第63話 気候問題を考えましょう
後半に若干の残酷表現があります
苦手な方は◇の後は読み飛ばすことをお勧めします
「フォル。この国の寒冷化なんだけど」
私はアルマにお乳をあげながら、フォルに話しかけた。
フォルは、私がお乳をあげている間、ずうっとその様子を見ていたのだ。
確かにね、一生懸命飲んでるアルマは可愛いけどね。
そんなに凝視しなくてもいいと思うの。
フォルは、アルマが生まれてからの数ヶ月で、ついにカメラみたいな物を作り上げた。
すべては、愛するアルマの成長記録を作るためだけに。
授乳中はさすがに写真とらないでね、と言ってあるけど。
「ああ、寒冷化な。それがどうかしたか?」
「うんとね。前に、夢の中でお母さんと話した時に聞いて思い出したんだけど、前の世界では、何万年かに1度くらいの割合で、氷河期っていうのがあったのよ。だから、もしかしたら、この世界も氷河期みたいなものに入りかけてるのかもっていうのと、」
「まだあるのか?」
「うん。他にもね、太陽には黒点っていう、爆発の跡だったかな、なんかそういうのがあるんだけど、太陽エネルギーが低迷すると、黒点が減って、この世界への温度も下がる、とか。後はね、この世界にも火山ってある?」
「火山?あー、火竜の眠る山ならあるな」
火竜!
いきなりファンタジーきたよ!
「爆発したりする?」
「爆発っつうか、火竜が起きてる時は、溶岩も流れるし、噴煙もそれなりに上がるな。ここ最近では、50年ほど前に火竜が目覚めて……───」
ハッとしたように、フォルが私を見る。
「火竜の目覚めと寒冷化の始まり。この時期が一致するのは、ただの偶然じゃねえってことか」
「うん。普通なら、火竜が起きてるときなら熱くなりそうだけど、噴煙が、成層圏っていって、えっと……とにかく、ものすごい上空まで上がると、太陽の光を遮ることがあるの。そうなると、当然日照や気温も下がるわけなんだけど」
「確かに、前回の目覚めのときは、かなりの噴煙が上がった。数日は空が暗かったくらいだ。だが、そうか。基本的に火竜が目覚めている間は気温も上がるから、そこを関連付けていなかったが」
やっぱり、日本で言うなら火山の大爆発にあたることが問題みたいだ。
「原因はこれかもしれないけど、問題は、どうやって上空の粉塵を除去するか、だよね。ものすごく上空なの。空気の濃度も、温度も違う。普通には、そこにいられないし、今の文明では行けないと思う」
「そうだな。俺を含めた高魔力保持者が全員で魔法を発動しても、届くかどうか……」
「ただ、一応、これは半永久的なものではないから、放っておいても、問題ないとは思う。粉塵がなくなるまで、どれくらいの年月がかかるかは分からないけど」
地球でだって、どうしようもなかったからね。
そもそも、この世界に大気圏があるのかどうかもわからないけど。
「この国の気温や降雪量、積雪量ってね、私のいた世界でも同じような国や地域はあったの。フォルは知ってるかもしれないけど、私の住んでいた日本ていう国の、北海道っていうところは、ここよりたぶん積雪量が多いと思う。それに、他の国ではあるけど、この国より寒くて、日照時間が同じくらいの国もあったけど、みんな普通に暮らしてたんだよね。どういう工夫がされていたのかまでは、わからないけど。
だから、この国だって、やりようはあると思う。
たとえばだけど、観光地として盛り上げて財源を得て、それで外国から食料品なんかを輸入したりね。
酪農なんかは、この国でもできるんじゃないかな。北海道は、酪農が盛んな場所だったし」
「ラピス。そこまででいい。今お前から聞いた話のうち、いくつかは国に助言する。だが、お前は決して表舞台に立つな。国に、いいように利用されるぞ」
利用、利用か。
アドバイザーみたいな立場になるならともかく、利用されるのは頂けないな。
それに、アドバイザーになるほど知識を持ってるわけでもないしね。
私が頷くと、フォルはホッとしたように頬を緩めた。
ミルクを飲んでゲップもしたアルマは、今はすやすやと眠っている。
「フォルも、無理はしないでね?この子の為にも」
「わかってる。伊達に何百年と生きてきてない。その辺はうまくやる」
フォルは、その言葉通り、どうやったのかは謎なんだけど、この国で酪農を始めるように働きかけたり、観光地として売り出すことが、その年のうちに決まった。
何でも、北海道の雪まつりみたいなこともするらしい。
雪像を作ったりね。
その辺については私は話していないし、フォルも詳しくは知らなかったと思うんだけど、どこの世界でも考えることは同じなのかな。
なんて。
私はのんきに考えていた。
フォルが私に何も言わなかったのは、きっと、この世界の汚い裏側を見せたくなかったからだと思う。
◇◇◇◇◇◇◇
「答えろ。お前のいた世界で、北国の観光地はあったか」
「北海道、とか、のこと?外国のことはわかんない」
「その、ホッカイドーという場所では、どんなことをして観光地としていた?」
「え、え?おいしい食事とか、あと、なんだっけ」
「構わん。お前の脳を覗く」
「ひっ……やめてっ」
「押さえつけろ」
黒いローブを着た年配の男の言葉で、数年前に魔法省に送られてきた少女の身体を、黒ローブの者たちが押さえつける。
少女の両目が、複雑な文様を描く魔法陣が縫い取られた布で塞がれると、年配の男の持っていた水晶玉に、ランダムにあらゆる光景が映し出された。
男は無表情で、それを次々に空に映写すると、関係なさそうなものを排除し、必要になりそうなものだけを残していく。
「いやあ!あたま、あたまがっ!」
頭の中をグシャグシャにこねくり回されるような気色の悪い感覚に、少女は叫び声を上げる。
しかし、それを気にする者は、ここにはいない。
少女がここに送られてきた当初は、普通に聴取されるだけだった。
この世界にはまだない文明なんかを知識として披露すれば喜ばれたし、それなりにいい暮らしもさせてもらえた。
たとえ、魔法省から出ることは出来なくても。
少女は、自分が「ヒロイン」として、この世界で大事にされるのが当たり前だと思っていたし、少女の望む通りに、見目のいい男たちに自分の世話をさせることにも満足していた。
それでも、数ヶ月して、少女から得られる知識はもうないと判断されると、少女はそれまで暮らしていた部屋から出され、地下のかび臭い部屋へと移された。
世話をしてくれる人間もいなくなった。
かろうじて、食事だけは三食出されていたから、生き続けられたに過ぎない。
どこで選択肢を間違えたのか、少女はずっと考えていたけれど、わからなかった。
そうやって捨て置かれて、発狂しそうになった頃、再び少女の知識が必要とされた。
どういう経緯なのかはわからなかったけれど、少女はこれでまた、前の生活に戻れると、思ってしまった。
そもそも、少女に他の選択肢など残されていなかった。
どこで選択肢を間違えたのか。
それを考えることも、少女にはもうできない。




