第13話 師匠のことを詳しく聞きたいです
「ルリ。起きられるか?」
師匠の声がする。
耳に響く、優しい低音。
「ルリちゃ、ご飯ですよー」
あれ?かわいい声。
あー、この声はアミュか。
あれ?師匠どこ行っちゃったんだろう。
「ししょー……」
「おう。目ぇ覚めたか?」
やっぱり師匠の声だ。
私がぼんやりと目を開けると、うさぎの可愛い顔がどアップで視界に入ってきた。
「師匠が、うさぎに……」
「なに寝呆けてやがる。俺はここだ」
ひょいっとうさぎが目の前からどいて、師匠の姿が現れる。
辺りはもう暗い。
暖炉の火と、ルームランプに照らされた師匠の顔は、ドキッとするほど、色っぽい。
というか、師匠は片腕をベッドについて、片腕でアミュを抱いている。
片足も、ベッドの上に乗り上げている。
つまり、何が言いたいかというと、絵面だけ見れば、師匠に寝込みを襲われているみたいになっている、ということだ。
「えと、師匠……」
「あ?」
「近くないですかね?」
顔が熱い。
そもそも、わたしはこういうシチュエーションに、慣れていないのだ。
師匠はポカンとしたあと、一気に顔を赤らめる。
それから、慌てたように、私の上からどいた。
この体勢の危うさに、私の言葉で気付いたようだ。
真っ赤になった顔を片腕で隠して、その上さらに顔を背けている。
「わ、悪い」
「いえ……」
私達の間に流れる、なんとも言えない空気を破ったのは、私の天使、アミュ。
「ルリちゃ、ご飯なのですよー。アミュ、あるじ様と迎えに来たですよー」
「うん、そっか。起こしてくれてありがとね」
「あい!」
出来るだけなんでもないような顔をして、体を起こす。
「ほら、食堂行くぞ」
当たり前のように、師匠は私を抱き上げる。
落ちないように師匠の首元に手を回して、私はハッと気がついた。
なんか、お姫様だっこが当たり前になってない?
すごく自然に抱き上げられちゃうから、全然気にしてなかったけど。
「や、あの。自分で歩けます」
「病み上がりが何言ってやがる」
師匠は、私の抵抗を物ともせずに、私を抱き上げたまま、スタスタと歩いていく。
「いえ、でも!ルドルフさんいらっしゃるんですよね?」
「別にアイツがいても関係ないだろうが。さっきだって、お前のこと抱き上げて部屋まで行ったし」
そうでしたー!
まったく無意識に受け入れちゃってました。
いや、でもさっきも見られたとは言っても、このお姫様だっこ状態で、食堂に登場するのはちょっと、いや、だいぶ恥ずかしい。
そんな私の羞恥心を置き去りに、私達は食堂に入っていった。
ルージュさんは、いつもの通り、あらあらウフフな顔をしているし、ルドルフさんはこれが通常運転だと思っているのか、なんだか生温い目でこちらを見ている。
師匠は私を椅子に座らせると、自分も座った。
テーブルの前に座っているのは、師匠と私、それからルドルフさんとアミュだ。
ルージュさんは、いつも食事をしない。
「お嬢さん、よく眠れた?」
ルドルフさんが言う。
お嬢さんて誰だ。
私か。
てか、なんで「お嬢さん」。
師匠も妙な顔をしている。
「エロジジイみたいな言い方すんな、ルド」
「ひどい!名前で呼ぶなって言ったのはフォルなのに」
そう言えば、寝る前にそんな話をしていた。
でもだからって、「お嬢さん」もどうかと思う。
「あの。名前で呼んでもらって構いませんよ」
「ほんと?そうだよねぇ。普通は名前で呼ぶよね!」
ルドルフさんはご機嫌だが、師匠はちょっと面白くなさそう。
そんな顔しなくたって、名前呼びくらい別にいいと思うんだけど。
そう言えば、元の世界の同僚は、女性からは瑠璃ちゃんだったけど、男性からは苗字で呼ばれていた。
「えっと、なんならファミリーネームで」
「それは駄目だ」
師匠のきっぱりした声。
名前呼びするなって言っていたときよりも、もっとずっと切羽詰まったような。
ルドルフさんも、何故か困ったように私を見ている。
「ルリ。絶対に人前で真名を口にするな。悪用されても文句言えねぇぞ」
「あの、プライバシーの問題とか?」
「違ぇ。呪われたり、操られたり、他にも色々あるが、とにかく真名は誰にも教えるな」
「あのでも、師匠は私に名前を教えてくれましたよね?」
「あれは名前の一部だ。真名はもっと長い」
どうやら、元の世界の個人情報以上に、大問題みたいだ。
私が頷くと、師匠もヨシ、と言うように頷いた。
「さて、その話はそこまでにして。さっきはほとんど話せなかったけど、ルリちゃんはまだ、フォルのこと、ほとんど知らないんじゃない?」
言われてみればそのとおりだ。
大魔法使いと言うことと、今まで弟子を取ったことがないこと、それに、ものすごく長生きなこと。
口は悪いけど、根は優しいこと。
ややスキンシップ過剰なことくらいか。
あー、でも。
「師匠は、ニンジン嫌いですよね」
ぶっ、と吹き出すルドルフさんと、眉間に深いシワを刻んだ師匠。
師匠のニンジン嫌いは、少ししか一緒に食事を一緒にしていない私ですら気がつくレベルだ。
シチューに入っていれば、とても小さくしてから食べてるし、お肉の添え物として出れば、お肉と一緒に口に入れて味を誤魔化している。
師匠が唯一普通に食べてるのは、ニンジンのドレッシングくらいだけど、たぶん気がついていないのだろうから、それは黙っていようと思う。
「いやいや、フォルが食事をちゃんととってるって事自体、俺からしたら驚きだよ?現に俺、フォルがニンジン嫌いなんて知らなかったし」
でもほら、見てほしい。
今食べているニンジンとジャガイモの煮込みだって、ニンジンをすごく細かく刻んでいる。
そもそも、師匠のお皿だけニンジンが少ないのは、たぶんルージュさんの気遣いだと思うの。
「それから、師匠のことについては、他の人の口からより、師匠から直接聞きたいので、教えてもらわなくていいです」
「へぇ……わかった。じゃ、一個だけ教えてあげる。俺だって、子供の頃から知ってるわけじゃないからね。それでも、百年くらいの付き合いだけど」
師匠は嫌そうにルドルフさんを見る。
大方、余計なことは喋るな、とでも言いたいんだろう。
「一個だけだけど、大事なことだよ。フォルはこれでもかなり一途な男でね。誰かと付き合ったことは一度もない、はずだよ。そのぶん、愛が重いけど。何しろ、ずっと一人の」
「ルド!そこまでだ。それ以上喋るつもりなら追い出すぞ」
師匠が背後に黒いオーラを背負っている。
余程、私には聞かれたくない話のようだ。
それにしても、そうか。
師匠は、一途なタイプなんだ。
まあ、見た目的にもそんな感じだ。
今もまだ、好きなんだろうか。
でも、それなら私へのあのスキンシップの多さは何?
私は子供扱いだから?
それとも、ぬいぐるみ枠だから?
だから、あんなに触れても問題ない?
もやっとする。
ものすごく。
「師匠」
「なんだ」
「私、師匠のこと、もっと知りたいです」
ゴフッと、師匠がワインで噎せた。
「あー、わかったわかった。そのうちな」
「嫌です。すぐに聞きたいです」
もっと自分を追い詰めてしまえ。
後退なんてしない。
逃げ道なんて塞いでしまえ。
そこまでしないと、私はこの人に手が届かない気がする。
「お前、酔ってるのか?まさか、酒飲んだのか?」
そう言えば、今日はいつもの果実水じゃなくて、少しアルコールの香りがしたような。
「コイツ酒弱ぇからな。絡み酒か?」
「師匠」
「わかったって。この後、ルドと談話室で飲み直すつもりだから、お前が起きてられるなら、その時に話してやるよ」
よし。
言質はとった。
お酒で少しホワホワしつつ、私はにへらっと笑った。




