第19話 言霊は危険なようです
朝食兼昼食を食べた時間が遅かったこともあって、その日は特にお昼ご飯はなしで、私はまた、リビングの暖炉の前にいる。
魔力制御の練習をしようと思ったのだけど、師匠は外せない仕事があるらしくて、自分がいないときには絶対にやるなと釘を刺されてしまったのだ。
そんなわけで、お散歩から戻ってきたアミュに、絵本の読み聞かせをしている。
アミュも、だいぶ古代語がわかるようになってきたみたいだ。
「ルリちゃ、これなんて読むです?」
「えーっと、魔法使い、だね。こうして、悪い魔法使いは王子様に倒されて、消えてしまいました」
おしまい、と付け足すと、アミュはもふもふの手でポクポクと拍手をする。
こうして絵本を読んでいると思うのだけど、なんで魔法使いが登場するときは、たいてい悪い魔法使いなんだろう。
まぁ、悪い魔法使いといい魔法使いが戦うパターンもあるけど。
世の中に、悪い魔法使いなんて、いるのかな。
私はまだこの世界に来たばかりだし、森から出たこともないからわからない。
屋敷の外の人だって、ルドルフさんしか知らない。
ちょうど、温かいハーブティーを持ってきてくれたルージュさんに聞いてみる。
「ルージュさん。悪い魔法使いって、普通にいるんですか?」
「悪い魔法使い、ですか。何をもって悪とするのかにもよりますが、魔法を悪用したり、魔力で世界を征服しようとしたりする愚かな魔法使いは、まぁ、いるにはいますね」
いるんだ。
そういうのって、小説の中だけの話だと思ってた。
「主様が、ルリ様の真名を隠したり、言霊を重要視するのも、そういう愚かな魔法使いに悪用されないためです」
「真名については説明されたからわかってるけど、言霊って、そんなに危ないの?」
ルージュさんは、ちょっと考えている。
どう説明しようか悩んでいる感じだ。
ルージュさんは忙しいのに、こんなことに付き合わせて悪いことをしてしまった。
「ごめんなさい。ルージュさん、仕事中に。言霊については、師匠に聞いてみる」
「ああ、それがいいですね。主様なら、きっとわかりやすく説明してくださるでしょう」
わかりやすく。
そうかな。
師匠って、結構感覚派だから、うまく言葉にできないんじゃないかな。
それか、大魔法使いだから、すごく専門的な話になりそうな気もする。
そう思っていたのだけど。
夕ごはんの時に、師匠に言霊について聞いてみると、予想外にわかりやすく教えてくれた。
「いいか。まず、魔法使いに限らず、魔力のあるものが口にする言葉には、魔力が宿る。魔力の宿った言葉は、それを現実にしようとする。古代語を使えば、更にその力は強くなる。ここまではいいか?」
「はい」
「よし。で、だ。例えばお前が、俺はピーマンが食えない、と言ったとする。そうすると、俺はなぜかピーマンが口に合わなくて食べられなくなる。極端に言うとそういうことだ」
「それはただの好き嫌いでは」
「バカタレ。例えばだといっただろう」
師匠は私の額を小突いたあと、少し思案げに眉を寄せる。
「言霊は、行動を縛ることにもなる。また例えばだが、お前はこの屋敷を出るな、と俺が言ったとする。そうすると、お前はその言霊に縛られて、無意識のうちに屋敷を出なくなる。これは、魔力が強ければ強いほど、縛る力も大きくなる」
師匠は、大魔法使いと呼ばれるほど、魔力が強い。
私だって、高魔力保持者らしいけど、師匠には及ばないだろう。
そんな師匠が口にした言葉は、師匠にその気がなくても他人を縛ることになるのだろう。
「ということは、師匠はうかつに変なことを言えないということですか?」
「まぁそうだな」
なんて、不便なんだろう。
思ったことも自由に口にできないなんて。
「ただし、自然界のことや、相手を特定していない場合は、それほど効力を発揮しない。俺が、明日は雷雨だと言ってもそうならないというように。ただ、そうだな。明日は客が来る、と言ったら、誰かしら客が来る可能性はある。試してみるか。『明日は客が来る』」
師匠が古代語で言った。
これで、本当に明日お客様が来たら、師匠の言霊の力ということになるのだろうか。
「覚えておけ。古代語で、しかも強い意志をこめて発した言葉には言霊が宿り、何らかの方法で実現しようとする。必ずというわけではないが。詠唱だって、言霊を利用してるんだ。たから、迂闊なことを口にするのは危険だ。お前みたいに使いこなせていないうちは特に」
「わかりました」
話を聞いて、これからはちょっと話す内容に気をつけようと思う。
たとえば、ネガティブなことばかり言うのは、やはり良くないのだろうし、出来るだけポジティブな言動を心がけよう。
今のところ、私が気をつけられるのは、そんなことくらいだと思うし。
師匠にそう言うと、頭をぐしゃぐしゃと撫でられた。
「よし。んじゃ、今夜も特訓するからな。風呂入って準備できたら、俺んとこ来い」
ほんとに、今夜は師匠の部屋でやるんだ。
なんだかドキドキしてしまうのは仕方ないと思う。
いや、私の部屋に師匠が来るのもドキドキするけど、あとは寝るだけみたいな準備をして師匠の部屋に行くのは、なんだか、ルージュさんに誤解されても仕方ない状況というか。
そもそも、男性の部屋に行くというだけでも、私にはハードルが高いのだ。
無駄に悶々としながらお風呂に入って、タオルで髪を拭きながら師匠の部屋のドアをノックする。
「来たか……って、お前、全然髪が乾いてねぇじゃん。仕方ないな、こっち来い」
暖炉の前に連れて行かれて、師匠が後ろから魔法で髪を乾かしてくれる。
ポカポカ暖かい。
「髪、伸びたな」
そうなのだ。
こちらに来てまだ一週間と少しなのに、なぜか私は髪が伸びていた。
ここに来たときは肩より少し長い程度だったのに、今では背中の真ん中あたりまである。
「なんでですかね」
「魔力は髪に宿りやすいからな。お前は高魔力保持者だから、魔力に合わせるように髪が伸びたんだと思うぜ」
そういう師匠の髪は短い。
師匠の方が、魔力は多いはずなのに。
「俺はこまめに切ってるからな」
「どうしてですか?」
「そりゃ、お前が短い髪のほうがす……」
師匠の言葉が、不自然に途切れた。
なにか、私に関係のあることなんだろうか。
「師匠?」
「その、なんだ。お前のいた世界じゃ、髪の短い男の方が多かったろ?」
「ああ、まあ、確かに少なくとも私の住んでいた国ではそうですね」
つまりあれか。
師匠は、私に気を遣って、元の世界と違和感がないようにしてくれているということか。
本当に、師匠は優しい。
「べっ、別にお前のためだけじゃないからな。結界を強固にするのに、切った髪が役立つし」
それもたぶん、本当の事なんだろうけど。
私に気を遣わせないようにしてくれる師匠。
だめだ。
どんどん好きになってしまう。
その日の訓練は、あまりうまくいかなかった。




