第60話 甘やかされてます
結局、私は5日間くらい熱で寝込んだ。
フォルに、どうして私の妊娠がわかったのか何度も聞いてみたけど、決して教えてはくれなかった。
なぜだ。
寝込んでいる間、さすがにお粥だけでは体力が落ちるばかりだし、お腹の子にも影響が出るから、とまだつわりが始まっていないのをいいことに、あれやこれやと食べさせられた。
主には、フルーツだったけど、野菜果物穀物だけでは、やはりパワーが足りない。
でも、お肉は少しの間遠慮したい私のために、ルージュさんがメニューを考えてくれて、例えばバターとか、生クリームたっぷりのシチューとか、そういうもので何とか動物性タンパク質や脂質を摂取した。
あとは、一応妊婦なので、貝を使った料理なんかもよく作ってくれた。
熱が下がってからは、もう大丈夫だと言ってるのに、お腹の子に何かあってはいけないから、と、ほとんど自力で歩かせてはもらえなかった。
行けてもトイレくらい。
食堂に行くにも、リビングに行くにも常にフォルの抱っこだし、なんならお風呂までお世話してくれる。
大事にされているのはわかるけど、これは、ちょっと異常なんじゃなかろうか。
だってほら、いくら妊婦さんとは言っても、適度な運動は必要って聞いたことあるし。
それは、フォルにも伝えた。
フォルからの返事は、思ったより現実的だった。
「安定期に入って、少し歩き回るくらいならいい。今はまだ不安定な時期なんだから、寝てろ」
「でもですね、フォル。妊婦にはあんまりストレスをかけちゃだめなんですよ?」
「あー……わかった。なら、今夜ルージュやアミュも誘って、4人で人生ゲームをするか」
いやいや、なぜ人生ゲーム。
ていうか、そもそもあるの?人生ゲーム。
うん、たしかに盛り上がるよね、あれ。
楽しいし、ストレス発散にもなりそうだよね。
でも、私が言いたいのはそういうことじゃなく。
「お前さ、自分の運動神経を過信してねぇか?もしも歩いてていつもみたいにけつまづいてコケたらどうするつもりだ」
「フォルの言う通り確かに私はよくコケるけど、人に言われると、心の柔らかい部分にグサッとくるよ?」
「ズシャッとコケるよりは、グサッとくるほうがずっとマシだ」
私は考えた。
そりゃもう考えた。
そして、名案を思いついた。
「私が転びそうになっても、フォルは転ぶ前に助けてくれないの?」
「は、いや、そりゃ助けるけど」
「だったら、私が自分で歩いてもいいよね?」
「はぁ……家ん中歩くときは常に俺にエスコートしろってか」
「エスコート!わぁ、素敵。でも、フォル、エスコートなんて出来るの?」
「お前な。俺が何年生きてると思ってる。エスコートする機会なんて何度もあったわ」
ピク。
「ふぅん。何度もしたんだ、エスコート。女の人のエスコート。どういう関係の女性だったのかなぁ?」
私の静かな怒りに気づいたらしく、フォルが慌てた顔になる。
「待てっ。誤解するな。大魔法使いとして、王女とかの箔付けにされただけだ。あとは、メリッサとかな。ほら、お前が心配するような相手じゃないだろ?」
「面白くない」
仕方ないことだとわかってはいるし、私がこの世界に来てからはそういうこともないってわかってる。
でも、モヤモヤは消えてくれない。
「俺が引きこもりだってことは、お前もよく知ってるだろ?それに、俺の初恋の相手も、身体を繋げた相手も、キスした相手もお前だけだ。これから先も一生お前だけだ。それでも、許せないか?」
フォルは困ったように、眉尻を下げる。
フォルの言葉に嘘はない。
キスについては本当に私が初めてなのかわからないから、これはもう信じるしかないことなんだけど、高魔力保持者であり、先代大魔法使いの生まれ変わりであるフォルは、生涯で好きになる相手は一人だけ。
私だけ。
なんか、怒ってるのも疲れてきた。
怒りって、結構パワー使うよね。
「ラピス?疲れたか?」
「うん。ちょっと眠い」
「そっか。飯の時間になったら起こしてやるから、そのまま寝ちまえ」
「フォル、は……」
「心配しなくても、ちゃんとお前のそばにいる。もし何かの用で席を外したとしても、ちゃんとすぐに戻ってくる。だから、安心して寝な」
つないだ手が、ポカポカと温かくて、どんどん眠くなる。
そういえば、言い争いをしてた間も、手は繋いでたんだ。
無意識だったなぁ。
閉じた瞼の上に、フォルの唇の感触。
いつもの、安眠魔法。
私が、怖い夢を見ないで済むように、ずっとかけてくれてる魔法。
私は、トプリと沈むように、眠りに落ちた。
夢を見ていた。
夢の中では、母が、大きなお腹を大事そうに撫でていた。
見覚えのある光景。
これは、弟が出来たときの光景だ。
『お母さん。私も、お腹に子供ができたよ』
過去の映像だとわかっているのに、声をかけた。
母は、私のほうを向いて、誰かに笑いかけた。
『無事に生まれてくれれば、それだけでいいわ』
『うん、そうだね』
私の頬を涙がつたって、目が覚めた。
起きてすぐに目に入ったのは、心配そうなフォル。
指の背でそっと、涙を拭ってくれる。
「怖い夢見たか?安眠魔法かけたんだが」
「大丈夫。懐かしい、幸せな夢を見ただけ」
「そうか」
ホッとしたように、フォルの表情が緩む。
「もうすぐ飯ができるみたいだけど、食堂まで歩くか?」
「いいの?」
「俺が四六時中張り付くことになるけどな」
「今までだって、抱っこで運んでたんだから、張り付いてたようなものじゃない」
笑って、身体を起こす。
あ、グラタンのいい匂い。
そう言えば、日本では冬になると某ハンバーガー屋さんが、グラタンコロッケのハンバーガー出してたな。
あれ、おいしかったなぁ。
今度、ルージュさんに言って作ってもらおう。
考えながら歩いていたら、膝がカクンとなった。
慌てて、隣にいたフォルが身体を支えてくれる。
「お前な……」
「ごめんなさい……」
食堂に入ると、ルージュさんがいい笑顔で迎えてくれた。
椅子に座ると、テーブルの上にどんどん料理を並べてくれる。
今日は、エビグラタンと、アサリと菜の花のパスタ。
それからサラダとコンソメスープ。マッシュルーム(っぽいキノコ)のオリーブオイル(っぽいもの)煮込み。
「無理して全部食べなくても大丈夫だ。食べられるものを食べられるだけ食べればいい」
「あい」
でも、残ったぶんどうするのか、と思ったら。
「もし残るようなら、俺が代わりに食ってやるから」
心を読んだようにフォルが言った。
それなら安心、とパスタから口にしたんだけど。
なぜか、身体が受け付けなかった。
グラタンは平気。
サラダも平気だけど、コンソメスープはだめ。
マッシュルームもだめ。
あらあら、とルージュさんが、グラタンとサラダのおかわりをくれる。
「つわり、でしょうか……」
「まあ、これまで平気だったものが食えなくなってるし、そうかもな。俺に聞くなよ。俺だって妊婦についてはよくわからん」
そりゃそうだ。
別にフォルは、お医者さんでもないし。
それにしても、朝は平気だったのに、いきなりだな。
つわりって人によって症状が違うし、期間も違うって聞いたことある。
て言うより、私今何ヶ月目なんだろう。
「フォルさんフォルさん」
「はい、こちら現場のフォルです」
「お腹の子供なんですが、いま何週目ですか?」
「はいはーい。6週目ですね」
「なるほどー。ありがとうございました」
という、よくわからないやり取りをした結果、自分が妊娠6週目だということがわかった。
いやほんと、なんで自分でもわからないのにフォルにわかるんだろう。
謎だ。
それから、食事を終えた私たちは、今度こそフォルにお姫様抱っこをされて寝室に戻り、そうそうに寝かしつけられた。




