ご注文は?
―レストラン 夕方―
「あのー!」
「え!?」
「注文したいんだけどー! さっきからずっと呼んでるのにー!」
テレビに夢中になっていた僕は、新しく来たお客さんの存在に気付いていなかった。
「すみません!」
声がしたのは奥の方だ。ここからでは、ちょうど死角にもなってて見えない場所だ。でも、ドアは近くにあるし、普通にしていれば気付かないはずもない。完全にテレビに気を取られていたのだ。
(これがきっかけで、このレストランの評価が下がってしまったらどうしよう! 間違いなく僕のせいだ。注文を中々取りに来ないゴミみたいなウェイターがいるレストランに、皆が来たいって思うはずもない。そうなれば、トーマスさんに迷惑をさらにかけてしまう! って、こんなことを考えている場合じゃないな。急いで注文を!)
僕は早歩きで向かった。そして、死角になっていた場所の見れる場所まで来て僕は驚いた。なんと、そこにいたのはあの時の赤髪の少女だったのだ。
「待ってた。この時間は、ホールに立つのは一人だけなんだ。ま、客も少ないしね。そういえば、もう手は大丈夫?」
「え? あ……はい」
僕は少し動揺して、謝るということを忘れてしまっていた。
「ふ~ん、食べれば治るか……」
少女は、小さく笑った。
「大した怪我でもありませんでしたし。あの時は、その……ありがとうございました」
僕はそう言い終わった後、彼女の座る席まで歩いた。
「あんなの見せられるこっちの身にもなってみなよ。勘違いクソババアのせいで、飯が不味くなる所だったわ。ま、不味くなる前にゴミになってんだけどね。アハハ!」
少女は、あの時のことを楽しそうに振り返る。
「でも、元々は落とした僕に原因がありますから……あ! その、すみませんでした。注文を取りに来るの遅れてしまって」
彼女の姿を見た瞬間に言わなくてはいけなかったことを僕はここで思い出し、慌てて口に出して頭を下げた。
「テレビ見てたでしょ。別に怒ってないから謝らなくていいよ。ま、ちょっとお腹空いてるから早く注文取りに来て欲しかったかなとも思うけどね」
僕は頭を上げて、彼女の表情を見る。先ほどと同じように、楽しそうな様子のままだ。弾けそうな笑顔を浮かべて、僕を見ている。
(本当に怒っていないのか?)
「すみません……あのご注文は?」
僕は、注文を取る為のメモを取り出した。一言一句、聞き間違えや書き間違いを起こさないようにしなければ。たまに、やらかしてしまう。習得したばかりの言語だと、間違いも起こってしまうのだ。
「踊る海老のパスタ……あ、パセリは抜きでね」
彼女はメニュー表に目を落として、そう言った。
(踊る海老のパスタ。パセリ抜き……えっと、スペルは……)
僕はメモに「踊る海老」「パスタ」「パセリ×」と簡単に記した。今回は間違えてはいない。彼女が早口で言う人でなくて助かった。
「お飲み物は?」
「あー血で」
彼女は、平然とメニューに載っているはずもない品名を言った。
「え!? 血!?」
「アハハ! 嘘嘘! 嘘だって! オレンジジュースでお願いしま~す」
僕の反応を見て、彼女は満足したみたいだった。笑いながら、涙を拭くような仕草をした。僕はからかわれたのだ。唇を噛み締めて、恥ずかしさを堪えながら僕は「オレンジジュース」と書いた。
「……か、かしこまりました。踊る海老のパスタのパセリ抜き、オレンジジュースで御間違いないでしょうか?」
「ないよー」
「少々、お持ち下さいませ」
(子供にからかわれるなんて……!)
僕は彼女に軽く頭を下げて、注文のメモをトーマスさんに届ける為に厨房へと向かった。逃げるように、走って。




