幻聴
―空き部屋 夜中―
『プルルルルル……』
僕は壊していた。遠くから響く電話の音を掻き消す為に。この部屋にある、美しい物達を。
「うるさいうるさいうるさいうるさい!」
一階と三階の隅と隅同士の一番離れた部屋なのに、どうしてまだ聞こえてるのだろう。鳴りやまぬ電話の音を掻き消す為に美しい形を失った物達の破片が、絨毯のようだ。
「かけてこないで……もう、やめて……」
『プルルルルル……』
破壊し満たされ、何ごとにも代えがたい悦楽を得ると同時に、こんなことで誤魔化そうとしている自身に絶望していた。そう、これが僕の中で最近起こっている異変だった。
電話を切った後、またすぐに電話がかかってきた。僕がどれだけ耐えて、あの言葉を紡いだのかということすら知らずに。誘惑を断ち切る為、僕は電話線を切った。
しかし、何故か電話の音は鳴り続けた。だから、僕は逃げた。恐ろしくて、理解出来なくて。それに、この電話の音が聞こえない所にまで行けば、この帰りたいという感情は消え去ると思ったから。
ところが、それでも何故か電話の音はまるで僕の頭の中で鳴り響いているかの如く鳴り続けた。加えて、どれだけ離れても、どれだけ音を掻き消そうとも、どれだけ他の感情が大きくなっていっても――あの頃を思うこの気持ちは消えなかった。
(帰りたい。いや、駄目だ。僕はまだ何もしてない。帰れたら、またあの窮屈な日々が……いや、それでもいい。窮屈でも億劫でも、何でもいい。独りは嫌だ……駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ! 僕は何の為にここに来たんだ! また中途半端で終わらせるのか? 違う……これは国の為なんだ。僕の為じゃない。忌まわしき技術をこの手で終わらせる為……その本質を知る為! 帰っちゃ駄目だ。僕は、やらなきゃいけない……でも、こんなことをしてまで……)
『プルルルル……』
「なんで……」
僕はその場に膝をついた。様々な物の破片が僕の膝に突き刺さる。温かい何かが、僕の膝から溢れ出る。
(おかしいな。僕が入ってくるまで、この部屋は片付いていたのに)
ただ、綺麗な花瓶やガラス細工が飾られていただけなのに。いつの間にか、残骸の絨毯がそこに敷かれていた。いや、その絨毯を敷いたのは僕だっけ。
「かけてこないでって言ったじゃないか……しつこいよ……やめてよ……」
この部屋に入ると、自分が何者であったか分からなくなる時がある。それは、混ざり合った者の定めなのかもしれない。あの時、僕は”彼”と融合し混ざった。その彼こそ、忌まわしき技術で生み出された存在だった。僕は、その彼をずっと憎んで嫌っていた。そして、恐れていた。
だけど、僕は彼の気持ちを知った。だからこそ、僕は彼を受け入れた。彼もまた僕を受け入れた。そして、今の僕がここにいる。その時は、特に何ともなかったのだ。だが、この国に来てから徐々に異変が起こった。その異変が僕の脅威となり、それを自覚したのはつい最近のこと。
受け入れたのがいけなかったのか、僕が過ちを犯し続けたのがいけなかったのか。それとも、僕を救う為、自身や他の世界の犠牲を顧みず奔走した彼女がいけなかったのか、それを誰も教えてはくれない。答えを知る者は、どこにもいない。
「小鳥……どうしたら、いいんだ……」
僕は、首にかけたペンダントに触れた。それは、僕を救う為だけに自身の全てを賭け、そして失った彼女――小鳥から最期に貰った物だ。
しかし、そのペンダントもまた何も教えてはくれない。




