第12話 ご挨拶しましょう
お昼ご飯を食べ終わると、私は師匠から、例によってあのまっずい薬を飲まされた。
抗炎症鎮痛剤はもう必要ないし、飲まなくても大丈夫だと言ったのだけど、滋養強壮の薬はしばらく飲み続けろと言われてしまった。
そしてわかった。
滋養強壮の薬だけでも、ものすごく不味いのだと。
ルージュさんが、使った食器を片付けたあと、口直しにハチミツ入りのハーブティーを飲ませてくれたけど、喉の奥に薬の味が残ってしまった。
鼻から抜ける息が、既に不味い。
この世界には、粉薬か練って丸めただけの丸薬、あとは俗に言うポーションしかないらしく、私は元の世界の糖衣錠を切なく思い出した。
あれって、すごい発明だったんだね。
お客様が来るまでは、リビングにいることになった。
お客様自体は、談話室にお通しするのだけど、来る前から待機していなくてもいいと言うことになって、今、私はリビングの暖炉の前に座っている。
師匠のお膝に抱っこで。
もう一度言おう。
私は、師匠のお膝に抱っこされている。
なぜだ。
確かに、後ろからすっぽりと師匠に包まれているみたいで、背中もポカポカあったかい。
でも、ストールだけでも充分だと思う。
なんなら毛布でもいいじゃないか。
なんだかここ最近、突然異性との接触が増えた気がする。
手を繋いだだけでドキドキしていた。
抱きしめられて、もっとドキドキした。
お姫様だっこされて、心臓が危なかった。
そして今、バックハグの形でお膝に抱っこだ。
もちろん、心臓はバックバクいっている。
あのですね。
距離の詰め方が早すぎると思うんですよ。
もっと、段階を踏んでゆっくり進めてほしい。
(そもそも私と師匠は、そんな関係じゃないのに)
自分で思って、かなしくなる。
そんな私とは裏腹に、師匠は私の頭の上に顎を置いて、まったり寛いでいらっしゃる。
「あれだな。お前、抱き心地がいいな」
師匠がポツリと言う。
私は師匠にとって、ぬいぐるみ枠なのだろうか。
それとも抱き枕枠か。
「お前、言っておくけど、間違っても他の男にこんな事させるなよ?」
その言葉に複雑な気分になる。
取りようによっては、独占欲にも思える。
でも、そもそも私は男性にそんな簡単にこういうことを許すわけではないし、そう思われているなら心外だ。
それに、この世界で知ってる人は師匠しかいないのに、他の人、ましてや男性にこんなことをさせる機会なんてないだろうに。
微妙な空気感を打ち消すように、玄関の方からチリリンと音が聞こえた。
「来たな」
「お客様ですね」
私が師匠のお膝から降りると、師匠も立ち上がって、玄関へ歩き出した。
師匠の住んでいるこの屋敷がある森は、森全体に師匠の結界が張ってあって、師匠が許している人しか出入り出来ないらしい。
さらに、もしも森の結界を突破されても、屋敷にもしっかり結界が張ってあるのだという。
この結界だけは、師匠と私と使い魔さんしか通れないらしい。
だから、お客様はあらかじめ連絡して、森の結界を通れるようにしてもらって、屋敷に着いたら、師匠の手で玄関を開けてもらわないと屋敷の中には入れないとのこと。
防犯意識がすごい。
さっき鳴った音は、お客様が玄関のドアの外側に置いてあるハンドベルを鳴らした音。
魔法がかかっていて、屋敷のどこにいても聞こえるようになっている。
ちなみに、空間転移で直接この屋敷に来ることは出来ないのか聞いてみたら、師匠の結界は転移すら弾くものだということだった。
もちろん、師匠は例外だ。
そんなわけで、師匠が玄関のドアを開けると、背の高い、赤髪のかなりのイケメンさんが立っていた。
なんだろう。
この世界は、イケメン率が高いのだろうか。
それとも、類は友を呼ぶというやつか。
「来ちゃった」
語尾にハートが飛びそうな調子で、イケメンさんが言った。
すこく、いい笑顔だ。
無言でドアを閉めようとする師匠。
「待った待った!ここまできて追い返す気?」
チッ、と舌打ちして、師匠がまたドアを開ける。
「やー、やっと入れてくれてうれしいよ。君が弟子を取ったって、しかもそれが可愛い女の子だって聞いちゃったらさ、もう来るしかないよね」
「コイツは病み上がりだ。いつまでも玄関にいねぇでさっさと中には入れ」
さり気なく私の肩を抱き寄せる師匠。
うん。
きっとこの行為に、あっためる以上の意味はない。
玄関、寒いからね。
イケメンなお客様は、勝手知ったるようすで、スタスタと談話室に歩いていく。
談話室にはちゃんと暖炉に火が入れられて、コーヒーと紅茶とハーブティーが用意されていた。
屋敷妖精、じゃない。
凄腕メイドなルージュさんの仕事だろう。
さすがだ。
談話室にあるソファは、真ん中のテーブルを囲むように、二人がけが二つ、一人がけが二つ。
イケメンさんは当たり前のように、壁際の二人がけのソファに座った。
その向かい側に、私と師匠は座る。
「ルリ。コイツはルドルフ。高魔力保持者で、不老長寿だ。こう見えて、百は超えてる」
「はじめまして、ルリちゃん。ルドルフだよ。恋人募集中の百三十歳。よろしくね」
師匠で慣れたからだろうか。
軽く百三十歳と言われても、特に驚きもしない。
ちなみに見た目は、師匠と同じく、二十代半ばくらいに見える。
こうして見てみると、たしかに二人ともイケメンだけど、タイプが違う。
師匠は、どちらかと言えば優等生顔と言うか、王子様顔。
この顔でちょっと乱暴な口調なところが、いいギャップだ。
対して、ルドルフさんは華やかな営業マンタイプ。
ちょっとチャラさもうかがえる。
見た目で判断してはいけないけれど、さんざん遊んできたんだろうな、と思ってしまう。
女の子の扱いもうまそうだ。
「はじめまして、ルリです」
ここで私の人見知り発動。
会話が続けられない。
「あ、二十四歳です」
付け加えると、ルドルフさんはプッと笑った。
馬鹿にしたような笑い方じゃないから、セーフ。
「ルリ。挨拶はしたんだし、もう部屋に戻っていいぞ」
師匠が心配そうに言ってくれる。
「ちょっ……フォルが女の子にそんな顔するとか。どんだけルリちゃん大事なんだよ」
ルドルフさんはお腹を抱えて笑っている。
私にとっては、いつも通りの師匠だ。
首を傾げたら、師匠が頭をぐしゃぐしゃと撫でてきた。
「お前は気にしなくていい。それからルド。お前は気軽にコイツを名前で呼ぶな」
「いやいや。名前で呼ばないでどうやって呼ぶのさ」
本当にその通りだと思う。
師匠もそのことに思い至ったのか、口をへの字に曲げてしまった。
「んなもん、自分で考えやがれ。ルリ、部屋に戻るぞ」
油断していたら、また師匠にお姫様だっこされてしまった。
そのまま談話室を出る師匠。
ルージュさんの淹れてくれたハーブティー、まだ飲んでないのに。
お姫様だっこにすっかり慣らされた私は、人前だと言うことに気が付きもせず、大人しく部屋まで運ばれてしまった。
「えっと。ホントにご挨拶しかしていないんですけど」
「アイツはどうせ今日は泊まっていく気だ。アイツの話し相手になんてなってやる必要もないが、話したいなら、まだ機会はある。今はゆっくり休め」
そう言って、ベッドに押し込まれて、大きな手のひらで目を覆われる。
反射的に目を閉じたら、急激に眠気が襲ってきた。
気疲れしていたのかもしれないし、久しぶりに部屋から出たから、疲れたのかもしれない。
師匠の手が離れて、代わりに柔らかな唇の感触をまぶたに感じたのを最後に、私の意識は途絶えた。




