第24話 師匠に近づきたいのです
パチリ。
夜中に突然、目が覚めた。
師匠に安眠の魔法もかけてもらったにもかかわらず目が覚めたのは、単純に、食べ過ぎによる胸焼けだ。
(食べすぎた。気持ち悪い)
とりあえず、部屋に準備してあるピッチャーからお水を注いで飲む。
時計を見ると、夜中の三時。
師匠たちは、まだ飲んでるのかな。
ふと、寝る前のことを思い出して私は頭を抱えた。
やっちまった。
ギュってして、とかも十分恥ずかしいけど、師匠のそばにいたいとか、勝手に自分を追い詰めて泣いちゃったこともそうだし、何より、キスをねだってスルーされたのが痛い。
いや。
師匠は恋愛慣れしてないらしいから、もしかしたら、キスをねだってるって気が付かなかったのかも。
うん。そうだといいな。
師匠に何か言われたら、ちょっと情緒不安定だったと言っておこう。
チラリとベッドを見れば、熟睡しているアミュ。
対して私は、どうやらバッチリ目が冴えてしまったみたいだ。
よし。
このまま部屋にいても眠れないんだし、ちょっとだけ師匠たちの様子を見に行こう。
ネグリジェの上に、師匠が寝る前に羽織らせてくれたローブを着込む。
このローブ、薄手に見えるのに結構暖かい。
アミュを起こさないようにそっと部屋を出て、一階にある談話室へと歩き出す。
談話室は、防音の魔法でもかかっているのか、屋敷の中はとても静かだ。
談話室の前に着いて、ちょっと迷ってからドアをノックすると、少し間があってから、師匠が顔を出した。
「おまっ……、こんな時間にどうしたんだよ」
「目が覚めちゃって」
少し咎めるような師匠の視線に、ちょっと居たたまれなくなる。
「ルリちゃん。目が覚めちゃったんだ」
「ここに来たってことは、何か理由があったんでしょ?」
ルドルフさんとラズロさんが優しく言ってくれる。
理由があったというか、ちょっと、師匠のそばにいたかったのだ。
アミュがいてくれるとは言っても、真夜中に一人で起きているのは寂しい。
でもそれを口に出していいのかわからなくて、黙り込む。
それを見下ろす師匠。
やっぱり部屋に戻る、と言いかけたところで、ラズロさんがこっちにやってきた。
「言いにくいこと?アタシにだけ話してみない?」
声は、どこからどう聞いても男性の声なのに、話し方のせいか優しさを感じる。
少し身を屈めてくれたラズロさんの耳元で、小声で事情を話すと、ラズロさんは微笑んで私の頭を撫でてくれた。
優しい。
私にはお兄ちゃんはいないけど、お兄ちゃんがいたらこんな感じかなって思う。
「そういうことなら、眠くなるまでここにいればいいわ」
「ラズ!コイツは酒は飲めないんだぞ」
「ルリちゃんの酒癖については俺も知ってるけど、何もお酒を飲まなくたっていいじゃない」
ルドルフさんも援護射撃をしてくれる。
あともう一息!
「眠くなったら、ちゃんとすぐに部屋に戻りますから。もうちょっとだけ、師匠のそばにいたいんです」
「おまっ……」
師匠の顔が赤くなる。
ちょっと、素直に言いすぎちゃったかな。
でもこれくらい言わないと、ここにいさせてくれない気がしたのだ。
「くそっ、仕方ねぇな。眠くなるまでだからな」
ほら、師匠は優しい。
ラズロさんが飲み物の準備をしてくれている間に、師匠は私を自分の隣に座らせた。
あ、そうだ。
師匠から借りたローブを返そうと脱ぎかけると、師匠がその手を止めた。
「いい、着てろ。身体冷やしてまた風邪でもひいたら大変だからな」
そういう師匠は、シャツ一枚だ。
よく見れば、ルドルフさんもラズロさんも、ローブを脱いでシャツ一枚になっている。
お酒を飲んで、身体が温まったからだろうか。
「はい、どうぞ。ルリちゃん」
ラズロさんにグラスを渡されたので、お礼を言って受け取る。
一口飲んだそれは、果実水みたいだった。
おいしい。
なんだか、気分がよくなってくる。
私、もしかしたら一人だけ仲間はずれなのが嫌だったのかも。
「そうだ!見てください。これ、師匠からもらったんです」
そう言って、胸元にかけていたアミュレットを出して、ちょっと自慢する。
「師匠の、護りの魔力がこもってるんですよ」
えへへ、と口元を緩ませると、ルドルフさんもラズロさんも温かい目で私を見た。
「よかったね、ルリちゃん」
「ほんと。良かったわねぇ」
「嬉しいのはわかったから、ちゃんと肌身放さず身につけてろよ」
三人がそれぞれ言う。
私はまたえへへ、と笑うと、大事に胸元にしまいこんだ。
「フォルの愛情がこもってるものね」
「ラズ!てめぇ、何言い出しやがる」
愛情。
こもってるのかな。
こもってたら嬉しいな。
「私、家族以外の男性から、プレゼントもらうの初めてなんです」
「へぇ、じゃあ、ルリちゃんのハジメテってことか」
「やだルドったら。言い方がいやらしいわ」
師匠を置いてけぼりに、ルドルフさんとラズロさんは盛り上がる。
「私、師匠が初めてなこと多いです」
抱きしめられたのも、髪を撫でられたのも、膝枕も。
家族や友達以外に料理を振る舞ったのもそうだし、当然だけど、魔法を教えてくれたのもそうだ。
どれも、全然嫌じゃなかった。
だから。
「これからも、私の初めては全部師匠がいいなぁ」
「ぐほっ」
「あらまあ。ルリちゃんてば大胆」
師匠がむせて、ラズロさんがニンマリしている。
ルドルフさんは、大爆笑だ。
「よかったじゃん、フォル。ルリちゃんのハジメテ、全部フォルにくれるってさ」
「待て待て。絶対こいつ、そういう意味で言ってねぇだろ」
そういう意味って、どういう意味だろう。
あ、もしかして、キスとかそれ以上のアレコレとか?
私としては、そういう意味でも、別に師匠が相手ならいいんだけどなぁ。
「師匠は私のハジメテ、もらってくれないですか?」
「いや、そうじゃなくて……って待て。お前なんかおかしいな。ちょっとそれ貸してみろ」
師匠は私の飲んでいたグラスを奪い取ると、ためらいなく一口飲んだ。
間接キス。
ちょっと顔が熱くなる。
「酒は入ってな……いや、少しだけど入ってやがる。
ラズ、てめぇ、コイツに酒飲ませやがったな」
「いやぁねぇ。それくらい、子供でも飲めるレベルよ」
お酒?
お酒なんて入ってた?
全然気が付かなかった。
でも、気分がいいのは、お酒のせいなのかな。
「こいつは、ホントにこっちの酒が合わないんだよ。ほんのちょっぴりでさえ酔うんだ」
「酔ってませんよ?」
これくらいなら、缶チューハイ飲んだときと同じくらいだ。
もう、師匠ってば過保護なんだから。
「ほら、膝枕してやるから横になれ」
「あい」
師匠に言われて、素直に横になる。
えへへ、うれしいなぁ。
「こいつは、酔うと甘ったれになるんだ」
「あー……それは、酔ってるわねぇ」
「ルリちゃん、ホントに酒に弱いよね」
男性陣の声を聞きながら、うっとりと目を閉じる。
「部屋まで連れてってやるから、もう寝ろ」
「んー、もう少し」
この心地いい空間に、もう少しいたい。
だけど、師匠は強引に私を抱き上げた。
顔が、師匠の胸元に押し付けられる。
「お前のそんな顔、他の奴らに見せたくないんだよ」
耳元で囁かれる言葉。
「俺だけが知ってればいい。だから、もう寝ろ」
甘い言葉。
耳に響く低い声。
うれしくて、とろけそうで、私は師匠の首に手を回すと、少し身体を持ち上げて、顔を寄せた。
唇が触れるか触れないかの位置で、言う。
「ししょう、だいすき」
「おっ、おう……」
わあ、師匠の顔が真っ赤だ。
もしかして、今の流れならキスできたかな。
いや、いくら酔ってても、私にそんな度胸はない。
それに近いことはしたけど。
それでも、するのとしないのとでは大きな違いがある。
私はそのまま、師匠に部屋に連れて行かれた。
ベッドに寝かされて、師匠が離れていこうとしたから、ギュって師匠の胸元にしがみついていたら、師匠は私が寝付くまで、抱きしめてくれていた。




