第16話 飲み過ぎ注意です
私が少し二日酔い気味なこともあって、その日は魔法の訓練はしないことになった。
二日酔いの薬を飲まされて(不味かった)、リビングの暖炉の前で、毛布をかけてゴロゴロする。
すごく、贅沢な時間だ。
ちなみに、私があんなに酔っ払ったのは、この国のお酒が比較的強いかららしい。
そう言えば、元の世界でも寒い国のお酒は強かった気がする。
ウォッカとかね。
この国の人は飲みなれているから平気らしいけど、飲みなれていない上に、病み上がりだった私は見事にノックアウトされたようだ。
お昼ご飯の時間は、ちょっと気まずい空気が流れた。
私は私で、寝ぼけた師匠にキスされたこととか抱きしめられたこととか思い出しちゃって、ちょっと意識しちゃったし、師匠も師匠で、どこまで覚えているのか、ちょっと挙動不審だった。
ルージュさんは見ていたわけではないと思うのに、なぜか、あらあらウフフな顔をしていた。
もしかして、いつものことなのかと、食器を洗いながらルージュさんにこっそり聞いてみたのだけど、寝起きが悪くてなかなか起きないことはあっても、キスで口を塞いだり、誰かと間違って抱きしめたりなんて、しないらしい。
まぁ、私も昨日の夜の寝る前のことはほとんど覚えていない。
もしかしたら何かしたのかもしれないし、だとしたらおあいこだ。
友達からは、私は酔ったら甘えん坊になると言われていた。
そして、酔ってしまうと、たいてい、記憶が飛んでいる。
だから、元の世界では、会社の飲み会でも、友達との飲み会でも、出来るだけ酔わないようにセーブしていた。
昨日だって、少ししか飲まなかったのに。
今後はお酒に気をつけようと心に誓う。
夜は、ルージュさんと相談して、師匠が好きだと言っていたグラタンを作ることにした。
作り方は、元の世界とほとんど変わらない。
ホワイトソースを作って、焼く時間もあるので、早いうちから取り掛かる。
この国は日照時間が短いこともあって、16時には日が暮れ始める。
それにあわせて、夕食の時間も、寝る時間も早い。
師匠は、いつも夕食後には仕事をしているみたいだけど。
私も、いくら外が暗いとは言っても、そんなに早く寝る習慣はないので、お風呂から出たあとは、大体魔法学の本を読んでいるか、アミュにねだられて絵本の読み聞かせをしている。
「ルリ様。グラタンが焼けたようです。取り出しますので、ルリ様はパンとサラダをテーブルに並べてくださいますか?」
「はい」
ルージュさんに指示されるままに、パンとサラダをテーブルに並べる。
「師匠、ご飯ですよー。師匠の好きなグラタンですよー」
師匠の部屋に呼びに行くと、出てきた師匠は怪訝な顔をした。
「お前、昨日のこと覚えてんのか?」
「師匠の好きなものの話ですか?覚えてますよ」
「……他に、何覚えてる」
聞かれて、うーんと考える。
師匠の得意な魔法とか、あとは、えーっと?
そうだ、師匠が一途だという話も聞いたっけ?
いや、あれは師匠から聞いたわけじゃなかった気がする。
そうそう。
「胸が大きい方がって、」
「それはお前が勝手にこだわってた話だな。ほとんど覚えてねぇじゃねーか」
師匠はどこかがっかりしたような、安心したような微妙な表情で、食堂へと歩き出す。
今日はお姫様だっこじゃないんだ。
そうだよね。
もう、風邪も治ったんだし。
別に、がっかりなんてしてないけど。
食堂に向かう廊下の途中で、師匠はふと足を止めて振り返った。
「お前さ、誰かを好きになるなら好きになる前にちゃんと考えろよ。人生で一人しか愛せないんだから」
突然なんなんだ。
その話は、たしかに前に聞いた。
でも、今更そんなこと言われたって、もう遅い。
だって、私はもう師匠を好きになってる。
「今更言われたって」
ポツリと呟いた言葉は、師匠には届かなかったみたいだ。
前を歩く師匠の背中を見つめながら、考える。
師匠だって、人生で一人しか愛せない。
それなのに、弟子の私が好きになったら迷惑かもしれない。
ルドルフさんが、師匠は一途だって言ってた。
もしかしたら、いや、もしかしなくても、もう、一途に思い続けてる相手がいるんだと思う。
それなら、私の思いは告げられない。
人生で一人しか愛せないのに、片思いだなんて。
私はこれから先の人生ずっと、師匠への想いを抱いたまま、過ごしていくの?
いつか、師匠が好きな人と結ばれても、それを黙って見届けなきゃいけないの?
(そんなの、無理だ)
もし、師匠が誰かと結ばれる時が来たら。
その時は、師弟関係を解消してもらおう。
それまでに独り立ち出来るほど魔法が使えるようになってれば問題ないし、もし間に合わなかったら、ルドルフさんにでも弟子にしてもらおう。
師匠より少し遅れて食堂についた私は、キッ、とルージュさんを見つめた。
「お酒、ください!」
「あらあら」
「お前、昨日で懲りてないのかよ」
ついさっき、飲みすぎないようにしようと決意したばかりだけど、今日はどうしても飲みたい気分だ。
師匠は、なぜかげんなりした顔をしている。
もしかしたら、昨日はだいぶ迷惑をかけたのかもしれない。
でも、そんなこと言ってられない。
「猛烈に、飲みたい気分なんです!」
「ルリちゃ。お酒は、よくないですよー」
アミュにも止められるけど、関係ない。
頑として譲らない私を見て、師匠も諦めたのか、ルージュさんに指示を出した。
「思いっきり薄めたやつを出してやれ」
「主様は、今夜も眠れないかもしれませんね」
どうして私がお酒を飲むのと、師匠が眠れないのが関係するのかはわからないけど、ルージュさんはちょっと気の毒そうな顔で師匠を見ていた。
「ルリ。明日は、朝から魔力を安定させる訓練をするからな。お前が二日酔いでも気にせずやるぞ」
師匠は脅すようにそう言って、パクパクとグラタンを食べ始めた。
(負けないもん)
私も、ルージュさんが持ってきてくれたお酒をチビチビ飲みながら、グラタンを食べ始めた。
「やっぱり、酔ったか」
「酔ってませんー」
「酔っ払いは大体そういうんだよ」
食後、暖炉の前で私は師匠に膝枕をしてもらっている。
師匠は酔っ払いの私にも優しい。
身体の上に毛布をかけてくれて、頭を撫でてくれている。
「ルリちゃ、お水よー」
「ありがとう、アミュ。大好き」
「アミュも大好きなのですよー」
アミュの持ってきてくれたお水を、身体を起こして一気飲みする。
実際、昨日に比べれば酔いはそんなでもない。
たぶん。
飲み終わったコップをアミュに渡して、またごろりと師匠の太ももに頭を乗せる。
今だけなら、甘えてもいいよね。
ああ、でも。
「師匠。私が邪魔になったら言ってくださいね。ちゃんと、どっか行きますから」
引き際は間違えないようにしないと。
そんな私の頭を、師匠はぐしゃぐしゃと撫でた。
「バカタレ。俺はお前の師匠だぞ。誰が手放すか」
そんなこと言われたら、離れられなくなっちゃうのに。
いつかは離れなきゃいけないのに。
泣きそうな思いをグッと堪えて、私はへにょっと笑ってみせた。
「師匠は弟子思いの優しい人ですねー」
「アホか。そんな顔して笑うほどに、何を悩んでやがる。お前は、いつも通り脳天気に笑ってるくらいがいいんだよ」
あー、眠くなってきた。
師匠の声も、どこか遠くで聞こえる。
「お前は、ずっと俺のそばにいればいいだろ」
だから、きっとこれは、夢。




