第37話 はじめましてのお客様です
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危機も過ぎ去って幾日かしたある日の晩。
師匠がもきゅもきゅと晩ごはんを食べながら言った。
「明日は客が来る。客って言っても、ルドやラズみたいな昔馴染みだが。念の為、お前はソイツが帰るまで部屋から出るな」
なんか、もっのすごく窮屈なことを言われた気がする。
え?部屋から出るな?
確かに、師匠のお仕事のお客様が来るときも、私はお客様から見えないように姿を隠している。
でも、部屋から出るななんて言われたのは初めてだ。
それに、昔馴染みってことは。
「その方、お泊りするんじゃないんですか?」
「あー、まぁ。ラズも一緒に来るし、ソイツ自身結構遠方からくるし、泊まっていくだろうな」
「遠方からでも、師匠のお友達なら、転移でひょいって来れるんじゃないですか?」
そこまで言って、思い出した。
遠方にいるお友達は、確か、色々制限があってなかなか来られないんだったか。
「思い出したみたいだな。ま、ソイツも普段なかなか来られないから、2、3日は泊まるんじゃね?」
ちょっとまってほしい。
今、とんでもないことが聞こえた。
「数日、ここにお泊り?」
「ああ。ルドたちだって数日泊まることはあっただろ?」
そうじゃない。
そういうことじゃない。
この人は、さっき自分が言ったことを忘れているのか。
「その数日間、私に部屋から一歩も外に出るなと?」
「あ」
完全に食事の手を止めて、師匠は考え込んでいる。
確かに、部屋にはお風呂もトイレも付いている。
部屋から出なくても、生活自体はできる。
でも、私は人見知りではあっても、引きこもりではない。
前の世界でだって、ちゃんと外で働いていた。
まあ、才能さえあれば、家でデトレしてたかもしれないけど。
それはともかく。
数日も部屋にこもりきりで外に出るななんて、息が詰まる。
病気で寝込んでるんじゃないんだから。
それに、食事はきっとルージュさんが運んできてくれるんだろうけど、私だけ一人で食事するなんて、寂しすぎる。
何しろ、この世界にはネット環境もなければテレビもない。
外は雪でシーンとしている。
そんな中、かすかに聞こえる師匠とお友達の楽しそうな声においていかれるみたいに、一人で食事するなんて。
きっと、アミュはいてくれるだろうけど、そういう問題じゃない。
「そもそも、なんで私は隠れてなきゃいけないんですか?お友達、紹介しれくれないんですか?」
「いやっ……誤解すんなよ?お前に問題があるってわけじゃない。ただ、今回来る奴は、とんでもない変態だから」
「私は気にしませんよ?」
ルドルフさんがチャラ男でも、ラズロさんがオネエ様でも、私は気にしない。
今更、少々性癖に問題がある人が来たところで、私がその人と付き合うわけじゃないし、問題ない。
「お前はそう言うが……俺にはお前がおもちゃにされる未来しか見えん」
「ちなみに、どんな性癖が?」
「お前な。まぁ、いいか。明日ラズと来る奴は、メリッサって言うんだが、メリッサは、可愛いものがとにかく好きなんだ」
ん?
メリッサさん?
女性?
別に、女性が可愛いもの好きでも、そんなに変じゃないと思うんだけど。
もちろん、男性が可愛いぬいぐるみとか好きでも、私は気にしない。
「わかってないって顔だな。メリッサはな、可愛いものを更に可愛くして、ワチャワチャするのが何より好きなんだ。お前たぶん、きせかえ人形にされた挙句、メリッサのそばから離してもらえんぞ」
師匠の言いたいことはわかった気がする。
でも、前提条件が違うんじゃないか。
「その人は、女の子ならみんな可愛い派ですか?」
「確かに、女の子はいるだけでいいとよく言っているが、全部が全部可愛いと思ってるわけじゃない」
「なら、私は平気じゃないですかね?年齢も年齢だし、別に可愛くもないし。あ、でもアミュは避難させておかないとですね」
私が自信を持って言うと、師匠は何故かため息をついた。
それは、地の底から吹き上がって来る風のように、深い深いため息だった。
「お前、自分のことなんにも分かってねぇのな」
わかっていないのは師匠だ。
「師匠こそ、弟子フィルターがすごいことになってますよ」
「バカタレが。お前の言う弟子フィルターとやらを通さなくても、お前は十分可愛い。見た目も仕草も何もかもだ。そんで、絶対にメリッサのストライクゾーンど真ん中だ。ラズとメリッサはその辺気が合うんだ」
なんでいきなりラズロさんの名前が出たのかはよく分からないけど、少なくとも師匠が私を可愛いと思ってくれていることと、この世界の平均値から見て私の容姿が下であろうと、メリッサさんの好みであることはわかった。
「それでも、何日も一人で部屋にいるのは嫌です」
「あー、まぁなぁ」
「師匠、守ってくれないんですか?」
「あー!ったく、わかったわかった。何かあれば俺が止めるから、お前も一緒に会え」
よし!
言質は取った。
フンフンとご機嫌で食事を再開した私は、何もわかっていなかった。
翌日、自分がどんな目に遭うのかを。
チリリン!
「あ、師匠。来たみたいです」
「おう。折角だ、お前、アレやれ」
また、アレやるのか。
師匠、昨日はあんなにメリッサさんのこと警戒してたのに、アレはやらせたいんだ。
ちょっと顔がひきつる。
「開けるぞ」
師匠が玄関のドアを開けた瞬間、私はペコリと頭を下げた。
「おかえりなさいませ。ご主人様、お嬢様♪」
「いやーん!ラピスちゃん、最高!」
二度目のラズロさんは流石に慣れている。
ぎゅうきゅうと私を抱きしめるラズロさんを引き剥がしたのは、師匠ではなかった。
「このゴリラ!離れなさいよっ!せっかくの可愛い姿が見えないじゃないっ」
男性で、しかも割と筋肉質なラズロさんを、見事なまでにベリッと引き剥がしたメリッサさんは、ブロンドの髪に緑の瞳を持つ、超絶美人さんだった。
「えと、はじめまして。ラピスです」
それだけ言って、師匠の斜め後ろにススッと隠れる。
失礼なのはわかってる。
でも、怖かったんだもん!
「ラピスちゃーん。出ておいでー。怖くないわよー」
まるで猫の子を呼ぶみたいに、私においでおいでをしている。
声は甘く、その瞳は爛々としている。
捕まったらやばい、と本能が警告する。
「アホが。自分も自己紹介しろ」
「あら、私ったら。はじめまして、ラピスちゃん。私はメリッサよ。ラズたちやフォルとは昔なじみの友達。変な関係じゃないから、誤解しないでね」
変な関係ってなんだ。
やっぱり男女の関係とかそういうのか。
とりあえず、師匠とはそういう関係じゃないから安心してほしい、ということで合ってると思う。
すごいな。
一目見ただけで、私が師匠のことを好きってわかっちゃったのかな。
「こいつが言いたいのは、自分は潔白だということだ」
師匠の囁き。
あ、そっち?
そっちなんだ。
「とりあえず、中へどうぞ」
また、いつの間にか現れたルージュさんが、お客様を談話室へと誘った。
二人は、お昼ご飯がまだだというので、お茶ではなく、先にお昼ご飯をご馳走することになった。
ちなみに今日のお昼ご飯は、私の作った、鶏っぽい魔物の唐揚げと、茶碗蒸し、それに炊き込みご飯とキノコと山菜のマリネだ。
私か作ったと言っても、ルージュさんのほうが何かと手早いので、私は助手のようなものだったけど。
「どうぞ、めしあがれ」
「あら、おいしそうね。いただきます」
ラズロさんとメリッサさんが嬉しそうに食べ始める。
師匠は黙ったままもきゅもきゅと食べているけど、それは、お子様舌の師匠には、唐揚げ以外はあまり魅力的じゃないからだ。
私は、師匠の耳元で囁いた。
「今夜は、グラタンとパスタですよ」
「おぅ」
ちょっと師匠の頬が緩んだのを、私は見逃さなかった。




