第51話 師匠の回想 2
ラピスは、最初に召喚の間で俺たち魔法使いが話していたことをちゃんと覚えていた。
その上で、召喚されたからには、役目を果たそうと、健気な程にまっすぐだった。
けれど、予想外に彼女には魔臓がなかったこともあり、精霊魔法を使うのは無理だと話した。
彼女は聡く、自分がこの世界の魔法使いと同じであるならば、大魔法使いの俺ですら解決できない問題を、自分が解決するのは無理だと、すぐに理解した。
そして、泣いた。
きっと、元の世界に帰れないのに、この世界で役に立つこともできないなら、自分にはこの世界にいる理由がないと思ったのだと思う。
自分の存在価値を求めていた。
だから、俺は、彼女が前の世界で生きてきた知識を活かせるのではないかと話した。
魔法ではなく、「かがく」が発達した世界。
その「かがく」をこの世界の魔法と融合させれば、もしかしたら、この世界の問題も解決できるかもしれないと思ったのだ。
ただ、それは途轍もなく難しいことだというのもわかっていた。
それでも、ラピスが希望を持ってくれたから。
だから、卑怯かもしれないけど、それがどれだけ難しいのかの説明を、俺はしなかった。
俺は、彼女がこの世界で生きやすいように、魔法を教えることにした。
今まで、一人もとったことのない「弟子」という存在に、彼女を置いた。
「はい、師匠」
ラピスに呼ばれる「師匠」という言葉は、とてもむず痒くて、本当は名前で呼んでほしかったはずなのに、これはこれでいいな、と思ってしまった。
彼女と暮らすうちに、食事をするようになった。
規則正しい生活を送るようになった。
これまで、ほとんど味なんて感じてこなかったのに、彼女と共にする食事は、とても美味しいと感じた。
ラピスが風邪を引いたときは、本当に焦った。
まだまだこの世界に魂が定着していないのに、体力が落ちて、精神的にも弱ったら、どうなるかわからない。
うっかり、安眠魔法をかけわすれたのも痛かった。
ラピスは、普段は平気そうな顔をしているのに、眠りに落ちると、前の世界のことを思い出すみたいで、最初にアミュが「魘されている」と言いに来たときからずっと、彼女が寝付いたあとに安眠魔法をかけて、薪を継ぎ足した。
ありがたいことに、風邪自体は数日で治まったし、精神的にも落ち着いたみたいで安心したが。
彼女は真面目だから、ちゃんと、魔法の使い方も教えた。
俺はどちらかと言えば感覚派なので、説明は難しかったけど、思った通り全属性を使える彼女に教えるのは楽しかった。
ルドや、ラズにも会わせた。
会わせたくなかったし、なんなら見せたくもなかったけど、彼女の世界が少しでも広がるなら、と二人の訪問を許した。
ルドが、彼女の好きなタイプではないことは、最初からわかっていた。
伊達に何年も彼女を見てきたわけではない。
ラズにあわせる時には、少しイタズラもした。
ラズがドキマギしているのが楽しかった。
俺だって、何も知らずにラピスにあんなことされたら、きっと心臓が大変なことになる。
すぐに持ち直したラズは、悔しいけどすごいと思った。
ラズは、話し方こそ女性的だけど、見た目も中身も男性らしい男だ。
そのギャップに、ラピスがどんな反応をするのか、俺たちは内心ドキドキしていた。
けれど、ラピスはまるでそんなこと、何でないもいうかのように、普通だった。
前の世界で、ラピスのそばにそういう存在はいなかった。
それなのに、心と身体の性が異なる人間がいることを当たり前に受け止め、ラズが話した女性言葉にしている理由を聞いても、いい意味で無関心だった。
これまで、気持ち悪いとか、理解できないと言われ続けてきたラズが、その反応にどれだけ救われたか。
そして、ますますラピスに惹かれたことも、すぐにわかった。
俺がどれだけラピスを想っても、たとえ前世で恋人同士だったとしても、今世のラピスが誰と恋に落ちるのかは、全く予想できなかった。
一緒に暮らして、一番接触機会が多い俺が有利なのは間違いなかった。
それでも自信はなかった。
だって、俺は話し方も偉そうだし、なかなか彼女に優しくしてやれない。
優しくして、ドロドロに甘やかしてやりたいのに、それがうまくできない。
実際、ラピスは俺よりもルージュに懐いているようだった。
ラピスには、歳の離れた弟はいるが、兄や姉はいない。
きっと、ルージュを姉のように慕っているのだろう。
そういえば、前の世界でも、職場の同性の先輩に可愛がられていた。
いつも、目が覚めるとラピスが同じ空間にいるのが嬉しくて、ラピスには気づかれないようにしていたけど、俺がはしゃいでいるのは一目瞭然で、ルージュには何度も生ぬるい視線を送られた。
それなのに、俺の気持ちにはまったく気づく様子のないラピス。
もちろん、ラズの気持ちにも気がついていない。
酒に弱いラピス。
無防備なラピス。
素直に教えられたことをやろうとするラピス。
俺たちを尊敬の眼差しで見てくるラピス。
ああ、なんて可愛くて、なんて愛おしいんだろう。
直接触れたラピスの身体は柔らかくて、温かくて、小さくて。
壊してしまいたい、と思った。
俺だけを見て、俺の声だけを聞いて、俺の手からものを食べて、俺の温もりだけを求める。
そんな風になればいいと、思ってしまった。
酔えば簡単に、俺を好きだと言うくせに、俺に甘えてくるくせに、俺の気持ちには気が付かない。
自分が邪魔になったら、いつでも出ていく、なんて、残酷なことを平気で言う。
ハジメテは全部俺がいいと言ったその同じ口で。
無邪気で残酷なラピス。
そんなラピスのハジメテを奪ったのは、俺自身全然無意識のうちだった。
起こしに来たラピスの、唇を奪った。
最初は、夢だと思っていた。
夢だから、何をしてもいい、と。
ラピスが前の世界にいる時から、そんな夢は何回も見てきたから。
だから、現実だとわかったときには、みっともないくらい狼狽えた。
きっと、もう二度と起こしに来てはくれないと思っていたのに、その後も何度もラピスは俺を起こしに来てくれた。
寝ぼけている、というのを言い訳に、何度も、起こしに来たラピスに口付けて、抱きしめた。
実際、ラピスの魔力は甘い香りがして、半分寝ているような状態では、無意識にそれを求めてしまう。
いつか俺は、ラピスのすべてを奪ってしまうだろう。
それは、予想だったけれど、かなり確信に近かった。
ルドやラズにはヘタレだと何度も言われていた。
俺自身、なかなか気持ちを伝えられなくて、拒否されるのが怖くて、今の関係を続けたいとも思っていたのだ。
そうしているうちにも、ラピスはどんどん俺に近づいてきてくれていたのに。




