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さくらを食べる、怪物  作者: 大正マツ
11/11

季節は巡る

 この町の少し小高い丘の上には、公立中学校の校舎が立っている。大正時代に建てられた歴史の長い学校だ。

 その校舎を見下ろしながら俺は羽を休めるために高度を下げた。ぐんぐんと地上が近づいて、校舎の裏手にある小さな庭が見える。この近くを通りがかると、気になってついつい足を運んでしまう場所だった。

 季節は春。狭い中庭で立派な白い花を咲かせる桜の木の枝に俺は止まった。


「よう、久しぶりだな」


 足元の木に爪を立てながら俺が言うと、すぐに返事が返ってきた。


「黒吉、また来たんだね」


 姿も見せずに声だけ返してきたのは足元にある桜の木だ。こいつはとある幽霊がきっかけで知り合った桜の木の妖怪で、名前を逢花という。


「せっかくの春だからな。散ってしまう前に、立派な花を拝んでおこうと思ったんだよ」

「そんなことをいって、花が咲いてなくても来る癖に」


 俺の口実を見破って、逢花がくつくつと笑った。


「そう心配してくれなくても大丈夫だよ。咲良を見つけるまで、僕は消えない」

「お前、本当に信じてるのか? あいつとまた逢えるって」


 この桜は酔狂なことに、とある人間に恋をした。

 その少女が死んでしまうと、自らの力を分け与え、命を削って幽霊としてこの世界にとどめようとしたのだ。

 けれども少女は桜の命を受け取るのを良しとせず、自分が消える道を選んだ。

 生まれ変わってまた逢おうなんて、叶うはずのない約束を残して消えたのだ。


「生まれ変わりなんて存在しない。もしあったとしても、それがアイツの生まれ変わりだって見分ける方法なんてない」


 もしも生まれ変わりなんてものが実在したとしても、記憶も人格も消えてしまうなら、それはもはや本人ではない。

 二人の交わした約束は叶うことはないのだ。


「そんなの、分かってるよ」

「分かってないから言ってるんだ。あれから何年経ったと思ってる。いつまで待つつもりだ」

「いつまででも。僕が続く限りずっとだよ」


 妖怪のいうずっとは、殆ど永遠と変わらない。俺はやれやれと内心でため息を吐き出した。

 これだから人間は厄介なんだ。叶えられもしない約束を平気で交わす。

 あいつらは、妖怪なんかよりもずっとタチの悪い怪物だ。


「黒吉はカラスだから、咲良を待つ僕を不幸だと思うのかもしれないね」

「どういう意味だ?」

「君は自由にどこにでも行けるだろう? だけど僕はここを離れられない。だから、待つことは苦痛じゃあないんだ。ううん、苦痛どころか、娯楽ですらあるんだから」

「娯楽?」

「うん。通りがかる子が、もしかしたら咲良かもしれない。そう思って世界を眺めるのはなかなか楽しいよ」


 逢花は楽しそうに笑ったが、それは俺には理解できない娯楽だと思った。


「それで、当人は見つかったのかよ」

「まだだよ。そう簡単に決めてしまうのは勿体ないからね」


 逢花の言葉に俺は喉を鳴らした。

 結局のところは、残された逢花の心次第なのだ。それが本当に咲良の生まれ変わりかなんて確かめる方法はないのだから、逢花がそうだと決めてしまえばそうなるのだろう。

 そのことを逢花はちゃんと分かっている。

 ほっとすると同時に、少しばかり寂しいような気持ちも覚えた。


「次に逢花が好きになる相手が、本当にあいつの生まれ変わりだといいな」

「生まれ変わりは信じないんじゃなかったの?」

「信じてねぇよ。だけど、まぁ、そういう奇跡が起こっても良いんじゃないかって思っただけだ」


 俺の言葉に、逢花は再びくつくつと笑った。


「きっとそうなるよ。僕はいつかまた、咲良に逢える」


 妙に自信に満ちた逢花の言葉を聞いていると、俺までなんだかそうなりそうな気がしてしまう。

 俺は嘴を閉じて、頭上に広がる白い花を眺めた。

 美しい白い花びらが、風が吹くたびに宙に舞い上がる。

 すぐに散ってしまう桜だが、来年にはまた花を咲かせるのだ。

 儚く散ってしまうようにみえて、しぶとい花だ。季節が巡るたび、何度だって甦る。



 さぁっと強く風が吹き、白い花びらが青空へと踊る。

 その風に乗るように、俺は再び空へと羽を動かした。


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