第18話 誤解をまねきました
次に目が覚めたときは、もう日が高く昇っていた。
時計を見ると、もうお昼近い。
師匠はというと、私の横でくぅくぅと寝息を立てて眠っている。
そうっと身体を起こしたけど、今回は師匠が起きる気配はない。
いや、あの時はもしかしたら、師匠は寝ていなかったのかもしれないけど。
静かに顔を洗って、念の為バスルームで服を着替えると、私は食堂に向かった。
何しろ、魔力を使ってお腹が空いていたので。
「あら、ルリ様。おはようございます。何か召し上がりますか?」
「うん。ありがとう。出来れば少し多めに」
「あら、珍しいですね。かしこまりました」
出迎えてくれたルージュさんに、食事の準備をしてもらう。
本当だったら、台所用品の使い方もわかったので、ご飯の支度くらい自分でやるべきなんだろうけど、なぜかルージュさんは私を甘やかしたがる。
見た目年齢は私より少し上くらいだけど、気分的には私にとってお母さんみたいな感じだ。
久しぶりに実家に帰ったら、自分の好物ばかり作ってくれる、みたいな。
私が食べ始める頃になって、師匠も起きてきた。
「おはようございます、師匠」
「おはようございます、主様」
「おう。おはようさん」
師匠は、くぁっ、と欠伸をして、眠そうだ。
「あれ?そういえば、アミュは?」
「アミュなら、森の中に咲いている花を食べに行くと言って、出ていきましたよ」
さすがみんなのお母さん。
ちゃんと行動を把握している。
「それにしても、お二人揃ってお寝坊なんて、珍しいですね」
「ああ、昨夜はちょっとコイツに無理させたからな。寝たのも夜明け頃だし」
師匠はルージュさんに答えて、私の顔を心配そうに見た。
「大丈夫か?身体、辛くないか?」
魔力暴走を起こしたし、心配してくれているみたいだ。
「師匠が優しかったから、大丈夫です」
魔力暴走を収めるときも、最後の締めは師匠がやってくれたし、暴走してる最中も何度も励ましてくれた。
(師匠優しい。好き)
口から零れそうになった言葉を飲み込む。
ふと見ると、ルージュさんがいつもの、あらあらウフフな顔をしていた。
なぜだ。
今は別に抱っこもされてないし、あーんもしていないのに。
そんなルージュさんに気がついていないようで、師匠は話を続ける。
「なら、今夜もやるか。夜の方が落ち着いてできるだろ?」
「あら。それじゃあ、今夜は少し精が付く食事をご用意致しますね」
ルージュさん、流石だ。
私が魔法を使ってヘロヘロになるのを見越して、精のつくものを作ってくれるなんて。
「そう言えば、東の国にはお赤飯というものがあるそうですね」
「ああ、お赤飯。こっちにもあるんだ」
「作ったほうがいいでしょうか」
ん?
お赤飯は、別に精のつく食べ物ではなかったと思う。
もち米を使うから、普通のお米よりは食べごたえがあるかもしれないけど。
そもそも、お赤飯て、日本ではお祝い事の時に作られるものだし、最近ではお赤飯を炊く文化も衰退していると聞く。
こっちの世界では違うのかな。
「お赤飯は、いらないんじゃないかな?」
「それもそうですね。主様がきちんとケジメをつけてからでないと」
「「ケジメ」」
私と師匠の声がかぶる。
魔力制御の練習に、なんのケジメが必要になるのだろう。
よくわからない。
師匠も首をひねっている。
まあ、いいか。
「師匠。昨日の夜は色々試しましたけど、今日もまた、昨日とは違ったことするんですか?」
「そうだな……ちょっと身体を拘束してみるのもいいか」
確かに。
万が一にでもさらわれたりした時に、身体が不自由な状態でも魔力を制御して発動できたほうがいい。
「まぁ。主様ったら、そういうのがお好みですか」
「ちょっと待て。ルージュ、お前、なんの話をしてる?」
「嫌ですわ。そんなことを言わせるなんて」
師匠の耳が赤い。
どうしたんだろう。
というか、なんの話をしてるって、そりゃ、私の魔力の特訓の話だよね?
師匠を見ると、一瞬なんとも言えない顔をしたけど、すぐに何かを思いついたように、ニヤッと意地悪な笑顔を浮かべた。
「昨日はルリの部屋でやったけど、今夜は俺の部屋にするか?」
「師匠の部屋ならベッドも大きいしいいですね」
私が疲れ果ててすぐ眠りこけるにしても、二人で寝るなら私のベッドより大きい師匠のベッドの方がいい。
「まぁ、大胆」
ルージュさんは、またあらあらウフフな顔をしている。
おかしい。
今の会話にそんな要素はないはずだ。
そもそも、なんで師匠はそんなにニヤニヤしているのか。
「お前、激しいもんな。すごい乱れるし」
「師匠、そういうこと言わないでください。まだ慣れてないんです」
確かに、昨夜はものすごく魔力を乱してしまった。
でも、初心者だから仕方ないじゃないか。
そんなこと、師匠の使い魔を長年やってるルージュさんに言わなくたっていいのに。
ていうか、すごい乱れるとか、主語が抜けてるからなんか誤解されそうじゃないか。
布団が乱れるとか、寝相が激しいとか、他にも……
ん?
私は、ギギギ、と壊れたブリキのおもちゃみたいに、ルージュさんを見た。
まさか。
まさかだよね?
「お二人とも、そういう話はアミュには聞かせないでくださいね」
「えっと、そういう話というのは……」
ルージュさんの笑みが深くなる。
「そりゃ、俺達の夜の話だろ?」
言い方!
間違いない。
ルージュさんは多分最初から誤解してるし、途中で気がついた師匠も面白がってわざと誤解を招く表現をしてる。
なんてこった。
そういう前提で聞くと、私のセリフも師匠のセリフもかなり際どく聞こえるじゃないか。
「あのですね、ルージュさん。私と師匠が話してたのは、魔力制御の特訓の話で」
「なんだ。もう気がついたのか」
師匠は面白そうに私を見ている。
ルージュさんは、なぜかまだあらあらウフフだ。
「まあ、そういうことにしておきましょうか」
しておきましょうかって!
これ絶対、誤解が解けてない。
ていうか、たぶん、本当の事を言えば言うほど照れてるとか思われてドツボにはまるパターンだ。
くそう。
誤解を解きたくても解けないじゃないか。
そもそも、師匠が面白がって乗っかるから。
大体、師匠だって、女性を抱きしめて寝るなんて、昨夜みたいなことは初めてだって言ってたのに、この状況を楽しめるなんて、ズルい。
元の世界での女子トークは、結構きわどい話題も多くて、とてもじゃないけど男性に聞かせられない話もあった。
そんな中、男性経験皆無どころか、免疫すらない私は、ずっと聞き役だった。
そして、聞き役が高じて、耳年増になった。
いや、耳年増なんて言っていい年齢でもないか。
まあ、そこは別にいい。
とにかく、知識だけは充分にあるのだ。
その知識と、さっきの私達の話を重ね合わせてみると、私は結構大胆な発言をしていたことになるし、ルージュさんがお赤飯どうこう言っていたのも納得できてしまう。
師匠だって、おかしな性癖があると勘違いされてているのに、その余裕は何なんだ。
「バカバカ!師匠のバカ!」
子供みたいな捨て台詞を残して、私は笑いこける師匠を残して食堂を飛び出した。




