第33話 ラズロさんの傷
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夕ごはんの後、今日は疲れたからちょっと飲もう、ということになって、私たちは談話室に移動した。
ラズロさんはもちろんお泊りなので一緒だ。
ここ一年で知ったのだけど、ラズロさんやルドルフさんはあまりにも頻繁にお泊まりに来るので、着替えなどのお泊りセットが、このお屋敷にはちゃんと常備されているらしい。
至れり尽くせりじゃないですか、師匠。
まあ、そんなことを実際に師匠に言ったら、ツンな部分が発動することはわかっているので、敢えて言わないけれど。
とにかく、そういうわけで、私たち三人は飲んでいるところだ。
もちろん、私は果実水。
こんな日は、私だってお酒を飲みたいのに。
師匠は、本当に自分以外の人間がいる場所で、私がお酒を飲むのを嫌がるのだ。
と言っても、師匠と二人きりの時でも、あまり飲ませてもらえないのだけど。
「濃い人でしたね」
とりあえずみんな一口飲んで落ち着いたところで、私は口にした。
誰が、と言わなくたって、この場にいる全員が同じ人物を思い浮かべたはずだ。
「ほんとに、迷惑かけたわ。ごめんなさいね」
「いえ、それについてはもう」
最初にちらっと聞いた話では、確かラズロさんの弟子候補だったはず。
候補とはいえ、彼女の口車に乗せられてここに連れてきてきた挙句、好き勝手されたのだから、ラズロさんが自己嫌悪に陥る気持ちもわかるのだけど。
「ラズロさんも被害者だと思います」
「優しいわね。ありがとう、ラピスちゃん」
「コイツの優しさに甘えんなよ」
ビシッと釘を差す師匠。
「でもほら、まさかこの世界が乙女ゲーの世界と同じで、しかも転生者がいるなんて思わないじゃないですか」
ついつい、ラズロさんを庇ってしまう。
「お前は甘いんだよ。魔臓もなくて、魔力もないのに、隠された力があるとか、おかしいだろ?」
それは、確かに。
それが知識のことを指しているのなら、隠されているわけではないし、普通の魔法でも、精霊魔法でもない隠された力って何かと考えると、特に思い当たるものはない。
聖女が持っているとかでありがちな治癒魔法とか浄化魔法は、この世界の魔法には普通にある。
誰もが使えるわけじゃないけど、ある程度魔力があって、知識もあれば使える。
あとはもう、私が喚ばれた原因でもある、天候を何とかする力だけど、それこそ、魔法か科学力でなんとかするしかないのだ。
しかも、科学力はいくら知識があっても、技術力が追いついていなければ意味がない。
仮に、彼女に知識があって、師匠の魔導具作成の力と合わせることで解決できるのなら、その時点で隠された力じゃない。
全然、隠れていない。
「まあまあ」
他に言いようがなくて、私はとりあえず師匠を宥めた。
「それにしても、人間誰しも傷はあるので、そこは特に驚いていないのですが、お二人とも解決済みというところに驚きました」
「あー、それね。あの子は、自分が解決して、アタシたちに取り入るつもりだったみたいだけど、そもそも、他のやつはともかく、アタシの傷なんて大したことなかったのよ」
ラズロさんが、グイッとグラスを傾けてお酒を流し込む。
大したことない傷だとは、思えないんだけど。
「ほら、アタシって、こんな言葉遣いじゃない?だからね、それに対しての偏見とか、陰口とか、気持ち悪がられることも結構あるのよ。でも、アタシに初めてあったとき、ラピスちゃんはごくごく自然に接してくれたでしょ?それを見てね、ああ、こんなに自然に受け止めてくれる人もいるんだなって、気持ちが軽くなったの。アタシから壁を作ってた部分もあったんだろうなって」
私は、そんな大層なことをした覚えはないのだけど。
むしろ、心も女性ですかとか、あけすけなことを聞いた気がする。
それなのに、こんなことを言ってくれるなんて、ラズロさん、大変だったんだろう。不憫だ。
それに、なんて優しい。
「師匠の傷も、癒やされてるんですよね?」
そう言っていたけど、もし、癒やされていないのなら少しでも力になりたい。
だって、この世界につれてこられてから今まで、師匠はずっと私の力になってくれていたから。
少しでも恩返ししたいし、その反面、下心がないと言えば嘘になる。
私だって、結局あの子と同じだ。
「お前が気にするような傷はとっくに癒えてる。それに、さっきお前も言ってたけど、誰しも傷の1つや2つ抱えてるもんだし、本来は、周りの力を借りることはあっても、最後は自分の力で乗り越えなきゃいけないことだろ?」
確かに、言われてみればその通りだ。
傷跡に絆創膏を貼っても、治すのは免疫力。
さすが師匠。
長く生きているだけある。
ラズロさんは、すっかり無言になって、ひたすらお酒を飲んでいるけど、大丈夫だろうか。
いや、この人たちはお酒に強いんだった。
私基準で考えてはいけない。
「結構いい時間だな。ラピス。お前、明日も早く起きるんだろ?今夜はもう寝ろ」
また、私だけ除け者。
そんな不満が顔に出ていたのかもしれない。
「お前は今日、前の世界のやつにうっかり会って、わけわかんねぇこと言われて、おまけに尋問までしたんだ。疲れてないわけがねえ。無理すんな」
言われてみれば、身体というか、精神にどっしりと疲労が溜まっている気がした。
「あい。それじゃ、お先におやすみなさい」
「あー、部屋まで送ってく」
いいですよ、と断ろうと思ったけど、たぶん、嫌な夢を見ない魔法をかけてくれるんだろうと思い返して、師匠の言葉に甘えることにした。
した、けど!
師匠、なぜお姫様抱っこ。
酔ってないし、普通に歩けるのに。
「師匠、歩けますよ?」
「バカタレ。疲れてるときくらい甘えとけ」
えー。
むしろ師匠は、疲れてないときでも甘やかしてくれてる気がするんだけど。
笑顔でこちらにヒラヒラと手を振るラズロさんに手を振り返して、私と師匠は談話室を出た。
「突然、乙女ゲーの世界とか言われて戸惑ったかもしれんが、ここは俺やお前が当たり前に生きてる、ごく普通の世界だ」
突然、師匠が言った。
その言葉に気がつく。
そっか、師匠は私がシナリオ通りに世界が動くんじゃないかと気にしてるって、心配してくれてたんだ。
全然、そんなことないのに。
でも、師匠の気持ちが嬉しくて、森林の匂いのする師匠の胸に、そっともたれた。
◆◆◆
「ラピスちゃんは、寝たかしら?」
「おう。布団に入った途端ぐっすりだ」
「よっぽと疲れてたのぇ。ほんと、悪いことしたわ」
そういう、ラズロの方が疲れて見える。
まあ、元凶を連れてきたのはラズロだから、それも仕方ないかもしれない。
それに。
「お前、まだまだ傷は深いだろ」
「お見通しね」
ラズロがラピスに言った傷も、嘘じゃない。
だけど、コイツにはもっと深い傷がある。
ずっと、俺と一緒に彼女を見守るうちに、気がつけば、俺もコイツも、恋に落ちていた。
ラズロだって、高魔力保持者だ。
人生で好きになれる相手は一人だけ。
そのたった一人が、俺と被った。
選ぶのは、彼女自身だ。
それでも、俺の方が圧倒的に有利だったのは否めない。
そして、ラズロは自分の恋を諦めた。
いや、本当に諦められたのかは、コイツにしかわからない。
それでも、彼女の意思を優先した。
ラズロは俺と違って、やがては死に至る。
けれど、それまで何百年もの間、彼女以外誰も好きになれず、他の男といる彼女を見つめ続けなければならないのだ。
それがどれだけ辛いのか、想像に難くない。
「仕方ないわ。こういうこともあるわよ。長く生きてれば」
「そうかもな。ま、今夜はしこたま飲め」
ラズロのグラスになみなみと酒を注いでやると、ラズロはあおるようにそれを飲み干した。




