第40話 おはようは照れくさいですね
ふ、と目を開けると、私は師匠の腕の中にいた。
俗に言う、腕枕の状態で。
何でこんなことになってるんだっけ。
夕べ、私は……
そうだ。
師匠の深いキスとクララスの実の酩酊感で、気持ちよくなりすぎて意識がとんだんだった。
師匠、あんなキスをしてくるってことは、私のことを、好き、だからだよね?
今までにも、それっぽいことを師匠に言われたことは何度かある。
でも、師匠は一度だって、肝心な言葉は口にしてくれなくって。
私は何度も、師匠が好きだって伝えてるのに。
恋愛偏差値の低い私には、言葉だって大事なのに。
師匠の顔を見ようと、少し身体を動かしたら、背中に回された師匠の腕が、ギュッと抱きしめてきた。
「師匠、起きてますか?」
返事がない。
どうやら無意識だったみたいだ。
そして私は、まったく身動きが取れなくなっている。
すぅすぅ、と穏やかな師匠の寝息がネコ耳にあたってくすぐったい。
どうやら、私はまだ猫のままみたいだ。
試しに尻尾を動かしてみたら、ちゃんと動いた。
ほんの、イタズラ心だった。
せっかくだから、ちょっとだけ触れてみたいと思ってしまったのだ。
私は、尻尾で師匠の足に触れた。
というか、撫でてみた。
ナデナデ、と動かしていた尻尾は、突然師匠の手に捕まった。
ついさっきまで、私の背中に回されていたはずの手に。
「お前なぁ、せっかく昨夜は我慢してやったっていうのに、いい度胸じゃねぇか。あ?」
師匠はお怒りのようです。
いや、でも。
「我慢って、師匠あんなキスしておきながら」
「その先の話だ。ど阿呆」
その先。
その先って言うと、やっぱり、アハーン、でイヤーンな展開のことだろうか。
「お前のハジメテは、全部俺にくれるんだったよな?」
よく覚えていらっしゃる。
確かに、勢いでそんなことを行った記憶があります。
師匠の手が、尻尾から離れて私のワンピースの中にスルリと入り込んだ。
寝起きのホカホカの手が、私の肌に直接触れて、そこだけ熱を持ったみたいに熱い。
「ししょ……」
「顔上げろ。こっち向け」
抗おうと思えば出来た。
でも、抗おうとは思わなかった。
師匠の整った顔が近づいてくる。
唇が重なる直前に、私は言った。
「師匠は……私のこと、好き、ですか?」
師匠は動きをピタリと止めて、はあっとため息をついた。
「お前な。俺が好きでもない女にこんな事するような奴にでもみえるのか?」
見えない。
でも、私が言いたいのはそういうことじゃない。
「好きですか?」
「俺に言わせるか」
「はい」
ここは、引けない。
師匠が私を好きだって、信じてるけど、それでも言葉がほしい。
「そうだな。お前の言うとおり、はっきりさせないで進めるのは間違ってた」
師匠は一瞬眉を寄せたけど、すぐに優しい顔になった。
「好きだ。お前のことが、他の何よりも。ずっと俺のそばに隠して、他の誰にも見せたくねぇくらいにはな」
そう言って、やさしいキスを落とす。
「初めてお前を見たときからずっと、好きだったよ。お前を知れば知るほど、どんどん好きになった。今じゃ、お前なしの世界なんていらねぇほどだ」
涙が、こぼれ落ちた。
こんなに熱く、深く愛されてるなんて、思ってなかった。
好かれてるかもしれないとは、思ってた。
師匠は高魔力保持者だから、人生で好きになるのは一人だけ。
それもわかってたけど、こんなに深いなんて、思ってもいなかった。
「俺は言ったぞ。お前は?」
「私も……私もあなたが好きです。私にとって、師匠はこの世界に私を留める楔。師匠がいないなら、この世界にも、他のどの世界にも生きていたくない」
また、唇が重なる。
熱く、深いキス。
マタタビ成分がないからか、師匠が手加減しているからか、単純に私が慣れたからなのか、今回は意識は飛ばなかった。
師匠の唇が、頬へ、そして首筋へと移動していく。
肌に触れる手は、さっきよりずっと熱い。
首筋が強く吸われて、痕をつけられたのだと気づく。
鎖骨の下にも、胸元にも。
「師匠……キス、を」
「煽んな。止まらなくなっても知らねえぞ」
そう言いながらも、優しい師匠は、また口付けてくれた。
キスがどんどん深くなっていって、溶け合うみたいで、何もかもがどうでも良くなったその時。
「主様。そろそろよろしいでしょうか」
部屋の外から、ルージュさんの声が聞こえた。
ピタッ、と私と師匠の動きが止まった。
急に現実に引き戻された。
私は、朝っぱらから何をしようとしてたんだ。
顔に熱が集まる。
いや、夜ならいいって問題でもないけど。
ん?
私と師匠は思いを伝えあったんだから、そういうことをしてもおかしくはないのか。
それは、今はいい。
私はとりあえず師匠の腕の中から抜け出すと、ベッドから降りた。
お星様のタクトを握った私を見て、師匠がルージュさんに声をかける。
「ルージュ、少しだけ待て」
ルージュさんに待ってもらってる間に、私はとりあえず人の姿に戻った。
「転移で自分の部屋行くか?」
師匠は気を遣って聞いてくれたけど、たぶんルージュさんにはお見通しだから、あんまり意味はない。
私が首を振ると、師匠も頷いた。
「ルージュ、待たせた。もう出れる」
二人で部屋の外に出ると、ルージュさんはこういうときのお決まりになっているあらあらウフフな顔じゃなくて、なんていうか、すごく優しい顔をしていた。
「もうお昼も近いですし、アミュも待っていますから、ご飯にしましょう。あ、ラピス様は少しそのまま」
言われて足を止めると、どこからか出した薄手のストールを首元に巻かれた。
「少々、あからさま過ぎますので」
あ、そうだ。
私の首周りには師匠の残したキスマークがいくつか付いているはず。
さすがルージュさん。
「ありがとうございます」
「いえいえ。主様も、よかったですね」
急にあらあらウフフな顔になるルージュさん。
「シーツは洗っておきますね」
いや、ルージュさん。毎日シーツ洗ってくれてるじゃないですか。
なんでそんな意味深な言い方を。
「まだそこまでいってない」
「まあ、ヘタレは顕在ですか」
「ほざけ」
三人で話しながら食堂へ向かう。
食堂のテーブルには、お花のごはんを前にしたアミュが今か今かと私達を待ち構えていた。
「おはようなのですよー。主様、ラピスちゃ」
「おはよう、アミュ」
「おはようさん」
アミュに挨拶をして、それぞれの席につくと、アミュは不思議そうな顔をした。
なにやら、ピクピクと鼻を動かしている。
「ラピスちゃ、主様の匂いするです。いつもだけど、いつもよりもっと」
「アミュ。それは気づいてもしーっ、ですよ」
ルージュさんがフォローにならないフォローをする。
アミュはおとなしく言われたとおりに、お口に手を当てている。
居た堪れない。
顔を真っ赤にして俯いた私に、アミュが心配そうに声をかけてくれる。
「ラピスちゃ、お顔真っ赤なのですよー。お熱ですか?イタイイタイです?」
「そうだな、アミュ。ラピスはちょっと熱があるから、飯は自分の部屋で食べるみたいだ。俺も看病があるから、一人になるが、大丈夫か?」
「アミュ、一人でもごはんできます」
「いい子だな。夜にはきっと治ってるからな」
私を除け者に話は進んで、師匠が私をお姫様抱っこして食堂を出ると、私の部屋へと向かった。
「あの、ご飯」
「ルージュが部屋まで持ってきてくれる」
「でも、アミュが一人に」
「お前、あの場で食えんのか?」
無理です。ごめんなさい。
結局、私の頭の中から、ある程度の羞恥心が消えたのは、夕ごはんの少し前になってからだった。




