第17話 魔力を制御してみましょう
幸せな夢を、見ていた。
師匠が私を抱きしめて、額や頬にキスしながら、頭をなでてくれる夢。
暖かくて、くすぐったくて、気持ちよくて。
抱きしめ返しても、師匠は逃げなかった。
それが本当に嬉しくて、何度も好きだって伝えた。
師匠も嬉しそうに笑っていて──
ハッと目が覚める。
おかしい。
色々とおかしい。
ここは、たぶんベッドの中。
私はリビングの暖炉の前で寝たはずなのに、なぜベッドの中にいるのか。
そして、なんだか窮屈。
目の前には男性の首元があって、背中まですっぽり腕が回されている。
いや、考えればわかるっていうか、考えなくてもわかる。
この屋敷の中に男性は師匠しかいない。
つまり、私を抱きしめているのは、師匠。
たぶん、リビングからここまで運んでくれたのも師匠。
いくら使い魔さんだからって、ルージュさんにはたぶん無理だ。
それはわかった。
だけど、分からないこともある。
なぜ、私は師匠に抱きしめられて寝ているのか。
そして、この部屋は誰の部屋だ。
見渡したくても、きつく拘束されているので、それも出来ない。
(ぬくぬくしてあったかい……)
つい、この幸せに浸って二度寝しそうになる。
どうしよう。
こういう場合って、動いていいものなの?
師匠が起きるまでじっとしてるべき?
自分の経験のなさが情けない。
でも、つむじにあたる、師匠の寝息がくすぐったい。
そろっと抜け出そうとしたら、さらに強く抱きしめられた、
なぜだ。
いや、あのね。
師匠も腕がしびれると思うんだ。
片腕、私の身体の下敷きになってるし。
「まだ夜明け前だ。おとなしく寝てろ」
耳に響く低い声。
「師匠、起きてるんですか?」
「あー、いや、寝てる。だからお前も寝ろ」
背中に回っていた手で、頭を撫でられる。
師匠の、森林の香り。
絶対に師匠起きてると思うんだけど、頭を撫でる手が優しくて、夢の続きみたいで、また目を閉じる。
つむじに触れたのは、たぶん、師匠の唇。
「マジかよ。ほんとに寝たのか?」
「寝てます」
返事をすると、くくっ、と師匠の喉元が震えた。
喉仏まで色っぽい。
男性に色気を感じたことなんて、元の世界では一度もなかったのに、師匠は事あるごとに色っぽい。
「寝てますって返事をするやつがいるか」
「こっ、こんなの初めてで、どうしたらいいのかわからないんです!」
師匠は慣れてるかもしれないけど、という呟きはしっかりと拾われた。
「なんつーこと言いやがる。俺だって初めてだ。悪いか」
耳に響く心臓の音は、私のものか、師匠のものか。
髪を撫でていた指が、耳を掠めて、身体がビクッと震えた。
なぜか師匠もびくっとなった。
「この体勢はおいしいけど、ちょっとマズイな」
そう言って、師匠は私の身体をクルンと反転させた。
バックハグ状態だ。
「ほら。いい子は寝てろ」
「子供扱いしないでください」
「してないから、こうなってるんだろうが」
ちょっと、師匠が何を言いたいのかわからない。
師匠は、私の身体をずり上げて、ちうっと首筋に吸い付いた。
ヤバイヤバイヤバイ。
これってアレか。
キスマークつけてるとかそういう。
心臓が、すごい勢いでバクバクいってる。
なんで?
なんで、師匠が私にキスマーク?
弟子の印?
いや、それはない。
それくらいはわかる。
動揺する私をよそに、師匠は続けて、私の耳をカプッと甘噛みした。
「ひょえっ」
ものすごく、ムードを壊す声が出てしまった。
「お前……」
師匠が、後ろでクスクス笑っている。
ひどい。誰のせいだと思っているんだ。
むー、と唇を尖らせていたら、師匠からは見えてるはずがないのに、唇に触れられた。
「拗ねるな、ほら。寝れそうなら、もう一回寝とけ」
こんなドキドキしてて、眠れるわけないのに。
それでも、薄暗い部屋の中が見えて、自分の部屋だとわかって少しだけ安心した。
いや、安心する要素は一個もないんだけど。
「寝れねぇなら、仕方ない。魔力制御の練習でもするか」
師匠がそう言って、私の手をつかむ。
「手のひらに魔力を集めろ。俺に流すんじゃなくて、手のひらに留まらせるイメージだ」
師匠に誘導されて、なぜかベッドで横になったまま、魔力を手のひらに集めてみる。
「常に一定量を留まらせるんだ。ほら、お前にも魔力の塊が見えるだろ?」
言われて、視線を落としてみると、確かに私の手のひらにキラキラした何かが留まっていた。
師匠が、その塊にそっと触れる。
「お前の魔力はあったかいな」
「師匠の魔力もあったかかったですよ」
「そうかい」
師匠がなんとも言えない声音で返してくる。
それは、嬉しそうでもあり、戸惑っているようでもあって。
「よし。そのまま、何があっても魔力を乱すなよ?」
何をされるんだろう、と思っていたら、いきなり脇腹を擽られた。
「ふひっ!ちょっ、まって、師匠っ」
「こら、魔力乱すなって」
そんなこと言われても。
笑いを堪えれば堪えるほど、魔力はユラユラと揺れる。
それを必死に押さえ込むと、師匠の手が離れた。
いや。
師匠の身体が、私から離れた。
急に感じなくなった体温。
心細さと、寂しさで、また魔力が揺れる。
「ほら、また乱れてるぞ」
「あ、はい」
そっか。
これも私の心、ひいては魔力を乱すため。
そうわかって、やっと魔力が落ち着く。
でも、次はそうはいかなかった。
「お前、そろそろ独り立ちしてもいいかもな」
うそ。
そんな。
まだ、魔力の制御を教えてもらってる段階なのに?
違う。
これも、魔力を乱すためだ。
わかってるのに、魔力はこれまで以上に乱れる。
掛け布団が落ちて、魔力が部屋中に舞う。
「ルリ、落ち着け」
「わかってる、けどっ」
やだやだ。
どうして、落ち着いてくれないの?
「ルリ。よく覚えておけ。これが、魔力暴走だ。まぁ、小規模だが。気持ちをフラットに保て。大丈夫。お前なら出来る」
これが、魔力暴走。
机の上の日記帳はパラパラと風でめくれて、カーテンも揺れている。
部屋のあちこちが、魔力でキラキラしている。
(お願い、戻ってきて)
意識を手のひらに集中する。
気持ちをフラットに。
師匠は、私ならできるって言った。
師匠は嘘はつかない。
気休めも言わない。
それなら、絶対にできる。
深く息を吸い、細くゆっくりと吐き出す。
少しずつ、散っていた魔力が手のひらに戻ってくる。
最後の締めは、師匠が手伝ってくれた。
師匠が、上半身を起こしていた私を後ろから包み込んで、手を重ねてくれる。
まるで、師匠の魔力に吸い寄せられるみたいに、残っていた魔力も、全部手のひらに戻ってきた。
「そのまま力抜いて。そう、いい子だ」
私が身体から力を抜くと同時に、魔力も消えた。
「ん。まぁ、こんなもんだろ。初めてにしちゃ、上出来だ。頑張ったな」
まっすぐ褒めてくれる師匠の言葉に、頬が緩む。
「最後、魔力が師匠に集まっていくみたいでした。師匠の魔法ですか?」
「いや。アレは魔力の相性っつーか、使い手の相性っつーか……魔力、正確にはお前に見えてたキラキラは、魔法粒子っつーんだが、それにも意思があるって言えばわかりやすいか」
なるほど。
私の生み出した魔法粒子だから、師匠に寄っていったということか。
って、あれ?
それじゃ、私の気持ち丸わかりってこと?
それは、まずくない?
いや、同じベッドで抱きしめられて寝てたくらいだから、セーフ?
(ああもう!わかんない)
「疲れただろ?まだ時間はある。少し休んどけ」
師匠の身体ごとベッドに倒れ込んで、目を大きな手のひらで覆われる。
途端にやってくる眠気。
「ししょう、も……」
「そうだな。俺も寝る」
その言葉を最後に、部屋の中は静かになった。




