第34話 結界を張りなおします
「ラピス。お前、今日は絶対に屋敷の外に出るなよ」
ある朝、食事のときに突然師匠は言った。
言われなくても、師匠との訓練の時以外に、私が屋敷の外に出ることなんてないんだけど。
「ルージュ。お前は、今日は家のことはいいから、俺が帰ってくるまで、ラピスのそばにいろ」
「かしこまりました」
え、見張り?
私、そんなに信用ないんだろうか。
でも、天才な師匠は私の考えなど読み取ったみたいに、言葉を続けた。
「お前が勝手なことをしないのは分かってる。ただ、万が一の時のために、ルージュを護衛につけとくだけだ」
護衛。
なんというか、不穏な響きだ。
「師匠は、どこに行くんですか?」
「森の結界を張り直す。お前がここに来て一年たったからな。そろそろ頃合いだ」
森の結界って、確か古代魔法の一つって聞いた気がする。師匠にしか使えない魔法。
「見たい」
「ダメだ」
一応ダメ元で言ってみたけど、やっぱり却下された。
多重魔法陣を発動させるとか聞いたし、やっぱり、集中力が必要になるからかな。
「窓からでも、空に魔法陣が描かれるところは見られますよ」
「え、ほんとに?」
ルージュさんの優しい言葉に、思いっきり食いついた私を、師匠は呆れたように見ている。
「ったく。なんでそんなに見たいんだか」
「だって、古代魔法ですよ?師匠にしか使えない魔法ですよ!それに、空の魔法陣、すごくキレイだから、それが描かれていくところみたいです!」
「あー、ったく。わかったわかった。その代わり、危なくなったら即避難。約束できるか?」
師匠の言う、「危ない」状況がどんなものかわからないけど、足手まといにはなりたくないので、きっちり頷いておく。
「ちゃんと、家の奥に避難します」
「いや……場合によっては、ルドのところにだ」
「え」
ルドルフさんのお屋敷に避難するのは、本当に危ないときだったはず。
結界の魔法陣を張りなおすのは、そんなに危険を伴うのだろうか。
突然、不安になる。
そんなに危ないなんて、師匠は大丈夫なのだろうか。
「狙われてんのは俺だが、弱点としてお前を利用されないとも言い切れないからな」
「狙われて……?」
「結界を張りなおすときには、どうしても結界そのものが一瞬弱くなるからな。その隙に俺の敵が入り込まないとは言い切れない」
そう言えば、師匠には敵が多いって、前に聞いた気がする。
師匠を倒せば、この世界で唯一の「大魔法使い」の称号が手に入るから。
「師匠……」
「んな、心配そうな顔しなくても大丈夫だ。俺は強いからな」
少し、尊大に言ったあと、師匠は不安の色をにじませた。
「それより、俺のゴタゴタにお前を巻き込むほうがよっぽと心配だ。将来はともかく、今のお前じゃ、まだ相手にならねぇからな」
確かに。
魔法を教えてもらって1年近く経つけど、私はまだまだヒヨッコだ。
元々の魔力量が多いから、多分普通の魔法使いのお弟子さんよりかは、多少なりとも使える魔法は多いと思うけど、それでもヒヨッコに変わりはない。
「わかったんなら復唱。屋敷の外には出ない」
「屋敷の外には出ない」
「危なくなったら避難」
「危なくなったら避難」
「おし。んじゃ、あとはルージュ、頼む」
朝ご飯を食べ終えた師匠は、そのままローブを着込んで外へと出ていった。
「ラピス様。屋根裏部屋へ行ってみますか?」
師匠の姿を名残惜しく追っていた私に、ルージュさんが優しく言う。
「屋根裏部屋?」
「はい。この屋敷で一番空がきれいに見える場所です」
空がきれいに見えるなら、きっと師匠の多重魔法陣も見えるだろう。
私がコクンと頷くと、ルージュさんは手早く後片付けをして、私を案内してくれた。
屋根裏部屋は、使わなくなったらしい物が置いてあったりしたけど、ちゃんと片付いていて、ホコリもなくてキレイだった。
ルージュさんが敷物を敷いてくれたので、その上で膝を抱えて天窓の外を見る。
雪が積もってないか心配だったけど、屋根裏部屋の天窓からは、キレイに空が見えた。
今日も今日とて雪だけど、この雪景色にもすっかり慣れた。
天窓から空を見上げていると、一瞬、空が光って、それからすごく細かな魔法陣が、空に描かれた。
師匠の瞳と同じ、金色の魔法陣。
天窓からくっきり見えるくらいだから、たぶん、ものすごく大きな魔法陣だと思う。
残念ながら、私の知識では魔法陣に描かれている文様の意味までは理解できないけれど。
金色の魔法陣が、次々に、空へ描かれていく。
こんな厳重に守られた場所で、私はこれまで暮らしていたのだと、なんだか感動する。
師匠ほどの実力者なら、こんなに結界で守り固めなくても、きっと平穏に暮らせると思うのに、なんで、こんなに広範囲の森に、結界を張って暮らしているんだろう。
まるで、何か大切なものを隠しているみたいだ。
大切なもの?
師匠にとって、大切なものってなんだろう。
この屋敷にある蔵書は、既に全部師匠の頭の中に入っているし、宝石なんかはこの屋敷では見たことがない。
そもそも、師匠がそういうものに興味があるとも思えない。
じゃあ、師匠の作った魔導具とか?
それも、完成したら世に出るものがほとんどだ。
隠す必要はない。
だとしたら、師匠にとっての「家族」かな。
ルージュさんや、アミュ、それに私。
アミュと私がここに来たのは1年ほど前だから、その前から結界を張っていたのなら、ルージュさんを守るため?
でも、ルージュさんは週に一度は街まで買い出しに行くんだけど。
うーん、わかんないな。
私が悩んでいる間にも、空にはいくつもの魔法陣が描かれていく。
「これで、半分くらいの量でしょうか」
ルージュさんが静かに言った。
「こんなにたくさんあるのに、まだ半分?」
「ええ。残りの魔法陣も全て描き終わったら、最後に、主様がすべての魔法陣に魔力を流して発動させます。それで、結界の完成です」
「そんなに大変なことを、年に一回やるの?」
「主様がおっしゃるには、1年ほどで結界が弱まってしまうらしいので」
ルージュさんは使い魔で、師匠の実力をよく知っているからこそ、こんなに落ち着いているのかもしれない。
私は、師匠がそんなに莫大な魔力を流しても大丈夫なのか、ちょっと心配だ。
まあ、師匠なら大丈夫なんだろうけど。
なんでか、無条件に信じられる。
その後も、花火みたいにどんどん魔法陣が描かれていく。
「すごいなぁ、師匠」
思わず呟くと、ルージュさんがクスリと笑った。
「その言葉、主様に直接お伝えしたら、きっとお喜びになると思いますよ」
「えー、師匠なら言われ慣れてるんじゃない?」
「ラピス様からのお言葉なら特別です」
弟子から直接褒められるのは、やっぱり師匠として嬉しいのかな。
いくつもいくつも魔法陣が浮かび上がったあと。
「そろそろ、終わりですね」
ということは、あと少しで師匠が魔力を流すのかな。
きれいなんだろうな、と少しワクワクする。
その時だった。
チリリン!
玄関のドアベルが鳴った。
え、誰?
師匠ならドアベルなんて鳴らさないで入ってくるし、そもそも、結界の張り直しの途中だ。
ルドルフさんやラズロさんだって、森の結界を抜けるときに師匠の許可をもらってるはずだから、師匠から何かしら連絡がこっちにあるはず。
「ラピス様。至急避難を!」
ルージュさんが真剣な顔で言う。
「え?」
でも、私の頭はついていけない。
その時、頭の中に声が響いた。
『ラピスっ、逃げろ!』
「はいっ!」
師匠の声に、ハッ、と我にかえって、私は急いで転移の詠唱を始める。
師匠なら詠唱なしで転移出来るけど、私にはまだ詠唱破棄は難しい。
バタン!と玄関のドアが開く音がしても、詠唱をやめなかった。
そもそも、転移の詠唱自体はそんなに長いものじゃない。
私の身体が魔法陣の光に包まれると同時に、空の魔法陣に師匠の魔力が流されて、それから、屋根裏部屋に誰かが入ってきた。
その姿を確認することなく、私は転移した。




