第11話 大魔法使いは過保護なようです
結局、私は五日間寝込んだ。
いや、熱自体は三日でひいた。
しかし、ぶり返すかもしれないから、と師匠がベッドから出ることを許してくれなかったのだ。
まあ、確かに三日間高熱を出していたので、すっかり体力が落ちてしまって、ベッドから出ようにも、フラフラだったのだけれど。
そして私は、五日間ずっと、食事のときは師匠にあーんされるという、ある種苦行に耐え続けた。
トイレは流石に自分で行ったけれど、熱がある間はお風呂にも入れず、師匠が蒸しタオルを持ってきてくれたので、それで身体を拭いた。
最初は、背中だけでも拭いてやると言い張る師匠とバトルを繰り広げた。
いくら背中とはいえ、師匠の前で裸になるとか、なんの罰ゲームだ。
最終的に、ルージュさんが師匠にコンコンと説教をしてくれて、師匠はルージュさんが、身体を拭く手伝いをする、ということで納得してくれた。
四日目と五日目は、さすがに私も寝ているだけなのが辛くて、アミュに絵本を読んであげたりしていたが、それにも飽きて、こっそりと、初級魔法の練習をし始めた。
そして、師匠にバレてめちゃくちゃ怒られた。
「お前はバカか!魔法の発動には集中力がいるんだぞ。弱ってるときに慣れてない魔法を発動させて、もし暴発したらどうするつもりだ!」
それはそれは、激おこだった。
じゃあ、魔石に魔力を込める練習ならいいかと、一応聞いてみたけど、もちろん却下された。
仕方なく、私はアミュに絵本を読み聞かせて、疲れて寝るという日々を二日間過ごした。
アミュがご機嫌で可愛かったから良しとする。
そして、今日は六日目。
やっとベッドから出る許可が出た。
何度も何度も、師匠が額を合わせて熱を測って、平熱だと認められてからだ。
「いいか。まだ魔法の練習は禁止だからな。それから、出来るだけ部屋から出るな。廊下は冷えるからな」
「ええ……ご飯はどこで食べれば……」
「それはもちろんこの部屋で、」
「ししょうー」
ジト目で師匠を見上げると、グッ、と師匠は詰まってから、渋々言った。
「わかった。飯は食堂で食ってもいい。その代わり、それ以外は絶対に部屋から出るな」
「勝った」
「バカタレ。勝ち負けの問題じゃないだろうが」
呆れた顔をされたけど、師匠に言葉で勝つのは難しいので、達成感がすごい。
「師匠。せめて、部屋でできることを何かください」
「ん、まぁ暇だからって、誰かさんがまた魔法の練習をしかねないからな。わかった、用意しとく」
そう言って、朝食後に部屋に来た師匠は、手に何冊かの本を持っていた。
「なんの本ですか?」
「魔法詠唱の本。まだまだお前には使えんが、覚えておいて損はない。ちなみに全部古代語だぞ、当たり前だが」
「古代語だいぶ覚えました!」
「そうだな、そう聞いてる。いいか、これだけは約束しろ。詠唱を覚えるのはいいが、絶対に発動しようとはするな。発動できるほど魔力を練れるとは思えんが、お前は魔力だけは膨大だからな。何が起こるかわからん。いや……」
師匠は少し考え込む。
どうしたんだろう。
黙り込んだ師匠をじっと見ていると、師匠は突然私の目を見据えた。
「うん。俺がそばについてる。俺が見張ってれば、万が一にでも発動しそうになっても抑えられるからな」
それはいいのだけど。
師匠、お仕事はいいのだろうか。
私が熱を出して寝込んでいる間もほぼずっと付き添ってくれてた。
前に、師匠は魔導具の作成や、魔法薬を調合したりする仕事があると聞いた。
こんなに私に付ききりになって、仕事が滞ったりしていないだろうか。
もと会社員の私としては、自分の経験上、仕事はしない期間があればあるだけ溜まっていき、本来しなくてはいけない業務にまで影響を与えると知っている。
たった五日間、されど五日間だ。
五日間なんて、元の世界でいったら、一週間の勤務日数ではないか。
元の世界にいた時にそんなに休んだのはインフルエンザにかかった時くらいだ。
もちろん、休んだあいだの業務は、同僚がカバーしてくれたけど、一週間まるっと休むと、思いの外業務の進捗がわからなくなっていたり、情報が不足していたりした。
まぁ、師匠は職人さんみたいな仕事だから、自分のペースで進められるんだろうけど、締め切りはあるんじゃなかろうか。
私が不安そうな顔をしたからだろう。
師匠は首を傾げた。
「どうした」
「あの、お仕事は大丈夫なんですか?」
「ああ?んなもん、お前に心配されなくても問題ない。俺にかかればあっという間に終わる。俺を誰だと思ってる」
大魔法使い様ですよね。
でも、あっという間に終わることを毎日やってるってことは、それだけ仕事量が多いのでは?
それか、あれかな。
普段は手を抜いてるのかな。
「お前、また失礼なこと考えてやがるな?ったく、もういいから始めるぞ」
「うぃ」
師匠が顎を掴んできたせいで、なんだか、返事がフランス語みたいになってしまった。
ちなみに、私はフランス語は話せない。
それにしても、師匠とマンツーマンか。
普通の、師匠と弟子の教え方を知らないからなんとも言えないけど、元の世界の職人さんとかだと、見て覚えろ、みたいなのが多かった気がする。
それを考えると、私、師匠に可愛がられてるのかな。
そんなことを思いながら、詠唱の丸暗記という名の勉強を始めた。
もちろん、古代語の発音も大事だ。
細かな発音を師匠に直されながら、ブツブツと詠唱を覚える。
初級魔法の詠唱は、どちらかと言えば単語よりというか、呼びかけだけみたいな感じだったけど、中級以上は少し違う。
呼びかけとお願いみたいな感じだ。
ちなみに、詠唱の文を見るまでは、もっと中二的な文言だと思っていた。
でも実際は、どちらかと言えば祝詞に近い気がする。
師匠にそれを伝えたら、大切なのは詠唱の文言より、イメージだと教えてくれた。
空気中の魔素をどう形にしたいのかをイメージするのに、魔素だかなんだかに呼びかける形にしたら、こうなったらしい。
しばらく勉強して、お昼の時間になったので、食堂にご飯を食べに行く。
もちろん、私は師匠にお姫様だっこだ。
さすがに、ちょっと慣れてきた。
ご飯を食べていたら、師匠が急に何もない空間を見つめた。
え、なに?
何が見えてるの?
怖いんですけど。
こわごわ、師匠を見ていたら、師匠は視線を外して、ふぅっとため息をついた。
「ルージュ。ルドが来る。談話室にいつもの準備頼む」
「かしこまりました」
ん?お客様?
師匠の家に住み始めてから、まだ一週間くらいだけど、お客様は初めてだ。
いつもの準備、ということは、よく訪ねてくるお客様なのだろうか。
私も挨拶したほうがいいのかと、ソワソワしていたら、師匠がくっ、と笑った。
「落ち着け。お前は昼飯食い終わったら、部屋で少し寝てろ。まだ病み上がりなんだからな。俺はちょっと昔馴染みと話してるが、お前は気にしなくていい」
「はい」
そうか。
私は部屋にいたほうがいいのか。
なんだろう。
ホッとしたような、ちょっと寂しいような。
「また、そんな面しやがって。わかったわかった。お前も挨拶だけしとけ。ホントはあんなヤツに挨拶なんて必要ないが、まぁ、アイツが今日来たのも、大方お前目当てだろうしな。その代わり、挨拶だけしたら、あとはちゃんと部屋で寝てろよ」
師匠は、ほんとに私に甘いと思う。
私は、にへへと笑いながら食事を再開した。
師匠の昔馴染みだというお客様。
どんな人だろう。
この世界の人で知っているのは、召喚された時にそこにいた人たちだけだし、その人たちもローブのフードを被っていたし、会話もしなかったから、使い魔さんたちを除けば、師匠以外では初めて会うこの世界の人だ。
ちょっと緊張するけど、師匠が一緒なら大丈夫だと、無条件にそう思えた。




