第23話 お守りをもらいました
夜。
師匠とお客様たちは晩酌するみたいなのだけど、私は禁酒令が出ているので、早々に寝ることにした。
部屋に戻って、お風呂と着替えを済ませて、暖炉の前で髪の毛を乾かしていたら、トントンとドアがノックされた。
師匠たちは飲み会の真っ最中のはずだし、ルージュさんかと思って気軽にドアを開けると、仏頂面の師匠がいた。
「お前。相手も確認しないで何簡単に開けてやがる」
「だってほら、師匠たちは飲んでると思ってたし」
「お前なぁ。俺だったからいいものの、他の奴らだったら、襲われても文句言えねぇぞ」
うーん。
師匠のお友達が、そんなことをするようにはおもえないんだけど。
そんな私の肩に、師匠は着ていたローブをかけてくれる。
「それから、そんな薄着でウロウロするな」
「師匠。お母さんみたい」
「あ?」
師匠の顔が、すごく険しくなったので、とりあえず愛想笑いを浮かべる。
「それより、師匠はなんのご用でした?」
「ああ、そうだ。弟子があまりにも無防備すぎて忘れるところだった。ほら、コレ」
師匠が胸ポケットから出したのは、昼間見た魔水晶。
それに、革紐が付けられている。
魔水晶は、師匠の瞳の色みたいなきれいな金色に変わっていた。
「これは?」
「アミュレットだ。タリスマンにするか悩んだが、お前は防御を優先したほうがいいと思ってな。俺の魔力を注ぎ込んであるから、ある程度の攻撃や怪我からはお前を守ってくれるはずだ」
大魔法使いが魔力を込めたアミュレットって、かなりすごいものなのでは。
そんなものを、私がもらってもいいのだろうか。
尻込みしている私に、師匠は遠慮なく近づいて、革紐を私の首にかけた。
私の胸元で光る、アミュレット。
「お前の為に作ったんだから、遠慮なくお前が使え。じゃないと意味がねぇだろ」
「し、ししょう〜」
涙がポロポロと溢れてくる。
好きな人に、自分のために作ったものをもらったのは、初めてだ。
「な、なんで泣くんだよ」
「だって、師匠が私にって考えたら、うれしくて」
師匠にとっては、自分の弟子を守るため、それ以上の意味はないのかもしれない。
それでも、私はうれしくて。
へにゃり、と頬が緩んでしまう。
「そうかい。まぁ、こんだけ喜んでくれるんなら、作ったかいもあったってことだな」
師匠に髪をぐしゃぐしゃにされる。
半乾きの髪は、たぶんかなり絡まってると思うけど、今はそんなことも気にならない。
「私、絶対に無くさないようにします」
「おう。ま、もしも無くしても、こんなもんでよければまたいつでも作ってやるから、心配すんな」
師匠の手のひらが、髪から頬へと移動する。
お酒のせいか、いつもより少し暖かい師匠の手が気持ちよくて、私はスリ、と頬を寄せた。
ラズロさんは、このレベルの魔水晶を見つけるのは苦労したって言ってた。
きっと、師匠が私のために、純度の高い魔水晶を見つけてもらうようにお願いしてくれたんだと思う。
それだけ、師匠の気持ちがこもってる。
絶対、絶対に大切にする。
「ほら、身体が冷えるからもう寝ろ」
師匠が私を抱き上げて、ベッドに横たえる。
布団をかけると、その上からポンポン、と優しく叩いてくれる。
暖炉の前にいたアミュも、布団の中に入ってきた。
ぬくぬく、あったかいけど、まだ眠くはない。
まだ、師匠との時間を楽しみたい。
師匠が私の目を覆うように伸ばしてきた手を、そっと掴んだ。
この魔法を使われると、すぐに寝ちゃうから。
「まだ、寝たくないです」
「お前、そんなこと言ってもな。一体、俺をどうしたいんだよ」
ちょっと困った顔の師匠。
でも、嫌そうではないし、暖炉の明かりが反射してるからそう見えるのかもしれないけど、顔も少し赤い。
それに、少し勇気をもらって。
「ギューってしてください」
「は?お前、まさか酒……は飲んでないよな。素面でこれとか、どんだけ小悪魔だ」
そう言いつつも、師匠もベッドに横になって、布団ごと私をぎゅっとしてくれる。
幸せだなぁ。
ずっとずっと、こんな日が続けばいいのに。
そう思った瞬間、蘇ったのは、私がこの世界に召喚された理由。
そうだ。
私は、この国をなんとかしないといけない。
師匠だって、その為に私に魔法を教えてくれてるんだし。
このままでいたいなんて、わがままだ。
「ルリ。泣いてんのか?」
師匠が少し体を離して、私の顔を覗き込もうとするから、私は布団に顔を埋めた。
「どうした。寂しくなったか?元の世界のこと、思い出しちまったか?」
そうじゃない。
私は、とっくに元の世界のことは諦めた。
確かに、少し寂しく思うことはあるけど、師匠や、ルージュさんや、アミュがそばにいてくれて、優しくしてくれて、私はそれだけで満足してる。
それよりも今は、ただ師匠のそばにいたくて。
「師匠。ずっと、そばにいてくれますか……?」
「当たり前だろ?ほんと、どうした」
師匠の手が、優しく髪を撫でてくれる。
こんなに優しいのに、恋愛したことがないなんて、ホントだろうか。
見た目も中身もモテそうなのに。
「師匠」
ほんの少しだけ期待をして、目を閉じた。
もしかしたら、キスしてくれないかなって。
師匠は、一瞬動きが止まったけれど、すぐに閉じたまぶたの上に手をかざした。
(だめかぁ)
眠気がやってくる。
師匠の唇が、いつものように優しくまぶたに触れて、私はそのまま眠りに落ちた。
ちょっとだけ、師匠の唇が涙に触れた気がした。
◆◆◆
「おかえり。遅かったね。ルリちゃん寝た?」
「……無理矢理寝かしつけてきた」
さっきまでのことを思い出して、どんな顔をしたらいいのかわからなくなり、結果としてムスッとした顔になっている自覚はある。
「ふぅん。その顔だと、グズられちゃった?」
あれは、ぐずったうちに入るのだろうか。
大体、グズるとか、子供に対して使う言葉だろうに。
いや、俺達の年齢から見れば、ルリはまだまだ子供といえるか。
いやいや。
子供ならあんな顔しないだろう。
あんな、甘えるような、キスを誘うような。
思い出して、顔が熱くなる。
「あらぁ。ルリちゃんもやっぱり女の子ねぇ」
「コイツはヘタレだけどな」
「それで?アミュレットは渡せたのかしら?」
そうだ。
そもそも、コイツが今日来たのは、アミュレットに使う魔水晶を渡すためだったはずだ。
絶対に、ルリを実際に見たかったという理由もあるだろうが。
「喜んでた」
そう。たしかに最初は喜んでくれていた。
それが、急に甘えはじめたかと思えば、次には泣き始めた。
どこに泣く要素があったのか、俺にはさっぱりわからない。
あれではまるで、元の世界を恋しがっているというより、俺から離れることを怖がっているみたいで。
いや。
ルリは、俺達が無理矢理こっちの世界に連れてきた。
もちろん、予め魔力があることも、この世界に魂が定着しやすいかどうかも確かめて、その上で召喚した。
そうはいっても、それはこちら側の都合で、ルリにしたみたら、自宅でくつろいでいたところを突然この世界に連れて来られたという事実に変わりはない。
どんなことからも守るつもりだった。
ルリを傷つけるもの、泣かせるもの、そのすべてから。
だが実際は、こうして泣かせてしまう。
「幸せにしてあげなさいよ。その為に喚んだんでしょ」
「わかってる」
ああ、今夜も酒が進みそうだ。
グラスの中の氷が、カランと音を立てた。




