第36話 やっぱりお家が1番です
それから、本当にすぐに、転移魔法で師匠が私達のいた談話室に現れた。
ラズロさんは一緒じゃない。
もしかして、黙っておいてきちゃったのかな。
「ルド。助かった」
「いいよー。君に頼られるなんて滅多にないし」
ルドルフさんとお話している師匠。
私はと言えば、そんな師匠の腕の中にすっぽり包まれている。
え?
なんで?
私の疑問なんてお構いなしに、二人は話を続ける。
「クラインも懲りないねぇ」
「アイツと話して、少し気になったことがある」
「ん?」
「アイツ。ラピスが俺の弟子になったことを知ってやがった。どうやら、魔法省にこの間送った転生者が余計なことを話したらしい」
ルドルフさんは、この間の転生者来襲を知らなかったみたいで、師匠が簡単に説明する。
私も、わかる限りは説明した。
「そんなことがあったんだ。で、余計なことって?」
「どうやら、俺がラピスを弟子にしてることと、ラピスに魔力がないとか、そんなことを話したらしい。それが、クラインの耳にも入って、ラピスを人質にしようとしたみたいだ」
えええ、とルドルフさんの顔が引きつる。
「それって、そのゲームとやらの話でしょ?現実ではラピスちゃんは高魔力保持者なんだし」
つまり。
今回の襲撃者は、この世界がゲームと全く同じ展開になると信じてるアホの子の証言を真に受けちゃったおバカさんということか。
ルドルフさんがドン引きするのもわかる。
「ちなみにさ。もしかして俺も攻略対象とやらなの?」
「多分そうだと思います。ルドルフさん、イケメンだから」
「……そういう基準なんだ」
ははは、とルドルフさんが乾いた笑いを漏らす。
イケメンで、強い魔法使いで、師匠ともお友達となったら、ほぼ間違いなく攻略対象だろう。
ん?でもそうなると、ルドルフさんにもわかりやすい心の傷があるのかな。
「俺。好きに生きてるし特に傷とかないんだけど」
「お前、ホント自由だもんな」
やっぱりないんだ。
そこ、ゲームではどうなってたんだろう。
傷なんてないって本人が言ってるのにわざわざ心の奥底を暴いて、それを癒やすの?
マッチポンプ?
あの子は神ゲーって言ってたけど、それってあなたの感想ですよね?
思わず、前の世界で聞いたことのあるフレーズが蘇ってしまった。
「ま、とにかくアイツは封じたし、しばらくは何もないだろ。俺たちはこのまま帰る。世話んなったな」
「はいはい。いつでもどうぞー」
ヒラヒラと手を振るルドルフさんに、師匠の腕の中から頭を下げる。
頭を上げたときには、もう師匠のお屋敷だった。
チリリリリン!
玄関のドアベルが、なんだか覚えのある鳴りかたをしてる。
「師匠、これって」
「あー。ラズを外に置きっぱなしだったな」
忘れられてたラズロさん、かわいそう。
いや、えっとね?
私は忘れてなかったっていうか、ちょっと頭の隅にいってたけど、一応気にはしてたよ?
うん。少なくとも最初は。
師匠が玄関を開けると、鼻の頭を赤くしたラズロさんがプリプリ怒っていた。
「私だけ置き去りってどういうことよ!」
「ごめんなさい、ラズロさん」
「あ、ラピスちゃんはいいのよ?問題はコイツよ!」
ラズロさん、表情が忙しい。
でも何にせよ、戦闘のあとだから労らないといけないし、何よりお礼を言わないと。
「ラズロさん、談話室にどうぞ」
「ありがとう、ラピスちゃん」
いそいそと屋敷の中に入ってくるラズロさん。
ひとりでさっさと談話室に行ってしまう。
お茶の用意をしようと、身体の向きを変えると、私たちの真後ろにルージュさんがいた。
無茶苦茶びっくりした。
だって、今の今まで、なんの気配もなかったのに。
「おかえりなさいませ、ラピス様。お茶の用意は私が致しますので、その間ごゆっくり主様とお話してください」
見た感じ、ルージュさんにも怪我とかはないみたい。
よかった。
私だけ転移しちゃったから、ルージュさんのことは気になっていたのだ。
でもなにより。
「師匠。無事で、良かった」
「俺があんなヤツ程度に負けるなんてありえねぇ。でも、お前を避難させたのは正解だったな。心配かけたよな、ごめんな」
「師匠が強いのはわかってたつもりだけど、私だけ、何にもできなくて……力になりたかったのに」
グシグシの泣き出した私の頭を、師匠はワシャワシャと撫でてくれる。
「お前も、無事でよかったよ。急なことだったのに、ちゃんと転移魔法を発動できたな。えらいぞ」
私は顔を上げて、考えていたことを師匠に告げた。
「私、師匠の足手まといにならない程度になるまで、ルドルフさんのところで修行したほうがいいと思って」
師匠は大きく目を見開いたあと、ピシッと私にデコピンをした。
「アホか。なんで自分の弟子を他のやつに任せなきゃならん。お前は俺のそばにいればいいんだよ」
いつかも聞いたことがあるような言葉。
いつだっけ。
思い出せないけど、すごくうれしい。
「えへへ。やっぱり、お家が……師匠のそばが一番です!」
「そうかい。そりゃよかった」
師匠は鼻の頭をポリポリとかくと、抱きしめたままだった私を、ひょいっと抱き上げた。
私は落っこちないように師匠の首につかまる。
こうしてお姫様抱っこをされるのにも、すっかり慣れてしまった。
(こんなことに慣れちゃったら、離れる時辛いのに)
頭に浮かんだ考えを振り払って、私は師匠に抱っこされたまま、談話室に向かった。
「再会の喜びは伝えあったのかしら?」
談話室に入ると、ラズロは既にお茶を飲んでいた。
そういう言われ方をされると、何だかそんなに離れていた時間は長くなかったのに、あんなに師匠にひっついて、ちょっと恥ずかしい。
顔を赤らめた私に、ラズロさんは優しく笑った。
「恥ずかしがることなんてないわよ。それだけ、心配だったんでしょ?こんなこと、こっちにきて初めてのことだろうし」
こっちに来てからどころか、こんなこと、前の世界でもなかったことだ。
自分を逃して、他の人が戦うなんて。
安全な日本に住んでいた私には、刺激が強すぎた。
師匠も、それはわかっていたみたい。
「ラピスの今までの人生で初めての危機だったろ?ラピスの故郷は安全な国だったからな」
「そういえばそうね。この世界もまあまあ平和だけど、アタシたちみたいな高魔力保持者が狙われることは時々あるし」
ん?
なんか不穏な言葉が聞こえたぞ。
「高魔力保持者が狙われる?」
「そうよ。フォル、話してないの?高魔力保持者を拐って、暗示をかけた上で自分の好きなように魔法を使わせる外道なヤツもいるのよ。そういう奴らが、たまに高魔力保持者狩りをしてるよの。裏稼業の奴らに金を積んでね」
なんて危険なのよ!
そんな話、1年この世界に住んでるけど、一度も聞いたことないよ!
師匠を、キッ、と見上げると、師匠は何でもないみたいに言った。
「別に、コイツ一人で結界の外を歩かせることなんてないし、結界の中にいるぶんには問題ねぇだろ」
確かに、師匠の言うとおり、私は一人で結界の外に出ることはない。
それどころか、屋敷から出ることすらほとんどない。
出るときは、必ず師匠が一緒。
一人でルドルフさんの家に行ったのも今日が初めてだし、おまけに転移だ。
「そうだったわ。アンタがすごく過保護だってこと、忘れてたわ。でも、知らないままなのはよくないわよ」
「だな。まあ、今知ったからいいだろ」
そういう問題かな。
うーん。でもまあ、確かに今知ることができたから、いいか。
「やっぱり、お家が一番ですね」
今日二度目になるお家至上のセリフを言った。




