第28話 お出かけしましょう
1年の中でもだいぶ雪の少ない季節になった。
今日は師匠に誘われてお出かけだ。
正直、ものすごくウキウキしている。
はしゃいでいると言ってもいいくらいだ。
師匠は、私を結界から出すことで危険に晒すのではないかと、これまで結界の外に出ることはなかった。
でも、私が真名を預けたあの夜から、少し変わった。
今日は、ルドルフさんの家を訪ねる予定だ。
ちゃんと先触れも出してある。
と言っても、この世界にはどうやら郵便がないらしいので、魔法陣を使ってお手紙を届けただけだけれど。
「それにしても師匠。なんで急にルドルフさんの家へ?」
「アイツは弟子を数人抱えているからな。他の師弟がどんな感じか知るにはいいだろう。それに」
師匠はすごく険しい、まるで何かを睨むように前方を見据えて、言った。
「転移魔法は、一度行ったことのある場所しか行けない」
つまり、私が何かで転移しなくてはいけない時に、すぐにルドルフさんの元へ行けるように、ということか。
「結界とアミュレットだけでお前を守ってやれればいいが、それだけに頼るのも心配だからな」
アミュレットはともかく、師匠の結界を破るなんて、よほど魔力の高い人じゃないと無理だと思うんだけど、師匠は、何をそこまで警戒してるんだろう。
「大魔法使いは、世界に一人だけだ。俺を倒せば、そいつが次の大魔法使いと認められる。別に、俺は肩書なんてどうでもいいが、お前に危害が及ぶことだけは避けたい。お前は、俺の唯一の弟子だからな。何をされるかわからん」
師匠は、私が唯一の弟子だから、と言ったけれど、本当は、私が異世界から来た人間だからじゃないか、ふと、そう思った。
あの時、召喚されたばかりの時は混乱していたし、よくわからなかった。
でも、今は少し違う。
あの絵本のように、権力を持った誰かが私の魔力を利用しようとする可能性は高い。
師匠は、私を弟子にすることで、きっと守ってくれている。
「私、師匠から離れません。もしも、師匠の邪魔になるときが来たら、ちゃんと避難しますけど」
「そうだな。是非そうしてくれ。ルドの所なら、間違いない」
また、ルドルフさんの名前だ。
親しい友達なら、ラズロさんだっているのに。
「どうして、ラズロさんじゃ駄目なんですか?」
「お前は、ルドよりもラズの方がいいのか?」
質問に質問で返してきた。
そういうことを言っているんじゃないのに。
「お前がラズに懐いてるのは知ってる。でも、アイツのところには行かせたくない」
チャラ男のルドルフさんじゃなく、オネエ様のラズロさんを警戒してるの?
それに、ルドルフさんよりラズロさんに懐いているというより、単に女言葉だから話しやすいだけなのに。
私にとっては、師匠以外はみんな同列なのに。
何となく無言になって、二人でサクサクと歩いていたら、森が開けて、小さな村みたいなところに出た。
「この村から、歩いて20分ほどのところに、街がある。そこそこ栄えてるし、ルージュがいつも買い物をしてるのもそこだ。いろんな店があるから、お前も興味のある店があれば言え。立ち寄るくらいはしてやる」
とは言われても、この世界に何があるのかよくわからないし、特に装飾品なんかにも興味はない。
何ヶ月も暮らしていれば、ルージュさんの用意してくれる、女の子感満載の服や寝間着にも慣れる。
賑やかになってきたから、たぶん街に入ったんだと思う。
チラチラと横目で立ち並ぶお店を見ながら、師匠のあとをついていく。
「あ」
「どうした」
急に足を止めた私に、師匠が同じように立ち止まる。
視線の先に目をやって、ああ、と頷いた。
「魔導具屋か。何かほしいものでもあるのか?」
「ほしいものって言うか、師匠が持ってるみたいな杖がほしいなって。魔法使いっぽくてかっこいいし」
初めてこの世界に来たときに、魔法使いたちの持っていたタクトみたいなものは、魔法の杖だった。
よくよく考えれば、某魔法使いの少年も、ナンタラの木だか羽だかで作ったという杖を持っていた。
「そうか」
師匠は一言言って、また歩き出す。
立ち寄るくらいはしてやるって言ってたのに、この店には入らないみたいだ。
「一人前じゃない私には、まだ早いですかね」
「そうじゃねぇ。杖がほしいなら、俺がお前にピッタリ合うやつを作ってやる。忘れてるかもしれねぇが、俺の趣味は魔導具作りだ」
そうだった!
師匠が私の為だけに作ってくれるんだと思うと、さっきションボリした気持ちも、一気に吹き飛んでいく。
「着いたぞ。ルドの家だ」
そう言われて師匠の向こうに目をやったが、あるのは狭そうなアパートメント。
師匠は、あんなに立派なお屋敷に住んでいるのに、ルドルフさんは違うのだろうか。
でも、お弟子さんもいるって言ってたのに、この狭さは大丈夫なんだろうか。
「見た目に惑わされるな」
警告するように師匠が言って、ドアノッカーを鳴らす。
少しして出てきたのは小さな女の子だ。
お弟子さんだろうか。
「大魔法使い様ですね。中へどうぞ」
丁寧にお辞儀をされて、慌てて私も頭を下げて、そして気づいた。
この子、宙に浮いてる。
ということは、ルージュさんと同じ、使い魔さん。
確かに、見た目に惑わされちゃいけないな。
そう反省して、中へ入った次の瞬間、私は師匠の言葉の本当の意味を知った。
アパートメントと思った建物の中は、とてつもなく広く、豪華なお屋敷だった。
長い廊下と、大きな玄関。
廊下の向こう側には、扉の開かれた大広間のようなものも見える。
「いらっしゃい。フォル……お嬢さん」
一瞬、私の名前を言いかけたルドルフさんは、すぐに言い直した。
そう言えば、真名を師匠に預けたから、今の名前がわからないんだ。
「こいつの名前は、ラピスラズリ・ウル・パテルだ。ラピスと呼べ」
「ラピスちゃんね。りょーかい。いい名前もらったね、ラピスちゃん。さ、座って座って」
ルドルフさんが、何か含みを持った笑い方をする。
「そっかー。パテルの名を与えられたのか」
言いたいことがよくわからない。
師匠を見たけど、師匠は何でもない顔でお茶を飲んでいる。
そういえば、瑠璃の洋名がラピスラズリなのは知ってるけど、パテルにはどんな意味があるんだろう。
ルドルフさんが言い出すまで、特に意味なんてないだろうと思っていたけど、よく考えたら、言霊を大切にする師匠が、なんの意味もない名前をつけるとも考えにくい。
とはいえ、今の師匠の様子を見る限りだと、教えてはもらえなさそうだ。
「ラピス。この景色をよく覚えておけよ。しっかり覚えていればその分、転移がしやすくなるからな」
「はい」
「ええ?屋敷の中にいきなり転移してくるの?」
「コイツがここに転移するとしたら、緊急事態だからな」
それなら仕方ないね、とルドルフさんはすぐに納得した。
まるで、そうなることを見越しているみたいに。
不安そうな顔をしてしまっていたのかもしれない。
ルドルフさんはニッコリと笑うと、師匠に言った。
「ちょっと、うちの弟子の魔導具作成見てやってよ。ずっと同じところで躓いてるみたいだから」
「あ?んなもん、師匠のお前が教えるべきだろうが」
「大魔法使い様に見てもらえる機会なんて、そうそうないからね。うちの子たちも今日はソワソワしてるんだよ」
歳の離れた弟妹の話をするというよりも、むしろ、孫の話をするおじいちゃんみたいな言い方で、ルドルフさんが言う。
実際、ルドルフさんにとっては、孫みたいなものなのかもしれない。
ん?
と言うことは、私も師匠にとっては孫みたいなものなのかな。
「ラピス?おい、ラピス。ちょっと言ってくるから、ここから動くなよ」
ティーカップを持ったままコクコクと頷くと、師匠は心配そうに振り返りながらも、別の部屋の方へと消えた。
「来てくれてありがとう。君がこの屋敷に転移するなんてこと、起こらないのが一番だけどね。あ、よかったら焼き菓子も食べて。うちの子の力作だから。それから、前に比べるとちょーっとだけ、フォルとの距離が縮まってるように、お兄さんには思えるな」
それに関しては、何ともいいようがない。
距離は、縮まったような、変わらないような。
「今度、私用の杖を作ってくれるって言ってました」
「フォルが?自分で?へぇ……」
あれ?
珍しいことなのかな。
師匠も言ってたように、魔導具作成は趣味なのに。
「じゃあ、ラピスちゃんはお礼をしたいわけだ。ちょうどいいから、面白い魔法を教えてあげる。簡単だし、1日もあれば解けちゃうようなやつだけど」
それから1時間もしないうちに、私たちはルドルフさんの屋敷をお暇した。
屋敷を出るときに、ルドルフさんはウィンクしていた。
本当に、あの魔法で師匠は喜んでくれるのかな。
私たちは、来たときとは違って、転移で屋敷に戻った。




