化け物の王
―レストラン 夕方―
次の日の夕方、僕はいつものようにレストランで働いていた。この時間になると、お客さんも少なくてかなり楽だ。数人のお客さんがゆっくりと時を過ごしているように、僕もまたゆっくりと時を過ごしている。
(今日は早く上がって……骨董品屋にでも行こうかな。また飾っておかないと。衝動が押さえきれなくなる。こんなことじゃ駄目なのに、どうしたらいいんだ僕は)
しかし、僕にとってこのゆっくりとした時間は煩悶に煩悶を重ねるだけの時間。昔から、そういう所だけは変えられない。つまり、僕にとって苦痛そのもの。
(昔もまれにあったけど、ここまでじゃなかった。我慢出来なくなるほどじゃなかった……こうなることを小鳥は知っていたのか? それとも、これは予想外のことだったのか? 僕の問題なのか?)
考えれば考えるほど、思考の泥沼にはまっていく。何が悪いのか、僕の問題なのか、それすらも分からない。気持ちが悪い。モヤモヤとした気持ち、これが吐き出せたらどれだけ楽だろう。
「続いてのニュースです――」
テレビから聞こえた声が、僕を呼び覚ました。
(ニュース?)
先ほどから、ずっとニュース番組を垂れ流していたこのテレビ。勿論、見ている人など誰もいない。店のBGMになっているだけだ。
だから、僕も気にしていなかったのに、アナウンサーが次の話題に切り替えた時の少し大きな声が、偶然にも僕を現実に引き戻した。
「世界的に有名な作曲家マイカ=ゲイン氏の新たな楽曲『化け物の王』が発表され、クラッシックファンだけでなく、世界中の人々の間で過去最高の楽曲だと話題になっています」
(マイカ=ゲイン? 誰だろう? 有名? 知らないな……僕疎いからなぁ。それに、化け物の王ってまるで――)
すると、映像が切り替わってそのマイカ=ゲインと呼ばれている人物が、激しくピアノを弾く様子が映し出された。若いのに、真っ白な髪が荒ぶっている。それだけ、激しい曲なのだろう。音が遠くにしか聞こえないから、分からないが。
(華奢な男の人だなぁ……でも、何だろう、力強さを感じる)
「また、クラシックでは異例の総合楽曲ランキングの一位を三週連続で記録するなど、ゲイン氏の持っていた過去の記録を更新しました。ゲイン氏は『何か嬉しい、気まぐれで作ってみただけなんだけど。この楽曲は、苦しみを描いたものだから、もっと拒絶されるかなとか思ってたよ。また、期待に沿えるような曲を作りたいな』というコメントを報道陣の前で語りました」
小さく流れていた曲が大きく流れ始める。それで、遂に曲の様子を理解出来るようになった。曲調は激しく速い。それでいて、力強い。紡がれる音全てが自身の存在を主張し、存在感を示している。だが、ぶつかり合うことなく調和している。
しかし、次第に曲調に変化が訪れる。少しずつゆっくりと穏やかに、弱々しく自身の存在を否定するかのように小さく音が紡がれ始めたのだ。優しさより、触れたら壊れてしまいそうな脆さを感じた。こんな芸術にも疎い僕でも、惹き込まれてしまうような曲だった。
それに、この曲を聞いていると、昔のことを余計に思い出してしまう。聞いてはいけない、そう分かっていても体が動かない。もっと聞いていたい、とさえ思ってしまう。
(化け物の王……偶然だよね)
そして、この曲のタイトル『化け物の王』。それが、どうしても僕の中で引っかかった。だって、まるで――昔の僕を表しているような曲だったから。




