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第27話 夢を見ました

あの絵本を読んだ影響なのかどうか。

私はその晩、夢を見た。

随分リアルで、匂いや温度のある夢だ。

夢の中で私は、命の灯が消えようとしていた。



──花の香り。

この花、知ってる。故郷で咲いていた、沈丁花だ。

身体は重く、腕を上げるにも億劫なほどだ。

それでも、私は彼の腕に抱かれたまま、彼の頬に手を添えた。



「お願い。約束よ。

絶対に自分からは死なないって。自分で死んでしまっては、輪廻の輪に戻れなくなるわ。

あなたと、どうしてももう一度会いたいから、だからお願い。約束して。自らは死を選ばないって」


「わかった。約束するよ。二度と君のような悲しい思いをする人が現れないように、召喚の儀は行えないように魔法をかけた。それでも、1000年が限界だろうけど。きっとその頃には、今よりもっと世界は良くなってる。だから、二人でまた新しい世界を生きよう」



低い、男性の声。

聞き慣れた、愛おしい声。

私の命はもうすぐ尽きるけれど、それでも、彼と出会えて幸せだった。

知らない世界につれてこられて、幾度となく涙を流したけれど、この世界の平和を願ったのは事実だ。

そして、彼と出会えたのは、きっと奇跡。

別々の世界で暮らしていたら、きっと出会えなかった。

だから、辛いことのほうが多かったくらいだけど、彼と出会えたから、この世界に喚ばれた意味はあった。

目を閉じれば、見える気がする。

生まれ変わった私と彼が、また出会う姿が。


私たちは、きっとまた恋に落ちる。

口に出してしまえば言霊になって未来の私達を縛ることになるから、決して口にはしないけど、私が見た彼らは、微笑ましいくらい仲が良くて、しあわせそうだったから。


お願い、私の見た光景を、夢で終わらせないで。

たとえ恋に落ちることがなくても、それでもあなたのそばで生きていきたいの。


今度こそ、悠久の時を、一緒に生きていきたいの。



「愛してるわ。──。だから、約束して」


「わかってる。約束する。君を失ってからの時間がどれほど長く、孤独に苛まれようとも、決して命は絶たない。君の望んだ世界を、作り上げてみせる」



ああ、沈丁花の香りがむせ返るようだ。

私は、この世界にちゃんと生まれ変わることができるのかしら。

もしも、また別の世界に生まれ変わってしまったら、彼に寂しい思いをさせることになるわ。


でも、きっと大丈夫ね。

たとえ私が別の世界に生まれ変わっても、彼ならきっと見つけ出してくれる。

さっき見た光景のように、また二人一緒に過ごせるわ。

私ね、その日々が、とてもとても待ち遠しいの。

未来の私たちが、まるで自分の子どもたちのように思えるくらいよ。



「ずっと、見守っていてね。この世界を。愛おしい未来のために」



どうか、泣かないで。

私たち、未来でまた会えるのだから。



「お願いだ。せめてもう少し、一緒にいてくれ」


「そうね、あと、すこし……」



彼はきっと、これから何百年と生きなくてはいけないだろう。

もしかしたら、死ぬことさえないかもしれない。

それでも、私の見た未来の通りなら、彼もきっと新しい生命をもって生まれてくるはず。



「忘れないで。私たち、また、出会えるわ」



ああ。月が、とてもきれいね。








「ルリ!」



突然耳元で呼ばれて、目を開ける。

私の愛おしい人が、私を心配そうに見つめている。



「ほら、ね。また出会えた」


「る、り……?」



少しずつ、視界が広がっていく。

もう、沈丁花の香りはしない。

ここは、「私」の部屋。



「師匠……?どうかしました?」


「ルリ……。いや、お前が寝ながら泣いてるって、アミュが教えに来てくれた」



確かに、頬には涙の流れたあとを感じる。

ごしっ、と頬を拭って、師匠に微笑んだ。



「よく覚えてないんですけど、何か、幸せな夢を見ていた気がします」


「幸せな夢、か」



物憂げな師匠。

どうしてそんな顔をするんだろう。



「ところで師匠。今夜は、満月ですか?」


「ん?あ、ああ。どうした、急に」


「いつもより外が明るいから。師匠、一緒に月を見ませんか?」



師匠に、月が綺麗ですねって、伝えたい。

あの文豪のエピソードを師匠が知っているとは思わないけど、それでも、伝えたい。


師匠が私を抱き上げて、カーテンを開ける。

やっぱり、大きくてきれいな満月。



「月が、」


「月がきれいだな」



私の言葉を盗んだように、師匠が言った。

師匠がその言葉の意味を知っているわけないのに、なんだかすごく嬉しい。



「はい。月が綺麗ですね」



師匠は、私を見てふっ、と笑った。

そこに、物憂げな影はもうない。



「このまま窓辺にいたら、またお前が風邪をひいちまう。暖炉の前に行くぞ」



またお姫様抱っこの状態で、暖炉の前にあるソファに移動する。


ポカポカ、ぬくぬく。



「お前、さ」



珍しく、少し言いにくそうな師匠。



「お前、この世界に無理やり連れて来られて、俺のことを恨んだりしなかったのか?」


「恨んだことなんてありませんよ?たしかに最初は、この国を救うなんて私には荷が重すぎるし、平凡な毎日に戻してほしいって、思ってましたけど」



でもね、師匠。

今なら、わかるんですよ。



「私が前の世界で一度も恋をしなかったのは、その相手が前の世界にはいなかったからだと思うんです。

高魔力保持者は、一生に一人しか愛せないんでしょう?私は、そのたった一人に会うために、この世界に来たんだって、そう思ってます」


「俺は……まだお前に話せていないことがある。もし話したら、お前は俺のことが嫌になるかもしれない。俺を恨むかもしれない。だから、話せない」



師匠が、私に何か言えないことがあるのは、気がついていた。

最初は何も思わなかったけど、師匠を好きになって、その言動をつぶさに観察していたら、何か隠してるって、気がついてしまった。



「いつかは、話してもらえますか?」


「そうだな、いつか。お前には、話さなきゃならねえ」


「なら、いいです」



別に、いつになっても。

話すのがずっと先の未来でも。

だって、大魔法使いの師匠も、そして高魔力保持者の私も、とっても長い寿命があるんだから。



「そうか」



師匠は少し安心したみたいな、申し訳ないような顔で、私を見下ろした。



「もし、万が一にでも俺の身に何かあったら、その時はルドを頼れ。そして、アイツから事情を聞いてくれ」


「師匠は大魔法使い様なんだから、師匠の身に何かなんて起きないでしょ?それに、そうなったら、ルドルフさんだって、私だって無事じゃすまないんじゃないですか?」



ちょっと煽るように言えば、師匠も苦笑した。



「そんなことにはならないようにするし、お前の身は何があっても守ってやるが、何しろ、大魔法使い様だからな。敵もいるし、この力を利用しようとするやつもいる。だから、万が一、の話だ」



それから、少し真剣な顔をした。



「念の為だが、お前の真名を預かる。お前はこれからラピスラズリ・ウル・パテルと名乗れ」



ラピスラズリって、瑠璃の洋名だったっけか。



「でも、私の名前を知ってる人はどうするんですか?」


「俺がお前の真名を預かった時点で、記憶にはあっても、口から出せなくなる」



そう言った師匠が指をひと振りすると、何かが私の身体から師匠の身体に移った。



「これで、少しでも危険が減ればいいんだが」



そう言った師匠の懸念を、その時の私は、ほとんど理解できていなかった。

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