第35話 敵襲のようです
独特の浮遊感が抜けて、目を開けるとそこはもうルドルフさんのお屋敷だった。
どうやら、前に案内された談話室に転移したみたい。
「誰だっ……って、ラピスちゃん?」
「ルドルフさんっ、師匠が、侵入者で、私だけ転移して、結界張り直してたところで、」
「どうどう。ちょっと落ち着こうね、ラピスちゃん」
自分でも支離滅裂な説明をしているとわかっていたけど、同説明したらいいのかもわからなくて。
ルドルフさんに頭を撫でられて、やっと少し息が吸えるようになった気がした。
ルドルフさんは、一つ一つ確認するように、私から状況を聞きだしていく。
まるで、授業の内容がわからない生徒に、どこがわからないのかを聞き出すみたいに。
前の世界では交番勤務のお巡りさんに落とし物を届けたことがあるくらいしかないけど、ドラマで見る刑事さんとかの事情聴取とかより、先生って感じだ。
もしくは、小児科のお医者さん。
「つまり、侵入者が現れて、フォルから避難指示が出たってことだね」
「はい」
ルドルフさんは、少し考えるように目を細める。
「俺が助太刀に出張っちゃったら、ラピスちゃんがここまで避難してきた意味がなくなる、か。念話で聞くにも、今はタイミングが悪いだろうね。ちょっと様子を見て、大変そうならラズを行かせよう。戦闘中でも、結界にラズを通すくらいの余裕はあるだろうし」
そっか!ラズロさんもいた。
ここ一年で私が紹介してもらえた師匠のお友達はルドルフさんとラズロさんだけ。
師匠の話では、他にも1人だか2人だかいるらしいけど、簡単には遊びにこれないらしい。
その事情については特に聞いてない。
例えば遠くに住んでるんだとしても、師匠のお友達なら転移でひとっ飛びだろうし。
まあ、友達とは言っても、師匠のお友達クラスになると長寿の人ばかりだから、数年会わなくても、どうってことないんだと思う。
100年以上生きる人たちにとっては、きっと1年なんてあっという間だ。
あ、そう言えば私もそのご長寿仲間だった。
いやいや、それは今はどうでもよくて。
私が現実逃避している間に、ルドルフさんは目の前に映像魔法を展開してくれた。
師匠がどこにいるかわからなかったみたいで、最初は何画面か同時に出してたけど、師匠はすぐに見つかった。
師匠と同じような黒くて長いローブを着て、フードを被った人と向き合っている。
お互いに杖を向けているけど。魔法が発動している様子はない。
と、思ったのは私だけだったみたい。
ちゃんと、ルドルフさんが解説してくれる。
「フォルは、影縫いの魔法を発動してるね。闇魔法の一つで、相手の影を地面に縫い止めて、動きを封じる術だよ。でも、相手も大人しくやられてないね。僅かにだけど、氷雪魔法でフォルの体温を少しずつ奪ってる」
体温を、奪う。
前の世界では、低体温症という言葉があった。
その名の通り、体温が下がりすぎると生命活動を維持できなくなる症状だ。
ぞわり、と背筋が寒くなる。
どうしよう。
師匠が動けなくなったり、思考力が低下して負けちゃったらどうしよう。
私だって、師匠が「大魔法使い」の称号を持っていなくなって、師匠が師匠であればそれだけで大好きだけど、もし、師匠の身に何かあったら。
「ああ、相手の顔が見えた。クラインか。相変わらず懲りないやつだね。ま、手っ取り早く片をつけるためにも、ラズを派遣しようか」
ルドルフさんは冷静で、敵のことも知っているみたい。
話し方からすると、もしかしたら何度も師匠に挑んでいる人なのかもしれない。
ルドルフさんが少し目を細めたので、私も大人しくそれを見守る。
たぶん、ラズロさんに念話をしているんだと思ったから。
私だけ、私だけなんの役にも立てない。
悔しさが募る。
私は師匠の弟子なのに。
私だって、ヒヨッコとはいえ、魔法使いの端くれなのに。
わかってる。
中途半端にしかまだ魔法を使えないから、だからこそ、師匠の足手まといにならないように、私の身に何か起こる前に、避難させてくれたんだって。
師匠は、転移魔法について、それはそれは細かく私に説明してくれた。
どんな理論で、どんなイメージを描いて、どんな詠唱でどうやって発動するのか。
何度も何度も、説明してくれた。
きっと、今みたいなことが起こったときに、私がちゃんと避難できるように。
「よし。ラズに事情を話して、向こうへ行ってもらったよ。もう少ししたら、映像に映るんじゃないかな」
その言葉に、ほっ、と息が漏れた。
避難先がラズロさんのところじゃだめな理由は相変わらずわからないけど、こうしてルドルフさんの元へ避難して、事情を話せばラズロさんも動いてくれる。
直接見たことはないけど、たぶん、お二人もすごい魔法使いなんだと思う。
「あ、ほらほら、ラズだ」
言われてみてみると、確かに敵を挟むようにして師匠の正面にラズロさんが立っていた。
影を縫い付けられた敵──クラインに、容赦なく大型の火魔法を叩きつけている。
クラインも、師匠への魔法をストップさせて、防御に回ったみたいだ。
次の瞬間には、師匠の周りの地面の雪が、じゅわりと溶けた。
たぶんだけど、一時的に自分の周りに熱をまとわせて、体温を戻したんじゃないかと思う。
ちなみに、クラインの周りには、既に雪はない。
さっきのラズロさんの火魔法で全部溶けたみたい。
クラインの周りにつむじ風みたいなのが吹き荒れて、急速に炎が消えた。
鬱陶しそうにフードを外して、そこで私は初めてクラインの顔を見た。
イケメン……?
ちょっと疑問符はついちゃうけどイケメンの部類に入ると思う。
少なくとも私好みではない。
身体も細っこくて、なんていうか、ナヨナヨしている。
こういう人が好みだという人もいるだろうけど、私の好みは師匠なので、欠片も心惹かれない。
そこまで考えて、ふと思った。
もしかして、クラインも攻略対象なのかな?
転生者と話してるときには特に興味がなかったから聞かなかったけど、今となっては聞くこともできない。
そう言えば、あの子の言ってたこの世界に似た乙女ゲーって、主人公はどんな立ち位置なんだろう。
有り得そうな展開としては、異世界転移で喚ばれた聖女の代わりになる存在だと思う。
聖女って私だよね?
でも私の代わりに天候問題を解決してくれるわけじゃないみたい。
本当に、恋愛が大幅を占めるゲームだったのかな。
なにぶん、乙女ゲーをやったことがなくて、ラノベでチラッとそういう展開を見たことがあるだけなのでよくわからない。
「大丈夫?ラピスちゃん。そろそろ、戦いも終盤だよ。見てごらん。フォルとラズで、クラインの周りに結界を発動してる。あれはたぶん、相手の魔力を糧に閉じ込めるための壁を作り出す拘束結界だよ」
確かに、師匠とラズロさんに杖を向けられたクラインの足元から、どんどん黒い蔦が伸びて、身体を締め上げていく。
その蔦から漏れ出す黒い靄が、四角い箱を作るみたいに、クラインの姿を徐々に隠していく。
「あの魔法はねぇ、昔は術者の血を媒介にしないと発動しなかったんだよ。それを、何百年も前にフォルが改良したんだ」
やっぱり、すごいなぁ、師匠。
私も、師匠と同レベルとまでは望まないけど、せめてラズロさんとかくらいには、成長したいなぁ。
ただ守られるだけじゃなくて、師匠と肩を並べて戦うために。
最後に、蓋を閉めるみたいに黒くて四角い靄が閉じて、完全にクラインの姿が見えなくなった。
師匠が杖をひとふりして、その箱もどき自体をどこかにとばしてしまう。
たぶん、どこか遠い山奥とか、そういうところに。
ふと、画面の向こうの師匠と目があった気がした。
師匠がニッ、と不敵に笑う。
「あ。ほらほら、ラピスちゃんも手を振ってあげるといいよ」
「え?これ、向こうからもこっちの映像見えてるんですか?」
「そうだよー」
そうだよって。
てことは、もしかしたらクラインにも私の姿が見えてたかもしれないってこと?
「あ、クラインに見られたかもって心配?大丈夫。これは、俺たちとフォルの間に繋げただけの映像だから。クラインにも見られてないし、今そこにいるラズにも見えてないよ」
そうなんだ、と安心しつつ、とりあえず師匠に手を振ってみる。
「今回は邪魔しないように音声は繋げなかったけど、本来なら音声も繋ぐことができるよ」
便利だ。
私も使えるようになりたい。
使う相手はいないけど。
ふと、師匠の口元が動いた。
“待ってろ”
私は嬉しくなって、大きく頷いてみせた。




