第15話 師匠を起こしてみましょう
翌朝、起きると少し頭が痛かった。
これは、間違いなく二日酔いだ。
でもおかしい。
私はそんなにお酒に弱くなかったはず。
げんに、ここにくる直前だって、缶チューハイを飲んでいたくらいだ。
まあ、あれは金曜の夜のご褒美だったけど。
それにしても、昨日、談話室に行ってからの記憶もおぼろげだ。
なんだか、師匠にお見合いのような質問をしたのは覚えている。
寝る直前に、まだ寝たくないとゴネたことも。
あとのことは、フワフワ曖昧だ。
とりあえず、顔を洗って着替える。
いつもならメイクをしにルージュさんがやってくるのだけれど、今日は来ないということは、きっとルドルフさんのお世話をしているんだろう。
同じ使い魔のアミュは、私の布団でまだぐっすりと眠っている。
たまにお耳がピクピクして可愛い。
自分で薄くメイクをして食堂へ行くと、ルドルフさんが食事中だった。
友達とはいえ、仮にも人の家だろうに、なんというか自由な人だ。
ルージュさんは、私を見てすぐに、私の分の食事を運んできてくれる。
おにぎり一個と、なんとお味噌汁。
わーい。
私の食事量を見たルドルフさんは、目を丸くした。
「ルリちゃん、それだけしか食べないの?」
「はい。いつもこれくらいです」
「胸、大きくならないよ?」
セクハラですか。
そうですか。
ジトっとルドルフさんを見ると、ルドルフさんはプププ、と笑った。
「昨夜は、随分と胸の大きさを気にしてたみたいなのにさ」
胸の大きさを?
そんな話したっけ。
昨日の夜の会話を必死に思い出してみる。
そう言えば、師匠に胸が大きい方がいいのかと尋ねた気がする。
あれは、夢じゃなかったのか。
「そう言えば、師匠は今朝はまだですか?」
たいてい、いつも私が起きる頃には起きていて、一緒に食事をするのに。
「アイツはまだ寝てると思うよ。昨日、かなり遅い時間まで二人で飲んでたからね」
ルージュさんの代わりに、ルドルフさんが教えてくれる。
「帰るときは勝手に出て行けって言われてるから、ご飯だけ頂いたら帰るつもり」
「そうなんですか。私だけでもお見送りできるようで良かったです」
「優しいね。別に俺に気を遣わなくてもいいのに」
驚いたことに、ルドルフさんの目が、優しく細められる。
昨日のルドルフさんは、どちらかと言えば私で遊んでいるみたいだったので、ちょっとびっくりした。
朝からイケメンの微笑みは、目に眩しい。
「俺が帰ったら、フォルのこと起こしてあげて。ちょーっと寝起きが悪いけど、きっと喜ぶから」
「喜びますかね」
「きっとね。俺だって、弟子に起こされることはよくあるけど、そんなに悪いものじゃないよ」
そんなものなのか。
というか、ルドルフさんにもお弟子さんがいたんだ。
まあ、師匠の友達ということは、きっとそれなりにすごい魔法使いさんなのだろうから、お弟子さんの一人や二人いたっておかしくない。
むしろ、大魔法使いでありながら、今まで弟子を取らなかった師匠の方が、変わっているのだろう。
食事を終えると、本当にルドルフさんは玄関へ向かった。
師匠が勝手に帰れっていったわけだけど、私が起きてこなかったら、本当に挨拶もなく帰るつもりだったんだろう。
「楽しかったです。また、来てくださいね」
「ありがとう。今度は別の友達も連れてくるよ」
「お気をつけて」
玄関の外は、雪は降っていなかったけれど、少し薄暗かった。
ルドルフさんが出ていってすぐにドアを閉めて、とりあえずリビングの暖炉の前で温まる。
ルージュさんがハーブティーを淹れてくれたので、チビチビと飲んだ。
静かだ。
アミュの声もしないし、ルージュさんは基本的に必要以上に喋らないし、何より師匠がいない。
ぼうっ、としていたら、後片付けを終えたらしいルージュさんがやってきた。
「主様は昼頃に起こして差し上げればいいと思いますので、よろしければ、一緒に昼食を作ってみますか?」
「はい、よろこんで!」
思わぬ提案がうれしくて、思わずどこかの居酒屋の店員のような返事をしてしまった。
お昼ご飯は、サンドイッチとスープにする予定だと聞いたので、卵サンド用にまず、卵を茹でる。
ドキドキしながら、コンロの魔石に魔力を流したのだけど、ちゃんと起動してくれて安心した。
卵を茹でている間に、スープ作りだ。
顆粒のコンソメなんて無いから、鶏ガラと野菜、各種ハーブなどで味をつけていく。
私がアクを取ったりしている間に、ルージュさんは手慣れた様子でサンドイッチ用の野菜を切っている。
「そう言えば、お好きなサンドイッチはありますか?」
ルージュさんに聞かれて、少し考える。
私は基本的にハムサンドと卵サンドの二種類があれば満足。
でも、そう言えばBLTサンドとかもおいしいよね。
ルージュさんに伝えると、フムフムと頷いて、冷蔵庫からベーコンを出した。
トマトとレタスはあらかじめ切ってあったみたいだ。
スープがある程度出来上がると、ルージュさんはいい笑顔で言った。
「それでは、そろそろ主様を起こしてきていただけますか?」
「本当に、私が起こしてもいいんですか?」
「はい。主様も喜びます。お部屋はご存知ですよね?」
ルドルフさんのようなことを言うルージュさんに見送られて、私は師匠の部屋へ向かった。
どこにあるのかは知っているけど、入るのは初めてだ。
まずは、ドアをノックしてみる。
返事はない。
「師匠」
呼びかけてみるけど、やはり返事はない。
「師匠、入りますねー」
少し小さな声で言いつつ、ドアを開けてみる。
ランプを付けずに、暖炉の明かりだけの部屋は、暗い。
私の部屋より少しだけ大きくて、大きな本棚もある。
机の上は、水晶玉と、何枚もの書類。
あまりジロジロ見ても失礼かと、私は師匠の寝ているベッドに近づいた。
(わあ、かわいい)
師匠は、とてもあどけない顔で眠っていた。
私より余程長いまつ毛。
通った鼻筋。
少しだけ開かれた口。
もちろん、ヨダレなんて垂れていない。
っと、見惚れている場合じゃなかった。
「師匠。もうすぐお昼ですよー。起きてください」
「ん……」
「しーしょー」
軽く身体を揺すると、うっすらと師匠が目を開いた。
「ああ、なんだ。お前、ここにいたのか。ずっと、探して……」
師匠が寝ぼけていらっしゃる。
なぜか、私の身体は師匠に拘束されている、というか、抱きしめられている。
このまま寝呆けていてほしいけれど、そうもいかない。
少しだけお酒の匂いが混ざった、師匠の森林の香りを吸い込みながら、少し大きな声で言った。
「師匠、起きてってば」
「んだよ。うるせぇな」
たぶん、自分を起こす声がうるさかったんだと思う。
それ以上の意味はない、たぶん。
師匠が、私の口を自分の唇で塞いだことに。
なんていうか、色々なことがふっとんだ。
ルージュさんが待ってる、とか、起こせと言っていたルドルフさんが何か企んでいそうだった、とか。
私のファーストキスなのに、とか。
頭が真っ白になって、しばらく身動きが取れなかった。
「ルリ……」
唇が離れて、頭を胸に押さえつけられてやっと、思考がもとに戻った。
「バカ師匠!起きて!」
結構な大声で言うと、やっと師匠は目を開けた。
「ん?なんでルリがここに……?俺、まだ夢見てる?」
「夢じゃないです。もうお昼になるから、そろそろ起きてくださいってば」
「夢じゃ、ない?…はっ?!」
師匠が慌てたように身体を起こす。
師匠に抱きしめられた状態から少し身体を離していた私の頭に、師匠の頭がクリーンヒットした。
「いってぇ」
「師匠の石頭」
文句を垂れると、師匠は、戸惑ったように視線をあちこちに向けた。
「悪い。えっと、俺、何かした?」
「いいえ、何も!」
何かもう、色々と限界で、私はそのまま師匠の部屋を出ていったのだった。




