第25話 故郷を見せてもらいました
翌朝。
寝不足になるかと思いきや、意外とすっきり目が覚めた。
顔を洗って、鏡でチェックするけど、むくみもないし、クマさんもない。
むしろ、師匠がずっと側にいてくれたから、ちょっと気分がいいくらいだ。
鼻歌を歌いながら食堂へ行くと、ルドルフさんだけが席についていた。
「おはようございます。お一人ですか?」
「おはよ、ルリちゃん。ラズとフォルはまだ寝てるんじゃないかな。二人とも、遅くまで飲むと翌朝はなかなか起きられないから」
普通はそうなんじゃないかな。
むしろ、なんで一緒に飲んでたルドルフさんがこんなに元気なのか不思議だ。
ルドルフさんに食事を運んできたルージュさんは、やっぱりというか、ちゃんと私の分の食事も持ってきてくれていた。
アミュは、まだ夢の中だ。
「おはよう、ルージュさん」
「おはようございます、ルリ様」
いただきますをして、食事を始めたら、ふとルドルフさんが話しかけてきた。
「昨日は夜中に起きてきて少しだけお酒のんだけど、二日酔いとかになってない?」
「大丈夫です。あれくらいなら、元の世界でも飲んでましたから」
「そうなの?え、じゃあ、素面であんなに甘えてたの?」
ぐっ。
昨夜のことを思い出して、喉に詰まりそうになった。
覚えてる。
昨日自分が何をしたのか、何を言ったのか、全部覚えているのだ。
というか、思い出してしまった。
あの時だって、ちゃんと意識はあった。
少しだけ理性が溶けかけてたけど、ちゃんと、自分が何をしているのかの自覚はあったのだ。
「………師匠には、内緒にしてください」
「ああ、なるほど。酔った勢いってことね」
コクコクと頷く。
だって、酔ってるってことにしないと、師匠にあんな風に甘えられない。
いや、結構甘えている方だとは思うけど、酔ってる時のほうが甘えやすい。
「ルリちゃんて、ほんとにフォルのことが大好きなんだね」
サクサクとサラダを食べながら、ルドルフさんがサラッと爆弾を落とした。
「そっ、それはっ、すっ、好きですけど」
「師匠として?それとも、男として?」
「……私は、高魔力保持者です。人生で一度しか人を愛せないから、好きになる前にちゃんと考えろって言われてます」
明言は避けたけど、たぶんルドルフさんにはバレてる。
「そんなこと言っても、好きになるのは止められないのにね」
「そのとおりだと思います」
「もう、引き返せないほど好きになっちゃったんでしょ?」
「はい……あっ」
慌てて口を押さえるけど、もう遅い。
誰を、とは言ってないけど、私のこの世界での人間関係なんてたかがしれているのだから、モロバレだ。
「師匠には」
「言わないよ。ね、どこが好き?」
「えっと……厳しいようで優しいところとか、すごく気を遣ってくれるところとか、可愛い一面があるのも好きですし、抱きしめられるとあったかいとことか、」
「あーうん、もういいよ」
あれ?
まだまだ全然伝えきれてないんだけど。
「朝から大層な告白、ごちそうさん」
聞き慣れた低い声。
慌てて振り返ると、食堂の入り口で、師匠がドアにもたれ掛かっていた。
「しっ、師匠。どこから……」
「さあなあ」
師匠は意地悪く笑いながら、自分の席につく。
同時に運ばれてくる食事。
今日は、あっさり軽めの食事のようだ。
よく見ると、目の下にクマさんが鎮座している。
「師匠、あんまり寝れなかったですか?」
「まあな。誰かさんはいつまでも離してくれないし、その後は後で、こいつらにさんざん飲まされた挙句、ヘタレだのなんだのと文句言われるし」
とりあえず、私の告白から話が逸れたので良し。
安心して、もきゅもきゅとパンを食べ始める。
師匠はそんな私をじっと見ていたかと思うと、ニヤリ、と笑った。
「ルリ。俺にもおいしくなる魔法、やってくれよ」
無理。
そう言おうとした私の顎を、師匠が軽くつまむ。
「出来ないなんていわないよな?あんなに熱い告白してくれたくらいだもんな?」
話流れてなかったー!
それに、またあの恥ずかしいセリフを言わされるのか。
抵抗しようかと思ったけど、師匠が許してくれる気配はない。
「わかりました。……おいしくなぁれ。もえもえきゅん」
「どんだけ心入ってねぇんだよ。やり直し」
くそう。
こうなったら、師匠が照れるくらいに本気の本気でやってやる。
「ご主人様のご飯おいしくなぁれ。愛情こめこめ萌え萌えキュン♪」
もちろん、手はハートだ。
どうだ!
やってやったと、師匠を見ると、フルフルと肩をふるわせながら、俯いていた。
「なんか、変な扉開きそうになったわ」
「うん、傍で見ていた俺にもその気持ちわかるよ」
どうやら、私の勝ちのようなので、満足して、またもきゅもきゅ食べ始めた。
結局、朝食の時間帯にはラズロさんは起きてこなかった。
昨夜、結構無茶な飲み方をしたらしい。
お昼頃に起きてきたので一緒に食事をして、それから二人は帰っていった。
「ルリ。大事な話がある。俺の部屋に来い」
お客様が帰ったあと、師匠が真剣な顔で言った。
なんだろう。
こんな真剣な顔、初めて見るかもしれない。
師匠の後をついて歩いていくけど、心臓はバクバクいってるし、額には嫌な汗が浮かぶ。
部屋に入ると、師匠は私をソファに座らせて、水晶玉を手に、私の横に座った。
「先に聞いておく。お前、元の世界がどうなってるか、知りたいか?」
ドキン、と心臓が音を立てた。
知りたいか知りたくないかで言えば、知りたい。
家族は、友人は心配していないか。
ちゃんと夜は眠れているのか。
ご飯は食べられているか。
幼い弟は泣いていないか。
でも、それを見てしまったら、知ってしまったら、私は元の世界に帰りたくなってしまうかもしれない。
それが、怖い。
だって、元の世界にはもう戻れない。
戻れたとしても、私にはこの世界に大切な存在が出来てしまった。
今更、離れるなんで出来ない。
それでも。
「知りたいです」
これを乗り越えないと、私はいつまでもこの世界に定着できない気がする。
「わかった。辛くなったらすぐに言え」
師匠が水晶玉に手をかざすと、色んな景色が流れて、それから、私の住んでいた部屋が映ると、師匠はそれを目の前に映し出した。
私が住んでいた部屋は、家具も何もなく、空っぽ。
住人が行方不明になったから、退去扱いになったのかもしれない。
その光景を師匠が手で横に払うと、次の映像が出てきた。
なんだかちょっとハイテクだ。
映し出されたのは、私の実家。
家族が、楽しそうに食事をしている。
よかった。
みんな元気そうだ。
でも、少し元気すぎるような。
そんな私の疑問に答えたのは、次の映像。
そこは、私の実家の部屋……だった場所。
それなのに、私の持ち物は何一つなくて、子供の遊び部屋みたいになっている。
それも、ここ最近じゃなくて、ずっと前からそうだったみたいに。
まるで、私なんて最初から存在しなかったみたいに。
「師匠。元の世界で、私は」
「最初からいなかったことにされた。俺達がやったんじゃないが、召喚してお前がこっちに来た時点で、そういう世界線に変わった」
「は、はは」
私の心配なんて、最初から杞憂だった。
私がいなかったことにされた世界で、私を探す人なんて、心配する人なんて、いなかったんだ。
じゃあ、私がここに来るまでの思い出は、どこに行ってしまうのだろう。
私が忘れたら、それすらなかったことになるの?
「ルリ。悪かったと思ってる。でも、俺は召喚したことを後悔していないし、ルリの向こうの世界での思い出は、俺が一緒に抱いてやる。こっちに来て良かったって、絶対に思わせてやる。だから、泣くな」
師匠の無骨な指が、私の目元を拭う。
大丈夫。大丈夫だよ、師匠。
「師匠が私の記憶を共有してくれるなら、私は、さみしくないです」
誰も悲しんでなくてよかった。
師匠はきっと、このことを知っていて、私に伝えたらショックを受けるだろうと、話さなかったんだと思う。
でも、これで、本当に私と、あの世界での縁は切れた。
切れたけど、師匠が思い出を共有してくれるから、あの世界でのことを話したって構わない。
あの世界は、もう私のいるべき世界ではないけど、ここに、師匠の横に、私の居場所はあるから。
にへらっと笑った私を、師匠はしばらく抱きしめていた。




