第41話 使命を思い出しました
思いを交わしあった日から、師匠はちょっと遠慮がなくなった。
隙さえあれば私にキスをしてしようとする。
さすがに人前ではしないけれど、二人きりになった瞬間、私を腕の中に閉じ込めてキスしてくるのだ。
うん。
嫌なわけじゃない。
好きな人とのキスだし。
ただ、恋愛偏差値の低い私にとっては、そのたびに心臓はバクバクするし、誰かに見られるんじゃないかとヒヤヒヤもするし、もう少しだけ頻度を少なくしてほしいところだ。
いや、よく考えれば、師匠はもとからキス魔だった。
そうだ。
朝起こしに行くと、寝ぼけた師匠にキスをされたことも何回かあった。そうだった。
そんなことを考えながら、朝ご飯をもきゅもきゅ食べていたら、師匠が少し目を細めたあと、眉をひそめた。
「ラピス。今日は嫌な客が来る。お前にとって害しかないから、部屋に隠れとけ。一応、すぐに追い出すつもりではいるが。ああ、それとルージュ。客には茶は出さなくていい」
お茶を出さなくていいということは、本当にもてなすつもりがないということだろう。
すぐに追い返す、というのもきっと本音だ。
これまでにも、師匠のお仕事関係のお客様はたくさん来たけれど、こんなに嫌そうなのは珍しい。
私とルージュさんが頷くと、師匠は険しい表情のまま、食事を終えて部屋に戻った。
それから間もなくして、森の結界までお客様が来たことがわかったので、私は急いで自分の部屋に隠れた。
しばらくして、チリリン、とドアベルの音がして、少しだけ師匠とお客様の声が聞こえたけど、どうやら談話室に入ったみたいで、すぐに何も聞こえなくなった。
(私にとって害しかないって、どんなお客様だろう。気になるなぁ)
そんなことを考えていたら、ドアが軽やかにノックされた。
このノックの仕方は、ルージュさんだ。
「ラピス様。少し、お部屋にお邪魔してもよろしいですか?」
「うん、もちろん」
返事をすると、少しだけドアを開けたルージュさんが、滑り込むように中に入ってきた。
「どうしたの?ルージュさん」
「ラピス様。主様とお客様の会話、気になりませんか?」
ルージュさんが、いたずらっ子のような顔で、タイムリーなことを言った。
「それは、気になるけど……部屋から出られないし」
「実は先程、お客様をご案内したときに、こっそり盗聴魔法を仕掛けてきました」
おおう。
ルージュさん、なかなか大胆なことをする。
もしかして、普段から盗聴してるんだろうか。
「普段はこんなこと致しませんよ」
心の声が漏れたのか、何も言っていないのに、ルージュさんに返事をされた。
「ささっ、ラピス様」
ソファに促されて、私の横に座ったルージュさんが、ポケットから小さな水晶を取り出す。
私の隣に座るなんてことも、普段のルージュさんならしないことだ。
ルージュさんが水晶に魔力を流したらしく、やがて音声が聞こえてきた。
『だから、いつになったら聖女様は動いてくださるのかと聞いているんです』
『こっちこそ何度も言ってるだろう。彼女は魔力こそ膨大にあるが、魔臓はないから精霊魔法は使えない、と』
『魔力量が豊富なら、それを活かして問題を解決していただけばいいでしょう』
どうやら、私の話みたいだ。
『大魔法使いである俺でもなんともできない問題だぞ?それを、魔法のない世界から来た彼女にどうにかできるわけないだろう』
『しかし、大魔法使いたるあなたが師匠としてついているのですから』
『仮に無理矢理にでも太陽を移動させるような魔法を彼女に使わせたとしたら、とんでもない規模の魔力暴走が起こるぞ。下手したらこの国ごと消える。大体、大魔法使いの始祖ですら、命を落とした程の魔法だ。詳しい資料があるわけでもないのに、発動は不可能だ』
そういえば、すっかり忘れていたけど、私って、この国の天候問題を何とかする為に喚ばれたんだっけか。
師匠からは、太陽を動かすような魔法が使えなくても、前の世界の知識で何とかなるかもしれないと言われた気がする。
そもそも、1年ちょっと住んでみてわかったのは、この国は、寒くて雪が多いとは言っても、せいぜい前の世界でいうなら、ロシアの北部くらいだと思う。
確かに、一年中寒いのだけど、一年中雪が降り続けるわけでもない。夏に近い季節もある。その時期でも突然雪が降ったりはするけど。
白夜や極夜のような現象もない。
単純に積雪量だけでいうなら、多分日本の北海道の方が多い。
昔、北海道ではなかったけど、どこか日本の雪国に行ったときに、雪の壁の中をバスで通るという経験をしたことがあるけど、この国ではそこまで積もらない。
日照時間が短いのは確かにそのとおりなんだけど、だからといって、野菜を育てられないほどじゃないし、たぶん、やろうと思えば酪農だってできるだろう。
北海道の酪農事情について知っているわけではないから、この国で北海道と同じようにやるには、私では知識不足だ。
それにしても、前に童話を読んだときに、師匠は史実が元になってるといったけれど、初代の大魔法使いが天候問題を解決してこの世を去ったのは本当にあったことなんだ。
そして、現代の大魔法使いである師匠でも、それは無理だと。
それならなおさら、私にどうにかできるわけがない。
そもそも、この世界って、地球と同じなのかな。
月が丸いのを見ると、周囲の星はたぶん丸い。
でも、この世界も丸いとは限らない。
そもそも、地球は前の世界の呼称だけど、この世界はなんて呼ばれてるんだろう。
そんなことを考えていたら、いつの間にか話が終わったのか、水晶からはなんの音声も聞こえなくなっていた。
「主様に気が付かれました。もう盗聴は出来ませんが、どうせそろそろお客様がお帰りになるみたいなので、まあ、いいでしょう。私はお見送りしてきますね」
そう言って、ルージュさんは部屋から出ていった。
少しして、玄関のドアの開け閉めする音が聞こえて、たぶんお客様が結界から出たのを確認したんだろうっていうくらいの時間をおいて、師匠に呼ばれた。
「聞いてやがったな」
「はい。気になっていたので。その、すみません」
「いや。まあ唆したのはルージュだってわかってるからな」
さすが師匠。
何でもお見通しだ。
「聞いてたならわかるだろうが、今日の客は魔法省の奴でな。せっかく聖女を召喚したんだから、役立てろとせっついてきやがった。ま、とはいえ、現実的に無理だからな。お前を喚んだのはこっちの都合だし、お前が気にすることはねぇよ」
師匠はそう言ってくれるけど、やっぱり、何かしらの役には立ちたい。
「師匠。この世界の地図はありますか?」
「まあ、俺が言ってもお前は気にするよな。ルージュ、世界地図を持ってきてくれ」
「かしこまりました」
少しして、ルージュさんが世界地図を持ってきてくれたので、それを談話室のテーブルに広げる。
思った通り、4つの大陸全部が、北半球(仮)に集中していた。
赤道っぽいところの少し上に、南の大陸がある。
北の大陸は、北の上の方にある。
「師匠。この世界は、球体ですか?それとも、平面ですか?」
「ん?あー、そう言えば、お前の住んでいた世界は球体だったか。この世界はアストリア界と呼ばれていてな、平面だ。海の果には何もないことが証明されてる。ただ、円形ではある」
よくわからない世界だな。
「地上を、象とかが支えてるんですか?」
「なんで象が支えるんだよ。普通に……円盤が浮いてるような感じだな」
あー、はいはい。
なるほど、そういう感じですか。
「じゃあ、太陽や月とか星は、その円盤の表裏を周ってる?」
「そうだな」
てことは、北の大陸を太陽に近づけるには、太陽の軌道をずらすか、アストリア界そのものをずらすしかないな。
うん、無理だ。
「ちょっと、他の方法も思いついたら話しますね」
「おう。けどまあ、無理はすんなよ」
私は、一旦、元々自分に求められていた解決法を探すという使命を、頭の隅に追いやった。




