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第59話 熱を出しました

本当なら、夜になったら二人の寝室で、ルルリラする約束だったんだけど、その日の晩は出来なかった。

私が高熱を出して寝込んだから。


念の為言っておくと、風邪を引いたわけではない。

昼間の衝撃のショックで、熱が出たのだ。


前の世界のときも含めて、初めて人を殺めた。

いや、もしかしたら今日来た人たちは助かったかもしれないけど、それはあくまでも希望的観測だ。



「大丈夫……なわけねーか。お前にあんなことさせちまって、すまん」


「フォルのせいじゃないですよ。あの魔法を使うと決めたのは私だし、実際に発動したのも私だから」


「それでも、あんな結果になるとは思ってなかっただろ?」


「そりゃ、まあ」


「俺のせいだ。お前が人を攻撃したがらないだろうからと、中途半端に攻撃魔法を教えたから。ちゃんと、どんな攻撃でどんな結果がもたらされるのかを、教えておくべきだった」



フォルは、へにょんと眉を下げている。


そりゃ、確かにイメージして攻撃魔法を発動したのは私だけど、液体窒素や、八寒地獄までイメージしてしまったので、あんな結果になってしまったのだ。

何ていうか、イメージに凝りすぎた。

せめて、南極の氷に閉じ込める、くらいにしておけばよかったのかもしれない。


ん?

それでもあんまり変わらないかな?


それなら、八寒地獄はイメージしないで、氷の彫像くらいのイメージにしておくべきだったか。


これも、あんまり変わらないかな。


ああ、もう。

熱のせいで頭が回らない。



「とにかく、自分でやらかしたことは自分の責任です」


「そんなことはない。弟子の責任は師匠である俺の責任だ」


「もう師匠って呼ばせてくれないくせに」


「呼ばせないだけで、俺がお前の師匠であることに変わりはない」


「フォルは、私の師匠じゃなくて、もう旦那様でしょ?」



ぐっ、と詰ったフォルは、変えたばかりの額のタオルをまた冷やして置き直してくれた。



「俺達の関係はともかく、お前が熱を出すほどショックを受けたことは事実だ。本来なら、師匠としても、夫としてもちゃんと早い段階で精神面のフォローをするべきだった」



うちの旦那様は優しいなぁ。

こうしてアフターフォローまでしてくれるんだから。



「ネコさん出来なくて、ごめんなさい」


「おう。さっさと治して、ネコになってくれ」



フォルが私の目を手で覆うと、すぐに眠気がやってくる。

結婚前も、何度もこうやって寝かしつけられた。


あれ、でも、私がベッドを占領したら、フォルはどこで眠るんだろう。


そう思ったけど、睡魔には勝てなくて、瞼にフォルの唇の感触を覚えた直後に、私は眠りの淵に落ちた。





翌朝になっても、熱は下がらなかった。

別に怖い夢を見たわけではないし、結構熟睡した。

朝になって目にしたフォルの方が、目の下に二匹のクマさんを飼ってて、なんだかちょっと申し訳ないくらいだ。


ルージュさんが持ってきてくれた摩り下ろしりんごを、フォルのあーんで食べる。

ちょっと、その、しばらく肉は食べたくない。

お粥くらいなら食べられると思うけど、何しろ高熱が出ているせいで、食欲が出ないのだ。


食べ終わると、フォルが甲斐甲斐しく身体を蒸しタオルで拭いてくれる。

恥ずかしいし、自分でやれると言ったのだけど、聞いてもらえなかった。



「せめて、せめてルージュさんに!」


「別に俺でいいだろ?夫婦なんだし」


「私の羞恥心がですね」


「夜は大胆な俺の奥様が、まだ羞恥心をポイしてないことにビックリだ」


「明るいうちからなんてこと言うんですか!それに、私は羞恥心をポイした覚えはありません。常に心の中心に持ってますー」


「そうかそうか。なら、熱が下がったらすぐにでもネコになってもらって、微々たる羞恥心をポイしてもらわねぇとな」


「だから!ポイしませんから!」



消極的日本人になんてことを言わせるんだ。

ちなみに、会話だけを聞いていると随分私が元気そうな感じだが、実際はベッドに横になったまま、ちまちまと言い争いをしているだけだ。

痴話喧嘩とも言う。



「とにかく、お前はしばらく大人しく甘やかされとけ。一般人なら一生に一度あるかないかの体験をしたんだから」



確かに、人を魔法で攻撃することも、ましてや殺めるなんてことも、きっと普通なら体験しない。



「ラピス。怖かったな」



フォルが余りにも優しい口調で言うから、ついつい涙が出てきてしまう。



「お前は頑張った。ちょっと魔力の加減が出来なかっただけで、あれは正当防衛だ。もう二度と、お前にあんなことはさせない」


「ししょー……」


「おう」



まだ涙の止まらない私を胸に抱き込んで、師匠はトントンと、優しく背中を撫でてくれる。



「お前は怖い思いをしたんだ。どれだけでも泣いていい」


「師匠も、人を殺めたことが、ありますか?」


「ああ。何度かな。情けない話だが、初めて人の命を奪ったときは、吐いた」


「それが普通です。どんな人だって、命は重いものだから」


「そうだな。お前がその重みに耐えられないってんなら、俺が半分持ってやる」


「もう。師匠すき」


「偶然だな。俺もだ」



師匠は私を布団の中に入れると、また手のひらで私の目を覆った。


私は泣きつかれたのもあったのか、そのままストンと落ちた。


次に目が覚めたときには、もう外は暗くなっていた。

この世界では、冬季には16時には真っ暗になってしまうので、何時なのかわからない。



「ラピスちゃ、起きたですか?」


「アミュ」


「はい。アミュです。あるじ様呼んでくるです」



アミュが出ていってまもなく、フォルが部屋に入ってきた。



「よお。調子はどうだ?」


「少し頭が重いですけど、たぶん寝すぎだと思います。いま、何時ですか?」


「夜の8時だな」



そりゃ、頭も重くなるわけだ。

いくら何でも寝すぎだ。

普段なら、お風呂にも入って、ベッドに潜り込む時間だ。

寝ている間、何か夢を見ていた気がするけど、どんな夢だったのかはさっぱり思い出せない。

まあたぶん、大した夢じゃなかったんだろう。



「何か食えそうか?」


「そうですね。熱で体力落ちてるから、なにか食べないと」


「ルージュが、オニオングラタンスープと、オカユを作ってくれてるが、どっちなら食べられる?」



おおう。

悩ましい。

何しろ、ルージュさんの作るオニオングラタンスープは、前の世界のファミレスに勝るとも劣らない、絶品なのだ。

とはいえ、チーズが少し胃にくるかもと心配でもある。

その点お粥なら、お腹にも優しい。



「じゃあ、お粥ください」


「よし。すぐ持ってくるからな」



そう言って部屋を出ていったフォルは少しして、温め直したらしいお粥を持ってきてくれて、またあーんで食べさせてくれた。



「あのな、ラピス」


「どうしました?」


「もし、お前がどうしても辛いようなら、記憶を消すこともできる」



つまり、私の頭の中から、今回の出来事を無かったことにできるということ。

でも、そんなことをしたら。



「私は自分のエゲツない魔法のことも、奪った命のことも忘れてしまいます。そうしたら、また今回と同じことを繰り返すかもしれない。だから、私はこのままでいいです。でも、ありがとうございます」


「そっか。まあ、お前ならそう言うかとは思ってた。よし、もう寝ろ」


「いや、今起きたばかりですが」


「寝る子は育つって言うだろ?」


「それは、たくさん寝れば育つという意味の言葉ではないですし、第一、この年になって何を育てるんですか」


「腹の中の子とか?」


「ふぇ?」



この人、今さらっととんでもないこと言いませんでしたか?



「フォルさんフォルさん」


「どうした」


「今、お腹の子がどうとか言いませんでしたか?あ、私の聞き間違いですね。すみません」


「いや、言ったぞ。お前はまだ気がついてないみたいだったけど、お前は赤ん坊を宿してる」



むしろなんで私が気がついてないのにこの人が気がついたのかとか、疑問はいっぱいあるけど、そっか。

私、妊娠したんだ。



「ほれ。わかったらさっさと寝ろ」


「はあい」



お腹の子に障るといけないので、おとなしく寝ることにする。

フォルに魔法をかけてもらって、私はホクホクした気分で眠りについた。

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