トラーンだった。


「また君に会えて嬉しい――その気持ちだけは信じて貰えないかな」

「……うん……私も……」


ルティエは俯いて目を瞑り、涙を払ってから顔を上げた。


「あのね、話したいことがいっぱいあるの。聞いてくれる?」

「うん! 僕もずっと知りたかったことが山程あるんだ!」


失った時間を取り戻すように、止まっていた心を溶かすように――どちらからともなく、二人は語り始める。



◇


再会の声が漏れ聞こえる大広間の外――人気のない廊下に、グズグズと鼻をすする音が響いていた。


「良かったですねぇ……! あ。私、300年前に母親が死んだ時と100年前に妹の血を洗い流している時振りに泣いてます」

「サラッと歴史的瞬間に立ち会わせるんじゃないよ。重たい過去が垣間見えるし」


中の様子を窺うノミュラスは、服の袖で涙を拭った。


「それじゃ、アタシは退散するとしようかね」

「話していかなくて良いんですか? 子孫なんでしょう?」


ノミュラスは、状況と、微かな魔力の似通いから、トラーンとサトゥオラに血の繋がりがあることを見抜いていた。


「こんな遠い血縁の婆ちゃんに話し掛けられても困るだろう。しかし……1/32の一致率しかないのに大した魔法感知力だね。アンタみたいに優秀な魔導士が付いてるなら、この国は安泰だよ」


サトゥオラはフッと笑い、ノミュラスに背を向けた。


「そうそう。いずれ姪っ子を連れて家(うち)に遊びにおいで。何か助言出来ることもあるかも知れない」


言い残し――「お見通しでしたか」という呟きを聞くより早く、魔法で姿を消す。


「あぁい」

「おや、リィン」


背後から足にしがみついてきたヨチヨチ歩きの赤ん坊。慌てて追う世話役の侍女を片手で制し、ノミュラスはその小さな体を抱き上げた。


「きゃあ〜」

「お母さんは大事な話をしているところだから、あっちで遊びましょうね。そうだ、お姉さんのところに行きましょうか。貴方が生まれた記念に植えた苗木、もう大きくなり始めたんですよ。いずれ庭に植え替えましょう。もしも兄弟が増えたら、並べて植えても良いかも知れませんね〜。それと……」


自らを抱く人間の声を聞きながら、リィンはニコニコと笑っていた。



◇


◇◇


◇◇◇


◇◇◇◇


――ずっと先の未来。


よく晴れた日の、王宮の中庭。皆で植えた苗木は、いつしか見上げるほどに育ち、幾本も並んで風にさざめいていた。その傍らには、後から植え足した若い木も、何本か枝を伸ばしている。


木陰に、銀の髪の少女が腰を下ろしていた。かつては幼子のように小柄だった身体も、今ではすっかり年相応に育っている。隣には、同じ髪色の青年。かつては見上げるほど大きかった姉と、今は少し視線を下ろして話す。


「お母さんからぼくを『宰相やお姉ちゃんの為に産んだ』って聞かされた時は『それってどうなの?』って思ったけど――」


リィンは膝に乗った本に手を置き、枝葉の隙間からこぼれる光を少しの間見上げる。


「生きてて楽しいこともいっぱいあったし、これから先もお姉ちゃんと同じ世界で生きられるから、生まれてきて良かったなって思うよ」

「リィン。余もお主が生まれてきてくれて幸せだ」


柔らかな笑みを浮かべるシュシュに、リィンは屈託なく笑い返す。その緩んだ顔が、ふと強張った。離れた場所に立つノミュラスが、いつの間にかこちらを見ていることに気付いたからだ。


「……げっ」


露骨に眉をひそめ、心底嫌そうに吐き捨てる。


「宰相は別。宰相には言ってないから。何で盗み聞きするかなぁ。これだから魔法って嫌いなんだよ。あーその顔をやめて。キモい」


にべもない言葉の数々に、ノミュラスは傷つくどころか、満ち足りた息をひとつ零した。この遠慮のない嫌悪が、これから先の途方もない歳月、変わらず自分に向けられ続けるのだ。


(主……ありがとうございます……)


「だから、その顔っ……もーっ、お姉ちゃん! 早く弟たちとトラーンくんのところに行こう!」


風が渡り、育ちきった枝が大きくしなる。空に浮かぶ銀色の雲が、東の空へ運ばれていく――


人の数だけ、物語は巡る。


TRUE END


読んでくれてありがとうございました。

あとは、もっと細かく投稿してた時代の名残のオマケの一コマ+αをまとめて終わりだと思われます。

それはそれとして、この話を投稿する前に過去編が抜けてることに気付きました。

その状態で第5話以降を読んだ人がいたら何を思ったんだろう……(連絡がなかったのが答え)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。